天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

江戸迷宮は畳の下で☆

リアクション公開中!

江戸迷宮は畳の下で☆

リアクション



【強襲☆悪襲城・1】


「豊美ちゃん、貞操の危機というものを味わうといいですっ!」
「我がライバル、飛鳥豊美ッ!!今までのわたくしとは違いますのよ、覚悟っ!」
 掛かって来る!
 豊美ちゃんがヒノを構えようとしたその時だった。
 ぽむん☆
 と効果音が鳴ったかと思うと突如煙の塊がアルコリアを包む。
「っ!?」
 皆が身構えている間に煙が晴れると、そこに立っていたのは推定五歳の姿になったアルコリアであった。
「てことで、やるきないからてつだうよー」
「……ということで手伝いますわ」
 緊張は沈黙に代わり、呆気に取られたままの集団で唯一口を開けたのは陣一人だった。
「あんた今さっき豊美はライバルだって――」陣の声をナコトは遮った。
「ライバル? ライバルよりマイロードですわ」
 つまりマイロード――アルコリアが協力するというならば正しいのですわ。と、ナコトが言いたいのはそう言う事なのだろう。
 陣らにはイマイチ理解出来ない状況なのだが、それは彼女達のパートナーであるシーマもまた同じく、らしい。
「……どこから突っ込むべきか、だ。
 娘の前で貞操? 手のひらを返した二人? それともこの怪しい格好のボクらか……」
 己の僧兵のような装束を改めて確認してシーマはウンウンと唸るのをやめると嘆息し、目元を手で隠すように下を向いてしまった。
「あの……共闘してくれるということでしょうか。
 でしたら是非お願いしますー」
 ぺこりと頭を下げる豊美ちゃんに気を取り直して、シーマは顔を上げる。
「まぁ、悪襲を懲らしめるのには賛成だ。
 敵対せずに済み安堵している、よろしく頼む」
 しかしこうしている間に、悪襲との差は開き、気がつけばアルコリア一行を怪しいものとして追ってきていた兵士たちがそこまで着ている。戦いが始まるのは必然で、それもこの直後の出来事だった。

「征くぞ……!」
 シーマの声に、仲間達が後ろで飛び散る様に分かれた。
 彼女が神速で壁を走っている間に、ナコトを不思議な光りが包んでいく。
 すると陰陽師の装束だった彼女はみるみる間に洋風のプリンセス的ドレスに早変わりしていた。
名状し難き魔法少女、ナコト参上ですわっ!
 まさに名状し難きその変身に、侍達は後ろへじりりと下がってしまう。
「気をつけろ! 彼奴等悪襲様のような妙な術を――」
「ぴーすあんどですとろーい」
 ぱちん☆
 とアルコリアが発したフィンガー・スナップの音がした……かと思うと、彼等はそれに気がつくまもなく絶命していた。
 大きな音を立てて倒れていく屈強な仲間の男達に、後列の侍達は目を見開いて固まるばかりだ。
(――何が起こった?)
「かーらーのー、まーじかーる」
 アルコリアの声に呼応して、先程倒れたばかりの侍の亡骸達はむくりと起き上がり操り人形のように後列の侍達を襲う。アルコリアにとっては資源の有効活用だ。
「ひっひぇええ! 化け物おおお!」
 裏返る声で逃げ惑い、魂亡き死者に襲われる彼等を見ながら、アルコリアは笑顔を絶やさない。
「しななかったこううんなみなさんにはー。
 ぷれぜんとー、はえのえさになるけんりをあげちゃうよ☆」
 召還されたのは強大な魔力を秘めた悪霊――蠅の王、ベルゼブブである。
 狭い廊下の中空を固定された様に細かくホバリングしているその化け物は、ゆうに2000個を越える個眼の集合した赤い複眼で侍達を捕らえた。
 音にすらならないようなの悲鳴が上がり、その直後にぐちゃっぬちゃっと肉を引き千切り、養分を吸収していく音がする。
 巨大な羽根に隠れて補食シーンが見えないのがせめてもの救いだろう。
「とよみちゃん、せーぎのまほうしょうじょもたのしいねっ!」
 おめめキラキラ、おひさまスマイル。
 愛らし過ぎる幼女の後ろに一陣の死の風が吹いているのはきっと気のせいだ。
(アルコリアさん、強いのは確かなのですが……何かこう、私達とは異なるものさしでもって動いているようなのですよね)
 侍達と相対しつつ、豊美ちゃんが思う。アルコリアの行動は気まぐれなのか、意図的なのか、それすらも判断がつかない。故に彼女の事をどう判断していいのかも分からない。
(……そういう時は、単純に考えた方がいい、とウマヤドは言っていましたね。
 今は私達に協力してくれているわけですから、ありがとうございます、の気持ちで応える、でいいんでしょうね)
 そういう事にして、思考を止めた豊美ちゃんが『ヒノ』から魔弾を発射し、侍を無力化する。
「とよみちゃんをおじゃまするやつはくるしんでしねー☆
 じゃましないやつはやすらかにしねー☆」
 5歳児特有の(?)残酷さと愛らしさを振りまきながら、アルコリアは城の中をズンズン進んでいく。
「……そこですわね」
 這う様な声は、壁に隠れていた忍者を射抜く。
 瞬間魔力を宿した拳が隠れていた布ごと彼の腹を貫き、ぬちゃっと音を立てて開かれた掌から規則的なリズムがナコトの身体に伝わってきた。
 どくり。
 どくり。
 心臓と血液の立てるその音は徐々に緩慢になってゆき、そのうち消滅してしまう。
「さあ、マイロードの作り出す芸術品の材料になって頂きますわよ」
 振り払う様な動きと共に、アルコリアが生命の流れを逆転させた侍の死体の山にそれを投げ込んだ。
「魔法少女が少女から成長したら何になるか……?
 それは魔王ですわ。
 魔法少女の成れの果ての力、照覧あれ」

