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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)
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リアクション

    アトラスの傷痕・地上


 ルカルカが、鋭峰とともにドリアード零を追う。
【超加速】を互いに付与して反応速度を上げたまま、【八門遁甲】を発動。金色のオーラが激しい火花となって弾ける。その状態で【多重影分身】を使ったルカは、自らの分身を大量に呼び出し、多方向から零を追い詰める。 
 一方のダリルは【空飛ぶ魔法】を使い、たいむちゃんを連れていったん距離をとった。離れた場所から【万象読解】で急所を推理。両手銃にした『天破』を構え、時を待つ。――その眼光は、まさに“神撃の断罪者”と呼ぶにふさわしい鋭さだ。
 零の足止めに成功したルカは、すぐに分身を解除する。光さえ遅れをとるスピードで【一閃突き】を放つ。ルカの剣戟と同時に、後ろから回りこんだ鋭峰が、背中の正中線を切り裂いた。
“金鋭峰の腹心”、ルカルカ・ルー。心の奥底で通じ合うふたりの呼吸は、完璧に合わさる。
「……遺伝子に捕われた可愛そうな人。今、その狂気から助けてあげるわ!」
 ルカには、零を殺すつもりはなかった。『創世』に施していた【レリーズ】の副次効果を利用し、零の狂気が晴れるのを願う。
 だが。
 狂気が覚める前に、零は【スナイプ】で急所を撃ちぬかれた。つづけざま、弾に付加された【トリプルアルファ】の効果が発動する。周囲をバリアーで包まれた零は、核融合爆発を起こし、完膚なきまでに破壊された。
「原子の焔に焼かれて消えろ」
「ダリル……」
 驚いた表情でパートナーを振り返るルカ。零の殺害は、ルカも知らない彼の判断だった。
「――記憶が奴を磔にする。解放するにはナラカに送るしかない」
 そう告げたダリルの声には、研ぎ澄まされた冷徹な殺意が込められていた。

 ドリアード零、残り9体



 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が残虐な笑みを浮かべながら、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とのセルフィッシュジーン・ウォーカーを斬り殺した。【メンタルアサルト】を発動させ撹乱しつつ、死なない程度に斬りつけたのち、絶望の頂点に達したところで首を刎ねたのだ。
「ゲスが……死ねよ!」
 セルフィッシュジーン・ウォーカーには零のDNAが組み込まれている。殺すのに充分すぎる理由だった。
 愛する人の姿をしていることに、ほんのわずかな戸惑いがあったのかもしれないが――。その躊躇は、どれだけ高性能な時計でも計れる時間ではなかっただろう。
 それほどまでにセレンは零を憎んでいた。
――零が蘇ったと聞いた時。彼女は、自分の中がふたたび異常な怒りで黒く染まる感覚を抱いた。ゾクゾクとした得体のしれぬ何かが全身を撫でまわすような……。
(似ている。あの時の感覚に)
 セレンはすぐに、その感覚の正体を思い出す。
 無力だった自分が売春組織で徹底的に犯され、穢され、奪いつくされた時の──夜も昼もなく、ただひたすらに蹂躙されて――惨めな現実から目を背けるために、犯される快楽にさえ溺れた日々──。
 劣情を満たす玩具だった時の、昏い記憶が、彼女の脳を乱れさせる。その歪みはセレアナに抱かれても癒えることはなかった。愛する人の体温に身を委ねても、その下から凍てつく狂気が何度もよみがえる。まるで、新しい皮膚の底から疼く古傷のように。
「また……性懲りもなく殺されに来たの?」
 ドリアード零を前にして、狂いきった笑みを浮かべるセレン。
「いいわよ。あたしはあんたを絶対に殺すって決めたんだから……。生まれ変わったら、その都度あんたを殺してやるって。……あんたは実験とか大好きなんでしょう? なら、殺す前にあたしがいろんな方法を試してあげるわ」
 およそ人間が浮かべるものとは思えぬ歪んだ笑みで、セレンは零の身体をいたぶるように、何度も何度も切り刻みはじめた。

