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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【ターニャ、大立ち回りを演じる】


「まさかお前が、ここでバイトなぞしていようとはな」
「私もビックリですよ、まさか姫子さんがここを訪れるなんて。
 私、つい先日採用されたばっかりなんですよ。ここ時給がいいから憧れだったんですよねー」
「ふむ、にしては随分と手慣れているようだな」
「そりゃあ、色々と経験してますからね」

 それはあの川床カフェで豊美ちゃんとアレク、馬宿とジゼルがのんびりと過ごし、そしてターニャが必死で卓の上に並べられた甘味を食べている最中だった。
 高天原 姫子はよく知った人物、姫星を見つけて声をかける。
「そうです! 姫子さん覚えてます? 以前姫子さんも魔法少女にって言って、姫子さんが「二つ名を考えられたらやってもいい」って言ったこと。
 私、二つ名を考えてきたんですよ!」
「む……もちろん覚えているが。お前がその事を覚えていたことが驚きだぞ」
 姫子の軽い皮肉も、姫星は意に介さず考えてきた魔法少女な二つ名を披露する。
「魔法少女な二つ名、それは……『太陽と月の魔法少女』です!
 讃良ちゃんは太陽、お日さまポカポカ笑顔です。姫子さんは月、夜を優しく照らしてくれます。それぞれ別にするのも考えましたが、二人は一心同体ですから一つに纏めた方がいいと思いまして。
 私なりに頑張ってみましたが……どうでしょうか?」
 顔色を伺う姫星の前で、姫子は珍しく言葉を直ぐに発せずにいた。
「……正直、驚いた。お前がそんな粋な名を考えてくるとは、思わなかった。
 太陽と月の魔法少女……うむ……良いではないか。有難く頂戴するぞ、姫星」
 滅多に見せない、心からの笑顔を向けられて、姫星は照れ臭さと恥ずかしさでひゃあ、と顔を隠す。
「えっと、ゆっくりしていってくださいね! 私はそろそろ仕事に戻りますので!」
 居ても立ってもいられなくなって、姫星は姫子の前から立ち去って行く――。



「なるほど、そういうことですか」
 経緯を聞かされたターニャが頷く。二人をよく知る者が傍に居れば、かなり安心度が増すと判断できた。
「姫子、すっごいよろこんでたよ。「これで私も魔法少女か……」って。
 あ、姫子に変わるね」
 言って讃良ちゃんが目を閉じると、髪が黒から銀へ変わり、再び開かれた目は両方が紅へと染まっていた。
「讃良め、余計な事を口にしおって」
 紡がれた言葉は、讃良ちゃんへの文句。発される雰囲気――魔力の類――からターニャは、今であれば多少目を離しても問題ないだろうと結論付ける。
「姫星さん。讃良さん、あぁいえ、姫子さんをお任せしても?」
「もちろんです! 私が居る限り、姫子さんには傷一つ付けさせませんよ!」
 胸を張って姫星が答える。何故だか頼もしく思えるその様子にターニャが右手を挙げ、即座に悪襲の方へ振り向くと同時に懐へ手を伸ばし、ナイフを掴んで悪襲の頭僅か上へ投擲する。
「ひっ!!」
 トス、と刺さるナイフに遅れて、悪襲の情けない悲鳴が聞こえる。
「な、何者だ!?」
「それを今聞くのかよ」
 着ていた着物を脱ぎ捨てて、ターニャが微笑みを顔に貼り付け呟く。
「いいだろう、この名を刻み畏れるがいい」
 何時もの軍服姿に戻ったターニャの右手には太刀、左手には脇差が握られている。

「私の名はスヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ!
 アレクサンダルを父に、双頭の白鷲の名を継ぐ者。
 正義の神に成り代わり、お前達をゲエンナ(地獄)へ叩き堕とす!」


 名乗りをあげたターニャ――否、スヴェトラーナが、武器を構える。
「――来いよ、クソバカ共が」
 父の口の悪さをそのまま引き継いだ言葉を合図に、スヴェトラーナに向かって四、五人の侍が喚声をあげつつわっ、と突っ込んでくる――。

