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江戸迷宮は畳の下で☆

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【強襲☆悪襲城・3】


 足を進め、跳び退く度に着物の長い袖と銀髪を纏める飾り紐と藤の花がしゃらしゃらと揺れた。
「この女――強いぞ!」
 相対していた侍のその言葉に、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は瞬間顔を硬直させた。
 彼は女では無い。男だ。しかし愛用している簪の所為か、和の国に着いた時にはこの着物姿になっていたのだ。
 不本意ではあるが、動じない。ただし――、
「本当にキモノが良くお似合いで。
 どこの女剣士で――」
 皆まで言わせる前に、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に向かって茶化しやツッコミは許さないとばかりにレリウスは無言のオーラを送る。
 ――彼はいい。着流しは浪人というよりヤクザ地味てもいたが、妙に似合っているのだから本人もさぞや愉しかろう。
 レリウスはそう思っていたのだが、それは間違いだったらしい。
 レーザー銃でレリウスをサポートしながら、ハイラルの口かは「俺の非番を返せ」の言葉が繰り返し飛び出している。
「非番と言えど、常日頃から鍛錬は心掛けるもの。
 ハイラル、いい加減諦めて下さい」
 無駄口を叩き合いながらも、レリウスは動きを止めない。
 目の前の侍へ向かって一足間合いへ踏み込む。レリウスの得物は薙刀で、侍の刀が届かない位置から構えた薙刀を斜めに振り下ろす事で相手を打ち倒した。
 しかし左右の壁が迫る狭い廊下では長尺の武器の方が動き辛い場合もある。事実大型の剣を扱う義仲等はかなり苦労しているようだ。――因にレティシアは『器物損壊何それ』という勢いで伸び伸びやっているようだったが――。
 それからレリウスに苦労を掛けているものがもう一つある。
「しかしこのハカマと袖の長いキモノ、少々邪魔ですね」
 馬乗り袴と着慣れない中振袖を上手い事捌けないでいるレリウスの様子を笑って見ているハイラルに、レリウスは抗議の声を上げた。
「……ニヤニヤしないで下さいハイラル。
 女物だと言うのは俺も分かってます!」
「はははっ! ごめん。そうだよな。
 ――そう言やあっちに居る奴、ロシア系の軍人らしい。
 傭兵時代にお前んトコと戦った事あったりしてな」
 ハイラルの雑談に、レリウスは沈黙してしまう。
 あっちに居る奴。黒い髪の上に犬を乗っけながら、武器も持たずに進んでいく男の事だ。
「……なぁ、何で沈黙してんだよ。
 逆に怖ぇよ!」 
 ハイラルの声を流しながら踏み込んだ瞬間、レリウスは下手をうった事に気がついた。
 目の前の侍が急に屈んだかと思うと、その後ろから手裏剣が飛んできたのだ。
「レリウス!」
 ハイラルの撃ったレーザーがそれを溶かすが、その間に侍はレリウスの足を目掛け刀を横薙ぎにしようとしていた。
「貰った!」
「貰ってねぇよ」
 レリウスとハイラルの眼に映ったのはまず黒いブーツの両足で、それは侍の頭の上に乗っているアレクのものだった。
 その頭からゆっくり降りると、道中で拾ってきたらしいレリウスを狙った忍者達と一緒にひとまとめにして出窓に置いて、一人と一匹は同時に衝撃の波動を飛ばした。
「おにいちゃんと」
「ぽちのすけの」
「「だぶるしょっくうぇーぶ☆☆☆」」
 窓の外へ向かって兵士と忍者が漫画の悪役のように青いお空の彼方へ飛んでいく。正直これがやりたかっただけなのだろうと思っていると、期待の混じったしたり顔で振り向かれて、レリウスとハイラルは声も出ない。
「――え、駄目?
 今の駄目?」
「僕の可愛らしさとアレクさんのかっこよさを持ってすれば完璧だと思ったんですが……」
「……ちっ、甘かったか。もっと豊美ちゃんから『可愛い』を学ばなければな。
 今の時代は萌えの種類も多様化している、このままではまずい……」
「でもアレクさん、
 亡国外国人貴族黒髪片目隠れオッドアイ(稀に)眼鏡日本刀使いマルチリンガル軍人お兄ちゃんって相当盛ってると思いますよ。それから脱げば筋肉萌えの人間達も狙えます。
 それに今は可愛いマスコット犬の僕も付いてますし」
「情報が足りてないぞハイテク忍犬。そこにサディスト中二病戦闘狂変態シスコンも足しといてくれ。俺の相棒曰く特に最後のが無くなると俺のキャラクターが崩壊するらしい。
 ……いや、もっと臨機応変に色んなファン層を開拓していかなければ……漢女から男の娘まで居るパラミタサバイバルは生き抜けない! そして色々な層を開拓していけば何時かジゼルの萌えをダイレクトに突ける筈だ!
 ――よし。行くぞ、モフの助」
「はい! アレクさん」
 呆気に取られている間に、ポチの助とアレクは先へ進んでしまう。かろうじて通じたのは「あ。俺ロシア系じゃねえよー」という言葉だけだった。しかも話しながら此方をチラチラ見ていた感じ、レリウスはアレクに『男の娘』認定されてしまった様子だった。
「……ハイラル。彼等は、一体何の話しをしていたんですか……」
「俺も良く分からない……それと……なんか……悪い」
 果たしてあんな訳の分からない人間と、レリウスが戦場で命のやり取りをしたとは思えず、ハイラルは謝罪を口にしていた。

