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パラミタ・イヤー・ゼロ ~DEAD編~ (第1回/全3回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~DEAD編~ (第1回/全3回)

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  第一章 天殉血剣

 空京たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)が死神の鎌に喩えた三日月型の島――拷問島。
 世を忍ぶために仮装した、たいむちゃんのウサギ姿は可愛らしいが、今は彼女のゆるい外見に癒やされている時ではない。拷問器具のギフトや機晶ゾンビなど、魍魎(もうりょう)がうごめくこの島は、禍々しい殺気に満ち溢れている。

 仮面ツァンダーソークー1に変身した風森 巽(かぜもり・たつみ)が、拷問島へ向かっていた。
「零が逃げる前に、一刻も早く捕まえないと!」
 意気込む彼の後ろにはパートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)、そしてソークー1によって洗脳から解かれた花澤 愛音羽(はなざわ・あねは)がいる。
 島の直前で、ソークー1たちは西側へ、愛音羽は北側へと進路を変える。別れ際に彼女を振り返ったソークー1は、さりげなく告げた。
「折角助かった命だ。――こんな所で散らせるなよ」
 ハードボイルドな一言を残して、ソークー1は滑空していく。愛音羽は彼の背中を見惚れるように見つめ、こう思った。
 ソークー1より蒼い空の似合うヒーローは、他にいないな――と。 


 拷問器具のギフト【ディシプリン】が待ち構える島の西側。
 しかし、西のルートから乗り込んだ契約者のもとへ真っ先に駆けつけたのは、ディシプリンではなく怪人 デスストーカー(かいじん・ですすとーかー)であった。
「すまない! 頼む、助けて欲しい!」
 彼の説明によると、先に侵入していたドクター・ハデス(どくたー・はです)たちからの通信が途絶えたという。
 ところで、パートナーであるデスストーカーが、なぜここに残されているのか。その理由を知るには、今から少し前までさかのぼる必要がある。


――数十分前。
 ハデスは他の契約者よりも一足先に、拷問島へ突入していた。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 荒れ果てた島に口上を響かせると、ハデスはデスストーカーを振り返った。
「お前はここに残っていろ」
「そ、そんなっ」
 おどろいたデスストーカーを、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)がなだめる。
「大丈夫。八紘零は、必ず倒してきますから」
「そのとおり。お前はいざというときのバックアップを担当するのだ。――さあ行くぞ、ペルセポネ! 戦闘員たち! 一気に八紘零の元まで行き、ヤツを倒すのだっ!」
「はいっ! ――機晶変身っ!」
【パワードスーツ】を装着して、ペルセポネはハデスの後を追う。
 ハデスは部下たちの士気を高揚させながら、振り返ることなく島に突入していった。小さくなっていく白衣を見つめて、デスストーカーはその場に崩れ落ちる。
「くっ……。僕は足手まといなのか……」

 苦悩するデスストーカー。そんな彼のもとに、ディシプリンと遭遇したらしきハデスたちの通信が届いた。
『――ほう。これが八紘零の作った拷問器具のギフトか。我がオリュンポスの改造人間と、どちらが上か勝負だ!』
『あなたたちの攻撃は、この装甲には効かな…………きゃああっ!』
 ペルセポネの悲鳴。そして、バキバキバキッという装甲の破壊される音。その後で、ペルセポネのすがるような声が聞こえてきた。
『そ、そんなっ、このパワードスーツが……っ!? やめてっ……そこは……あっ………………』


「――ここで通信が途絶えてしまったんだ」
 デスストーカーの報告を受けた契約者たちは、すぐに最後の通信を傍受した場所まで向かった。
 早く助けにいかなくては。ペルセポネの貞操が、危ない。