 蹴り上げ目の前の敵を撃倒すと、大分数が減ったのか近くに敵兵の気配は感じられない。
 シーマは息を吐くと、一息ついて思った。
(……本当に爆砕音とかしないな、自重して――)
 振り返ったときだった。
 アルコリアとナコトの戦う様子が目に飛び込んできて、シーマは固まってしまう。
「アル、ナコト何をや……
 いや、高速で動いているので良く見えないな……」
 問題のある絵が見えた気がした。
 だが止める術も思い浮かばない。
 飛び回るラズンが、うっかり吹き飛んだ兵士を氷の壁で城の破壊から保護しているし、まあ、その辺は上手く行っているのだ。
 シーマは深く考える事を放棄した。



「きゃはは☆
 正しいとは何だろう? 勧善懲悪? 知ってるよ。
 善とは悪を倒すもの、悪とは言い訳を許され無かった者。
 クラスの中で皆に悪と言われた者を誅すのは正義だろう?
 物語の書き手が共感・同情する要素を与えなかった者を倒すのは正義だろう?
 ああ、この世は地獄だ。
 苦しくて悲しくてキモチイイ」
 それは蝶なのか蛾なのか分からない。
 飛び回る少女の影を見上げて、アレクは息を漏らした。
「Much Madness is divinest sense―
 To a discerning Eye―
 Much Sense―
 the starkest Madness――」
「……何それ」
「『狂気は神聖なる正気』――。Dickinsonだよ、知らないか?」
 首を振る壮太から視線を離して、アレクは血と臓物に塗れた廊下を見やる。
「さて、鎖を持って扱われる人間は誰だ?」
 赤い赤い海の中で、小さな幼女がこちらを振り向いてにこりと微笑んだ。

* * *

 悪襲城入り口。
 城主の影響か所々洋風が入り交じった奇妙な内装、その壁には何枚もの絵が飾られていた。
 浮世絵風のものから、西洋の絵画のようなものまで、それらは何れも同一人物をモデルにしている。
 中でもかなり精巧に描かれているその絵を、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は片眉を上げながら見上げていた。
「――火を扱うペテン師の悪襲か。確かにどこかの誰かに似ているが」
「またアッシュか」
「またアッシュだよ」
「似ているだけだろ」
 イルミンスールのアッシュ・グロックだと、直接的な言葉で繋いだのはルカルカとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、コードの三人組だ。
「アッシュの抑圧された欲望が暴走し、表出したとしたらどうだ」
「……ああ。またアッシュか」
 ダリルが出したそれなりの結論に納得しているコードから悪襲の描かれた絵へもう一度眼を移し、涼介は言う。
「何にせよ、領主たるものが身勝手を行い民草を苦しめるのはよろしくないな。
 それに悪襲の部下の暴挙をこの目で見てしかも斬りつけたからには放っておけない。きっちり仕置きしますか。
 しかし……、乗り込んでみたは良いけど盛大な歓迎だねぇ」
 つま先からくるりと振り返ると、戦いの風景が広がっていた。

 ハート型に舞い散る光の軌跡を描いて、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)の和装がピンク色のプリーツスカートへ、フリルのついたニーソックスへと変化してゆく。
 未だかつて見た事の無かった夢の様な光景に、兵士たちはすっかり心を奪われていた。
 銃撃の魔法少女 シューティング・マイカ
 それが兵士達の前に現れた少女――舞花の、新たな名前だった。
 彼女の契約者である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は今頃、彼の妻と仕事に勤しんでいる事だろう。
(確か今日は鉄道事業――でしたでしょうか。
 陽太様も環菜様も毎日頑張ってらっしゃる。だから私も、私に出来る事をここで頑張ってみたいのです!)
 ファンシーな色と模様で飾られた魔法のリボルバー銃を手にすると、マイカはつま先で地面を蹴り上げる。そこにもハート型の軌跡が舞い散って、兵士たちは目が眩みそうだ。
「かわいい……」
 若い兵士の口から思わずついてしまった言葉に、年配の兵士が叱咤するが時既に遅し。
 マイカの銃口からは、光りの銃弾が飛んできている。
「わああああ」
 叫び声が何処か幸せそうなのは、魔法少女の力で彼等の心が浄化されているからだろうか。その辺は良く分からないが――。
「この辺りは彼女達に任せても良さそうだな――」
 涼介は呟いて、階上へ向かう階段を駆け上がっていく。アレク達は既に先へ進んでいる。目の前には彼等が零していった兵士が現れるが、そいつらを涼介は懐から出した稲妻の札で足止めするだけでその横をすり抜けていった。
 ――多少強引なやり方ではあるが、狙うのは悪襲の首一つ。
 それに夕刻までに行われる祝言を止めるのが目的なのだ。
(少しでも時間を縮める方法でいかないとな。時間もそんなに無いしな)
「行かせるものかッ!!」
 威勢の良い声が背中にぶつけられて、涼介は振り返る。
 が、そこには忍者が一人倒れているだけだった。
 その後ろに銃を構えたマイカの姿がある。能力によって城の中に隠れ潜んでいた忍者をあぶり出し、マイカは先制攻撃を加えていたのだ。
「先に行って下さい!」
 彼女の声に頷いて、涼介は走り続けた。