* * *

「ッッ!!」
 光閃刃の目晦ましをすると、ルカルカは敵兵士達に向かって加速しながら二刀で切り込んでゆく。
 彼女の攻撃を避ける為に、攻撃は最大の防御と立ち向かう者たちも居たが、ルカルカは分身を使った回避で、まるで幻惑するように戦うのだった。
 更にルカルカの使う刀は『妖刀』と呼ばれる危ない逸品だったので、その能力によってルカルカの後ろには彼女に従う手下の一団が出来上がっている。
「ルカルカさんはあんな曰く付きの刀、二振りも持って平気なんでしょうか?」
 心優しい豊美ちゃんは心配しているが、アレクは「そこは(どうなるか楽しみにしたいから)黙っとこう」と答えた。
いやっふー!
 ナチュラルハイなかけ声と共に召還獣をその場に喚び出そうと詠唱するコードに気づいて、ルカルカは飛びかかるように彼を止める。
「壊しちゃダメぇ」
いっくぜー!
「そんなの呼んだら着た時点で壁ごと突き破っちゃうわ!」
 パートナー達が行っているコントに近いそれに、ダリルは視線を反らしながら閉じられていた木の扉をグラビティガンで破壊する。その向こうで待ち構えていた念動球を同時に五つ操り有無を言わさずに倒してしまった。
 開いた道を進む仲間達から「おたくの人、めっちゃテンション高いね」という視線を一斉に受けて、何だかイタタマレナイ。多分あれはここへ来る前にジゼルとの子供のようなケンカが一段落したお陰なのだろう。
「俺はジゼルが大好きだ。好きなんだから仕方ない」
 銀の瞳を子供のように純粋にキラキラ輝かせながら開き直ってみせるコードに、つける薬をダリルは持っていない。
(困ったものだ……)
 しかしジゼル(さん)大好きと言うか彼女を守ろうという想いを原動力に動いている人間が、この場にも村の方にも居た気がするからダリルはコードに何か言う気すら起こらないのだ。
(そもそも俺自身、さっさと片付けてジゼルと祭りを楽しみたいからこうしているんだったな……)
 まさかこれがセイレーンの蠱惑の力だというのだろうか。――いいえ、それは末っ子の持つ妹力です。
 弱り切ったダリルの眼の端に『ジゼル大好き』を最も拗らせている人間が映った。
(正直国軍にスカウトしたい人材だが、残念な事に主義主張が一寸違うんだよな。
 今現在の利害は一致していると思うが)
 否――、そもそもが会話自体まともに出来ないのだ。
 悪襲城突入の作戦を共同で練ろうと持ちかけた際も「下から順番に爆破して城ごと悪襲を落とす」とか「魔法少女の箒に忍者を括り付けて下ろしてスパイ映画よろしく悪襲を攫う」とか「最後に悪い奴を倒したお祝いだから祝言のお神酒の中にはねた首をつけよう☆」とか滅茶苦茶な事を言いたい放題言って、ダリルが頭を抱えている間に「民衆の為に城は破壊するな。ああいうのはシンボルだ」とか「悪襲の処遇は最終的には民衆に任せるべきだ」とか急にマトモな事をキリッと言ったと思ったら『屋外に陽動して敵であろうと被害を最小限にとどめる』作戦を立て始めたので、よし真面目に話す気になったのだなと口を開きかけたところ、今度は「炙り出したら中に残った馬鹿は全員ぶっ殺そう」とか「これだけ個々の能力が高ければ個人に任せた方が早いな!」と投げ出してしまう始末だった。
 抗議の眼で見つめても、曖昧な表情で返されていよいよ分からない。
(一体彼は何を考えている?)
 ダリルの分析の中でアレクについてはっきりしている部分は、大量破壊兵器を忌み嫌っているという事と、その大量破壊兵器であるジゼルを偏愛している事二つだけだ。
 では自分はどうだろうか――? 厳密に言えば武器に近い剣の花嫁の種族に属するものとして、自分は彼にどう思われているのだろうと、ダリルは少々気になっていたのだが……。
(この感じだと、まともな答えは期待出来そうにないな)
 無駄な考えを追い払って、ダリルは作戦に集中すべく唇を結んだのだった。