 急ぐ契約者たちの前に、ゴスロリ少女が立ちはだかった。彼女たちこそ拷問器具のギフト――【ディシプリン】である。
 そのうちの一人が、お椀のついた万力のような姿に変身した。彼女は【頭蓋骨粉砕機(ヘッドクラッシャー)】。頭を締めあげて、頭蓋を砕く拷問具だ。
「奴は我が相手しよう」
 ソークー1が先陣を切る。すぐさま殴りにかかったが、ヘッドクラッシャーはひらりとかわすと、ソークー1の頭部に覆いかぶさった。
「しまったっ!」
 ギリギリギリ……。嫌な音をたてて、ソークー1の頭が潰されていく。
「タツミ! いまのうちに逃げて!」
 脱出を手助けするため、ティアが『パワーブレス』をかけた。力が増したソークー1は、ヘッドクラッシャーから頭を引き抜こうとするが――。
 グシャッ。
 硬いものが潰れる音。一同に戦慄が走った。ソークー1の頭蓋は、粉砕されてしまったのだろうか?
「……そう簡単にやられるかっ」
 ヘッドクラッシャーの下で、素顔の風森巽が叫んだ。潰れたのはマスクだけだったのである!
 これにはヘッドクラッシャーも動揺したようだ。その好機を、ティアは見逃さない。すぐに『神威の矢』を撃ち込んでいく。
 完全に隙をつかれたヘッドクラッシャーは、聖なる矢をまともに被弾。変身が解け、少女の姿に戻った彼女は、完全に気絶していた。

「ふぅ〜。あぶないところだったね、タツミ」
 ティアはそう言って、新しいパワードマスクをパートナーに手渡す。
「ありがとう……。って、これは旧型のマスクじゃないか!」
「文句いわないでよねっ。予備をいくつも用意出来ないんだから」
「ううむ」
 巽は渋い顔をうかべつつも、しかたなく旧型のマスクを被りなおしたのである。




 ディシプリンを前に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は一切の手加減をしなかった。
 彼女を突き動かしているのは狂気じみた復讐心である。
「八紘零……待ってなさい。あたしがあんたに“実験”してあげるから」
 ゲス野郎。ひとことつぶやいて、セレンはゴスロリ少女たちに殺意を向ける。
 自身の過去から『人体実験』や『児童買春』に対して計り知れない嫌悪を持つセレンフィリティ。
 ゴッドスピードで極限まで反応速度を高めると、敵の捕捉を振り切るように移動した。
 右から左へ。前から後ろへ。セレンは敢えて、移動をパターン化させていた。敵が彼女の動きに慣れ、行動を予測してきたところを狙うためだ。
「――邪魔者は死ね」
 移動パターンを変え、不意をついたところに『凍てつく炎』。九本に分かれた鞭【キャット・オブ・ナインテイル】が、灼熱と極寒に悶え苦しんでいく。
 相手が少女姿のギフトだろうがお構いなしだ。復讐の喜びに凶悪な歪笑を浮かべつつ、破壊の限りを尽くす。
「セレン! もうやめて!」
 恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、悲痛な声をあげて駆けつけた。彼女の首筋には、セレンによる唇の痕が火傷のように刻まれている。

――昨晩、彼女たちは激しく愛しあった。
 セレアナは求められるままに身体を委ねていた。セレンの指は荒々しく、彼女の身も心もかき乱していく。
 快楽と不安が激しく交錯するなかで、セレアナが願ったのは清艶な想いだった。
 どうか、恋人の昏い情念が和らぎますように。
「……私から離れないで」
 セレアナはすがるように囁き、蒸気した肉体を抱き寄せた。
 だが。
 セレンの吐息には、最後まで復讐の匂いがした。唇が肌に触れる度、愛する人の心に巣食う絶望が、セレアナの中に入り込んでいく――。


「ねえ、自分が拷問される気分はどう?」
 セレンは『タイムコントロール』を使い、【鉄の非処女(アイアン・ビッチ)】を若年化させていた。幼女となり身体能力の下がったアイアン・ビッチに、愛銃『絶望の旋律』を向ける。
「セレン……。お願いだから……お願いだから目を覚まして!」
 復讐に心を閉ざしたセレンには、もう誰の声も届かない。引き金が引かれ、銃口から極限の絶望が放たれる。
 拷問島に幼女の叫び声が響き渡った。
「どうして……どうして……!」
 糸が切れたように、セレアナはその場に泣き崩れた。
――セレンは気づいていないのだろうか。彼女の放った絶望が、恋人の心をも蝕んでいることに。