 複数の侍が突きの構えから、あるいは上段の構えから刀を振り下ろす。後数センチで刃が刺さるという紙一重の刹那、彼女は一歩後ろに下がると直後に飛び上がったままの姿勢で両の刃を左へ薙ぎ払った。
「――――」
 声をあげることなく、最前列の者達はそれで一気に絶命する。踏み込みの分を抜いた、ある意味ただ腕の力だけで振り抜いた刀でこれだけの威力である。しかもそれだけでは終わらない。着地と同時に右の刃で返しで敵の胴、そしてもう一人の首を斬り裂き、更に奥に居た者ののど笛へ左の刃を突き刺した。
「ごぷっ」
 血を口から溢れさせながら咽に突き刺さった刃を見下ろし弛緩しているその腹に向かって軍靴が迫る。彼が後方へと吹き飛び、転がってやがて死体と化したさっきまで共に戦っていた者の姿を見た後列の者達が、戦慄に顔を強張らせた。
「どうした?」
 見上げる青い瞳がギラリと光り、侍達は恐怖に竦み上がる。するとスヴェトラーナは右の刃を真っ直ぐ奥の悪襲の喉元へ突きつける様に向けた。
「その馬鹿を置いて逃げるなら今だよ。……そうね、三秒あげよう。
 さーん、にーい――」
 1の瞬間にはもう動いているのは外国人だからか堪え性の無い性格だからか。ともかく、敵に向かって飛び込んだ彼女は、上段からきた刃を右の刀で弾く様に軌道を変えつつ、左で敵の胸を横薙ぎにした。
 相手の軌道を変化させるやり方は、スヴェトラーナが剣術の師匠である父になんとかして勝利しようと編み出したものだ。元々は父の重過ぎる剣圧をどうにかしようと破れ被れのやり方だった。ある日身軽さを生かす為に手数を増やそうと二刀を構えた彼女を見て、彼女の父は「お前バカじゃねえの?」とド直球で言ってきたが、形になった今は珍しい二刀流で有る事も相まって、敵にするには都合が悪いのは見ての通りだ。――それでも彼女が父親に勝てた事はたったの一度も無かったが。
「怖気づくな! 相手は女一人、束になってかかれば倒せぬ相手ではない!」
 怯んでいる連中を激励し、勇気ある男がスヴェトラーナに迫る。これが並の契約者であったら腕の一本は取れたかもしれないが、いかんせん相手が悪すぎた。
「バカが束になったって、バカバカしいんだよ!」
 右の刀でその武器ごと叩き落すと、左からきた敵を両の刀を柳にし滑り落としていく。その先には先程武器ごと地面に伏させられた者が居る。
「う、うわ――」
 恐怖におののくその姿を最後に、侍同士は鉢合わせになり、運悪く当たった刃はオウンゴールのように仲間を殺してしまった。
「いーけないんだーいけないんだー」
 きゃっきゃと腹を抱えて嗤うスヴェトラーナの作り出した惨状に動きを止めてしまっていたなぎこだったが、ふと我に帰って武器を手に動き出した。
「うん、やっぱり動いたね。……それにこの感じ……多分、きっと……」
 自身の光条兵器『大太刀・宵凪』を振り回すようにして、なぎこが振りかかる火の粉を払う。横で今も惨状の生産工場と化しているスヴェトラーナの姿に、なぎこは一つの確信を得る。
「騒がしいと思ったら、こういうことなの。
 いいわ、彼女たちの脱出に、私も微力ならお手伝いするわ」
 ユピリアも天井から、両陣営同士の戦いに勿論契約者側で参戦する。流石に剣の扱いは慣れたもので、ただ剣を振り回すだけのなぎこに比べ、より効率的に敵に損害を与え、無力化していく。
「さて、私も加勢してやろうか。ちょいと幻でも見せてやれば奴らは直ぐに腰を抜かす……む?」
 姫子が術を行使しようとした所で、姫星が「一つ、大切なことを忘れていますよ」と言う。
「姫子さんも私も魔法少女! 今日こそ一緒に名乗りをあげるのです!」
「む……や、やるのか? 本当に」
「もちろんです! さあ行きますよ!」
 名乗りをあげることに恥じらいを見せる姫子だが、結局姫星に誘われる形で二人、横に並ぶ。

「太陽と月の魔法少女、姫子

  百魔姫将キララ☆キメラ!

    『悪を討ち、世界に平和をお届けするため、今参上!!』」


 二人の名乗りを受けた侍たちは一瞬たじろぐが、直ぐに刀を構え直して駆け寄る。
「貴様らに我と姫星の姿を捉えることは出来んよ」
 姫子の瞳が妖しく光を放てば、侍達の周りには十を超える姫子と姫星の姿が現れる。
「な、何だ!? まやかしの類か!?」
 侍たちはとにかく目の前の姫子または姫星に斬りつけるが、そのどれも手応えはなく、フッと掻き消えてはまた別の場所へ現れるのを繰り返すばかり。
「受けろ正義の必殺! プリンセッセスターウィザード!!」
 そこに姫星が、自らの膝に光の加護を宿して爆発的な加速力でもって飛び込む。突き出された膝は侍の頬を捉え、首がねじ切れるほど曲がった侍は地面を転がり、身体を痙攣させている。仲間がやられたことは理解している侍だが、敵の姿を捉えられない以上反撃も行えない。
「姫星、ここでの目的は脱出だぞ? それを忘れるなよ」
 無鉄砲に飛んでいきがちな姫星を制しつつ、姫子は幻を操り侍や忍者を自分たちから遠ざかる方向へ誘導する。その隙にまずは大奥の女性たち、次いでオルフェリアと奏戯、なぎことユピリアと続き、スヴェトラーナは未だ大勢の侍を相手に大立ち回りを演じていた。
「あっは! 弱い弱い! その程度で私を止められると思うなよ!」
 右の刀が侍の握った刀ごと腕を落とし、左の刀が忍者の喉笛を貫く。そこに複数で斬りかかる侍、しかしスヴェトラーナはその場に留まる愚行は犯さず地面を蹴り、距離を空ける。
「『ターニャ』、そのくらいにしておけ」
「!」
 言葉に“力”を込めて姫子が『ターニャ』に呼び掛ければ、再び踏み込もうとしていたその動きが止まる。今彼女には、まるで父か――或は『サーシャ隊長』が呼び掛けているように聞こえただろう。
「ターニャさん、みんなで一緒に逃げましょー」
 振り返り『ターニャ』へ戻った彼女に、こちらも『戻った』讃良ちゃんが呼び掛ける。
「そうですね、行きましょうか」
 ターニャが頷いて一行に合流し、その場を後にする。やがて術が解かれたことで正常の判断を取り戻した侍たちがこの場に戻って来るが、その時には既にもぬけの殻であった。