* * *

 壁を抜けていく忍者達よりも先陣を切って進むのは、乗り物を使用する二人組だ。
 一人は海松。狭い廊下や部屋を小型飛空艇を器用に操りながら、彼女は進んでいく。
「……おい、あの女……」
「ああ何だありゃ……まるで仙女様みてぇだ」
 海松がカーブを曲がり、段差を避ける度に和の国では見られない薄桃色のロングウェーブがなびき翻るので、敵対勢力である悪襲軍の兵士だというのに彼等は美しい彼女の姿に目を奪われていしまっているのだ。
 しかし自分に見蕩れてしまっている兵士達相手に、海松は一切容赦が無い。
「地祇と契約して出直してらっしゃいな」
 と、願望に近いものを言い放って彼等に睡眠効果のある弾丸を撃ち込んでゆくのだ。
 世間的には海松は『残念美人』と言われる部類に入れられるのだろう。
 そんな彼女の様子をじとーっとした目で見ながら、フェブルウスは高速のパンチこそ抑えたものの「病気が悪化している」と評価するのだ。

 そしてもう一人はアウレウス。
「進めガディ! 全ては主が為に!」
 闇色の聖邪龍を駆り、アウレウスは海松の横に並んで進む。
 槍状のドラゴンを片手で振り回し、矢張り和の国では見慣れない金の髪と褐色の肌の大男が龍に股がる姿は、兵士達の目にある種の『的』のように映っている。
 特に功名を獲たい侍達は、女である海松の首等狙わずに、真っ直ぐにアウレウスへ進んでいく。
 その内の何人かは、アウレウス自身の槍によって、また聖邪龍『ガディ』の尾によって吹き飛んで行くが、実力者だった二人の男だけがアウレウスの前に飛び出す事が出来た。
「あれ程の猛者、首を持って行けば悪襲様もさぞお喜びになられるだろう!」
「異国の男よ、我が刀の錆となれ!」
 しかしその時侍達の目に映っていたのはアウレウスの姿では無かった。
「……なッ!?」
 黒髪の男と、赤髪の青年が何人、何人も彼等を囲むように立っていたのだ。
「妖ものか!?」
 慌てる一人の懐に、赤髪の青年が飛び込んできたかと思うと、胸に衝撃が、次に眼前に稲妻が走る。
「ふ……」
 倒れ伏した侍を見下ろして、赤い前髪をかき上げながら陣は言った。
「安心しろ、心臓が止まっただけだ」
 その近くでは、もう一人の侍が後ろから斬りつけられてうつ伏せに畳に落ちている。
 刀を構えているのは考高だった。

「うわあああ何だこれは!?」
「悪襲様ぁ、我らをお助け下さい!」
 尊の武器から放たれた冷気に当てられて、忍者達が畳の上に飛び出して来る。
 それを薙ぎ払う様に義仲は刃を跳ね上げ、振り下ろした。
「下がっていてください。月之灯楯縫!
 刹那の瞬間に浮かび上がる魔法陣、そしてヒノの先端から生じた障壁が、雨のように契約者達を狙う手裏剣を跳ね返す。
(やっぱり剣術や忍術は凄いです。
 でも見慣れない魔法に戸惑っているみたいですねー)
 全てを弾き返したと判断して、『陽乃光一貫』、桃色の衝撃破を放って道を切り開くとふと豊美ちゃんの頭を一つの考えが過る。
(もしかしてアレクさんが言っていた『個人に任せる』とはこの為なのでしょうか?)
 城内で暴れる契約者達が不可思議な術を使用する所為で、侍達は本来の行動も忘れ、更に碌な連携も取れずにバラバラになってしまっている。唯でさえ戦力差は大きいと言うのに、これでは彼等に勝利する術(すべ)は無い。
 此方が出鱈目だからこそ、向こうもついてこられないのだ。
 こうして契約者達はたちまちのうちに天守閣に突入し、悪襲の居る五階まで残す所一階だ。
「夕方までに間に合いそうですね」
「待て」
 突然腕を掴んできたアレクに、豊美ちゃんは振り返らずに進行方向へ視線を投げた。
「あれは……!!」
「――どうやら簡単にはいきそうに無いな……」
 見慣れた顔が、豊美ちゃんとアレク、そして契約者達の前に立ちはだかっていたのだ。

「自分は悪襲様の一の灰化、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)であります。
 ずしりと重い、黄金色のお菓子は美味しいであります
 何処からか声が聞こえて来る。吹雪は思いきり買収されていた。

「そして私はリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)!」
 素敵なポーズを取りながら、リカインは言った。 

「「ここから先には、
 一歩たりと進ませない(であります)!!
」」