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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~ALIVE編~(最終回)
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 上空からは、唯斗の操縦する魂剛が零に向かっていた。
――いや、それはもはや操縦とは言えない。エネルギーはほぼ残っておらず、重量に任せて落下しているのだ。
「てめぇに、逃げ場はねぇ! 此処で終われ!!」
 集団を離れていた1体のドリアード零に対して、残りエネルギーをすべて使い切った【天羽々斬】。
 ひとひらの欠片も残さずに消し飛ばした。

 ドリアード零、残り4体



 魂剛に搭乗していた純が、すぐさま飛び降りると、そのまま零の元へ駆け出して行った。
「唯斗さんと出会ってから、私は“天殉訣剣”になりました。――殉ずる事と訣別し、未来へと繋げる為の剣に」
 零の配下だったころは、死を捧げることがすべてだと信じこまされた。でも、今は違う。
 命の、愛の尊さを彼女はすでに知っている。
「人としての死を強制する貴方を斬り。私達は明日を歩みます!」

 近づいてくる純の姿を、タマ・ロスヴァイセは「ほえ〜」っと見ていた。
「タマ。あなたが決着をつけなさい」
 リネン・ロスヴァイセが、タマの頭をぽんぽんと優しく撫でてから、『ヴィサルガ・シューニャ』を発動させる。
 ギフトである、純とタマの身体が合体。ふたりに秘められた潜在能力がスパークする。
(……タマ。ずいぶん、強くなったのね)
(これが……お姉ちゃんの力……!?)
 融合したふたりは、『マジカルファイアワークス』の炎を付与した剣戟で一刀両断し、ドリアード零を焼尽せしめた。

 零を倒して、合体を解いた後。
 純が、リネンたちに向き直って頭を下げた。
「私が言うのもなんですが……タマをお願いします」
 それを見てタマも、駆けつけてきた唯斗にぺこりとお辞儀する。
「剣おねえちゃ……純さんを、お願いします」
 そんなタマを微笑ましく見つめながら、純が告げた。
「もう大丈夫ね。私がそばにいなくても」
「それって……お姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃなくなったってこと?」
「そうじゃないわ」純がたおやかに頭を振る。「私があなたの姉であることは変わらない。タマとの思い出は、私も大切にしているわ」
「だったら、どうして……?」
「私たちの過去は乗り越えるべきものだから。犯した罪を償うためにも、私たちは生きていかなくてはいけない。そのために、あなたは新しいお姉さんたちと出会ったのよ」
 相変わらず「ほえ?」っとした顔つきで聞いていたタマだが、純の言ったことは、理解できたようだ。
 フェイミィ・オルトリンデ、ミュート・エルゥ、そしてリネンを見つめるタマ。彼女はにっこりと微笑んで、こう言った。
「大切なのは過去ではなく……“今”と、“その先”……だもんね!」

 ドリアード零、残り3体



 美羽と愛音羽が連携して、ドリアード零を挟み撃ちにした。
「もうっ。あんただけは、絶対にゆるさないんだからね!」
 美羽の怒りは今にも爆発しそうだった。これまで零の犠牲になってきた人々、利用されてきた人々……。そんな人々を思っての憤りが美羽の小さな拳に込められている。まるで中性子星のように、極限まで濃縮された怒りだ。
「ああ。あたしもこいつだけは許せねぇ……」
 ギリッと唇を噛みながら愛音羽が言う。妹と両親の仇を討ってもらうため、コハクから贈られた怪力の籠手を装着した彼女は、美羽に合図を送った。ふたりは小さく頷き合うと、零を目がけて一気にダッシュする。
「八紘零! てめーをぶっ殺す!!」
「あんたに踏みにじられた人たちの気持ち……思い知れッ!」
 ふたりは同時に殴りかかった。もはや、ドリアード零に逃げ場はない。
――全力のダブルパンチが炸裂!
 零は、粉々に砕け散った。
 