 ドリアード零、残り8体



 セレアナもまた、狂乱するように零を屠っていた。
 彼女を衝き動かしている狂気。それはもともと、セレンへの愛からはじまっている。
――零を殺してから今日に至るまで、ふたりは仕事以外の時間をすべて使って、激しい情事に耽溺していた。何度も絶頂に達しては、愛する人の肉体を貪り合う。過去を忘れ、思考を止めて、互いの狂気を浄化しようとしていたのだろう。
 なのに、またしても零は復活した。セレアナは自分の中に“殺意”では言い表せない激情が蚕食していくのを感じる。
 奴は、私が愛するセレンを、ふたたび狂気の淵に追いやろうとしている――。
「言ったでしょう……。お前が生まれ変わるたびに、私が何度でも殺してやるって!」
 セレアナは絶叫しつつ【魔弾の射手】と【地獄の門】を立て続けにぶち込むと、木偶人形のように横たわる零へ『絶望の旋律』を撃ち込んだ。
 さまざまな色彩が飛び交うオーロラの中で。
 セレアナが放った絶望は、どんな色も映さないほど、真っ黒に染まっていた。

 ドリアード零、残り7体



「永久の命を得た貴方は、再び惨劇を繰り返すのですね」
 富永 佐那(とみなが・さな)が強風を呼び起こし、ドリアード零の退路を塞ぐ。
「本来、死とは悲しみが終わる刻でもあるのです。全てを断ち切り、私はこの地を悲しみの終わる場所にします――」
 佐那のとなりから、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が【темная‐урания】を放つ。炎を帯びた鱗翅目の大群が、零の周りを囲んだ。
「……この力を、怖いと思わなかった日なんてないのです」
 ソフィアが微かに眉をしかめる。темная‐уранияの原理は、彼女に移植されていた波羅蜜多鳳凰毒蛾の遺伝子が、突然変異したことによる。
「でも。ジナマーマもマーツィも、私を受け容れてくれました。ふたりが居るから……私は自分の力と、過去と、向き合えます」
 彼女はふと、波羅蜜多鳳凰毒蛾の繭のなかにいたときを思い出す。EJ社の地下室で孵化を待つソフィアは、たしかに佐那の風を感じていた。
 俗にいう“バタフライ・エフェクト”とは逆の現象だった。カオス理論では、蝶の羽ばたきがやがて嵐を起こすとされる。
 しかし、蠱毒計画が行われたあの日。佐那の生み出した嵐が、今、ソフィアを羽ばたかせているのだ。
「……マーツィ。よろしくお願いします」
 ソフィアがエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)に視線を送った。
「はい。どうぞ、ソフィーチカ」
 エレナはすぐに『封印の魔石』を手渡した。この魔石には、かつて零が自らの遺伝子を組み替えて作ったレイトウモロコシが、焼き立てのまま保存されている。
「そんなに自分の遺伝子がお好きならば――お返しします。これは、あなたの遺伝子なのです」
 ソフィアは歩み寄ると、零の目元に、熱々のレイトウモロコシをジューッと押しつけた。
 零を斃さなくてはならない。私達のような子供を二度と生み出さない為にも……。
 まとわり付かせていた波羅蜜多鳳凰毒蛾を、一気に燃え上がらせて、ソフィアは告げる。
「八紘零――。До свидания(さようなら)なのです」