 そしてこちらにも魔法少女が一人。
愛と正義と平等の名の下に!
 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん! 人民の敵は粛正よ!

 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)のその姿に、相対した兵士は刀の柄近くへ置いた手を震えさせる。和の国の女性は皆着物を着用しているし、たまに城に現れる西洋の女性もまた腕と足をしっかり隠すドレスだったというのに、えりりんの衣装は現代にしても露出過多と言って良いものだ。
「なんと破廉恥な女だ! 貴様……変態め!」
「魔法少女だって言ってるでしょ!
 ――人民から搾取する悪しき封建独裁に革命を!
 ブラック領主から和の民を解放するわよ!」
「ぶら――っく? まほうしょうじょ……?
 新手のくノ一か?」
「はぁ……確かに、くの一みたいな格好してるし、それっぽく振る舞ってみるのもいいかもしれないわね」
 えりりんはそう呟くと、新体操の棍棒――クラブ状の武器をくるりと一回転させた。
 兵士がその流麗な動きを気に取られている間に、辺りはすっかり火の海になっている。
「な……これは悪襲様の妖術!?」
(――それも違うわよ)
「くの一忍法、火遁の術!」
(本当はさーちあんどですとろいだけどね)
 ちろりと小さな舌を出していると、それこそ本物の忍者達が火に炙り出されてそこかしこに現れる。
「ふふふ、格闘新体操のクラブの演技、
 身体で味わいなさい!!」
「この魔女め!!」
 クナイが数本、えりりん目掛けて飛んで来る。
「甘いわ!」
 えりりんはそれを片方のクラブで軽く弾くと、もう片方のクラブで殴り掛かる――と、見せかけて
 瞬時に小さくなると、足払いを喰らわせた。
「ッ!!」
 なんとか耐えきってたたらを踏んだ忍者だったが、バランスを崩している間に反対側から光りの銃弾が飛んできた。
「やるじゃない☆」
 魔法少女えりりんと魔法少女マイカは互いに絡んだ視線でウィンクを交わしていた。



 契約者――涼介が横を高速ですり抜けて行った為、彼女の短いスカートが翻る。
「あの……美羽?」
 恐る恐る。と言った声は、反射的に睨むような形になってしまった視線の強さに噤まれてしまう。
「ごめん。さっきからちっともネット回線繋がらないの。折角魔穂香とネトゲしてたのに」
 タブレット型の端末KANNAを横に振る小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は不機嫌に頬を膨らませた。
 今日も今日とて、彼女は魔法少女の友人馬口 魔穂香と、ネットゲームに興じていた。
 ――しかし突然の転移現象。
 慌ててみた時には既に回線は途切れていて、うんとも寸とも言わない状態だったのだ。
 パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)からしてみれば、こんな電気も通っていない場所でネットが繋がらないのは当たり前。まあそんな事は美羽も分かっているだろうが、それ程友人とのゲームに夢中になっていたのだろう。
「多分此処から帰るまでは無理じゃないなかな」
「やっぱりそうだよね。
 はぁあ。何かついてないなぁ。
 レアアイテムのドロップも無かったし……」
 今の美羽は明らかにイライラしている。
 ――触らぬ何とか祟り無しだ。
 コハクは静かに彼女の隣を歩き続ける。
 こんな時にも美羽は、魔法少女マジカル美羽の職務は忘れていないようで、状況を知って変身した後は豊美ちゃんと共に戦う魔法少女として、悪襲が居る場所を目指しながら進み続けている。
 どかっ☆ ばきっ☆
 と、和の国バージョンになった魔法少女の和風ロリータドレスの衣装のミニスカートから美羽の細く見蕩れる程の美脚が覗き、その度に八つ当たりのように強力なキックが兵士に向かって飛び出している。
「もう! 早く帰ってゲームの続きしたいんだから!
 邪魔しないでよね!」
「退けえ! この女、巫山戯た格好に似合わず恐ろしい強者だ!」
 ぷんぷんと怒る彼女は敵兵の言う様に確かに恐ろしくもあるが……。
(うーん……、こういうところが可愛くもあるんだよね)
 複雑な感情を抱きながら、コハクは彼女をサポートする為に日輪の槍を振るうのだった。