 ソフィアが炎を燃え上がらせたのを見て、佐那は【雷顆閃】を撃ちだした。
「全てを断ち切ると言いましたよ。――終わりにしましょう」
 コインを貫かれて、ドリアード零はその場に崩れ落ちる。力なく横たわり、わずかに痙攣している。もう長くは持たないだろう。
 なおも這いつくばろうとする零を、エレナが見つめていた。憎むべき相手。あるいは、忌むべき相手――。しかし不思議なことに、エレナの瞳に何よりも濃く浮かんでいるのは、哀れみだった。
「何が貴方を、狂おしいまでの衝動に駆り立てるのか。私に知る術はありません。ですが、感じることは出来ます。――死によって、自らの記憶、感情、それら全てが無に帰すこと。貴方は何よりも、それを恐れているのではありませんか?」
 零は返事をしなかった。だがその無言の返答は、エレナの言葉が少なからず的を射ていることを示唆している。 
“零”の名を持ちながら、彼は“ゼロ”という無を恐れ、“0”という無限の円環を望んだのだろう。
「恐れる必要はありません。命尽きることとは、救済であり、はじまりに過ぎないのです。――生命の根源へ還る時が来たのですわ」
 エレナの声を聞きながら、彼の命が果てる。

 ドリアード零、残り6体



 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は作業のようにセルフィッシュジーン・ウォーカーを切り刻んでいた。ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とのDNAが刻まれた相手を、単純かつ、冷酷なまでに。
 敵であれば、どんな相手でさえ容赦しない彼女。
 ただ、命を狩る際に、魂へ幸せな幻を見せる『小太刀・煉獄』を使ったのが、唯一の慈悲であった。
 セルフィッシュジーン・ウォーカーの魂を見送るフレンディスは、視界の端にドリアード化した零を捉える。
「……あれを殲滅させれば全て片付くのですね」
 零に向き直ると、戦いの姿勢をとるフレンディス。
「ジブリールさん達の因縁。そして勝手な話かもしれませんが、私を友と呼んで下さった鏡さんの為に……。零が生み出した悪しき想いを、すべて無に精算致します」

 フレイを保護しつつ、量産されたドリアード零を見回すベルクが、ため息混じりに言った。
「やれやれ。この執念は流石に迷惑極まりねぇっつの……」
 ベルクは肩をすくめると、傍らにちょこんと立つニコラ・ライヒナーム(にこら・らいひなーむ)を振り返る。
「さてニコラ。この状況で聞くのはヤボだが、逆に今しかねぇ。お前の兄だって無関係じゃないだろうしな。……いったいお前は、何を目的として此処までやって来た?」
「それはね、話せば長くなるんだけど……」
 ニコラは困ったように視線を外したが、すぐに顔を上げてつづける。
「でも、これだけは信じてほしいの! ボクがここに来たのは、零を、倒すためだってことを」
「そうか。今はその言葉を信じるしかなさそうだな」
 ベルクが、ニコラのとんがり帽子をくしゃくしゃと撫でた。
「この戦いが終わったら、すべてを話してもらうぞ」
「……うん!」

 ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、各種補助スキルを駆使し、仲間たちの命を護ることに専念していた。
「フレンディスさん。ベルクさん。オレ、八紘零の事は今も嫌いだけどさ。一つだけ感謝してるんだ。彼奴のお陰で、オレは今此処に居る。そして死んだ仲間や鏡の分まで生き続けられる……」
 オーロラと戦闘で傷ついたフレンディスに『ヒュギエイアの杯』を掲げながら、ジブリールは言う。
「そのお礼っていうのも可笑しい話だけどさ。オレは、八紘零の分も生きてやるつもりだよ。それは他の仲間たちだって同じだと思う。永遠っていう時間は、皆で少しずつ分かち合うものだと思うから……」
「そうですね。永遠を独占しようとした零に、私は然るべき罰を与えます」
「オレは、もう人を殺さない。その代わり全力で護って救うから……。フレンディスさん、頼んだよ」
 ジブリールの想いに応えるように。
 ドリアード零を捕えたフレンディスが、己の持つ全てを込めて、無感情に斬り殺した。最後まで『煉獄』を手に取ることもなく。
 清冽の刃が、狂気を砕いた。 
 残りのドリアード零を見やって、フレンディスは冷たい声で告げる。
「私が望むのは唯一つです。……零に、もっともふさわしい罰を」

 ドリアード零、残り5体