 ドリアード零、残り2体



 人体実験を憎む神崎 荒神(かんざき・こうじん)が、ドリアード零を執拗なまでに惨殺していた。
 荒神は蠱毒計画で子供達の遺体を見た瞬間から、軽はずみな行為の果てに多くの子供を死なせてしまった過去を、改めて悔やみ続けてきた。加えて、彼の妻も人体実験の被害者だという事実。
 それらが、荒神の零に対する殺意をより深いものにしている。
「こいつはどうしても許せなかった……。それだけだ」
 短く吐き捨てると、彼は零の死体を後にした。

 ドリアード零、残り1体



 荒神から少し離れた場所では、アルベール・ハールマン(あるべーる・はーるまん)が最後のドリアード零から攻撃を受けていた。
 不意をつかれたわけではない。わざと零に接触するためだ。
 アルベールの様子を、テレサ・カーマイン(てれさ・かーまいん)が興味深げに観察している。
 荒神たちは、これまでの戦いにおいて零の追跡に並々ならぬ熱意を傾けた。そしてレイゲノムのレプリカを発見し、ZERO細胞の存在を突き止め、アポカリプスの開闢からジェネシスの終焉に至る零の計画を知った。
 その成果は、アルベールの身体によって試されようとしている。彼は独自に研究してきたZERO細胞を応用して、零に自身の細胞を注入し、DNAごと書き換えようとしていたのだ。
「……だが、本当に大丈夫なのか?」
 ドリアード零の枝で身体を貫かれるアルベールに、荒神は聞く。
「問題ありませんよ、主。【ヒール】で回復しているので見た目ほどダメージは問題ありません」
「いや。俺が心配してるのは、お前の身体じゃないんだ」
 荒神は頭をかきながらつづける。
「お前の細胞を、注入することについてだよ」
「それも問題ございません。わたくしの細胞が移植されたところで、体が紫になったり、奇声を上げたり、目に見えるものすべてが私になるだけですから」
「……やっぱり、作戦は中止しよう」
 永遠樹を通してアルベールの細胞が拡散されたら、零より酷いことになるかもしれない。荒神はそう判断し、“アルベールの細胞注入作戦”を中止した。

 それを聞いて、待ってましたとばかりにテレサがアンプルを取り出す。
 ZERO細胞――正式名称・Zenith Eternize Radial Omnipotence cell(絶頂永遠性放射性全能細胞)。マッドサイエンティストのテレサにとって、零が発明したこの特殊な人工幹細胞は、極上の玩具(研究材料)だった。
「目には目を、歯には歯を。――細胞には細胞ってな」
 零の死後もZERO細胞の解析を進めていたテレサは、究極ともいえる研究結果を導き出した。
 遺伝子ノックアウト。
 テレサは“多能性を持たせる”というZERO細胞の作用を逆転させ、零に対して、現存する彼自身のDNAを破壊しようと企んでいたのだ。
「新しく作った子供に自分のDNAがないと知ったら、こいつはどんな顔をするだろうか」
 にやりと笑いながら、テレサはアンプルの中身を注入した。
「――貴様。私になにをした?」
「さあね。知りたければ、お得意の分娩でもしたらどうだい?」
 テレサの挑発に訝しみながらも、零は腕の先から果実を作り、セルフィッシュジーン・ウォーカーを生み出す。
 しかし、生まれてきた子供は、かろうじて人型をした木の塊だった。零の子供は一言も発することなく、その場で震えながらぐずぐずに崩れ落ちる。
 崩れ果てた子供を見下ろして、零は悟った。生まれてくる子供には自分のDNAがないということを。
「そ……そんな馬鹿なことが……」
 生きるよすがを失った零は、ついに力尽きる。


         ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 最後の零をまっ先に殺しにきたのは、緋柱 透乃だった。
「零は生きている限り何かしらの手段で活動を再開するだろうね。もっとやばいことだってするかもしれない。殺す以外にはないよ」
 殺気と闘気をまとって近づく透乃の前に。
 ジブリールが、立ちはだかった。
「まだ……零を殺さないでほしい」
 身構えたジブリールから敵意を感じ取った緋柱 陽子が、『緋災』を放つ。周囲の契約者をも巻き込んで緋色の嵐が巻き起こった。さらに霧雨 泰宏がサポートに回り、いつでも緋災が連発できる構えをとる。
 嵐を集中的に受けたジブリールは、膝をついた。深いダメージを負っているにもかかわらず、ジブリールは立ち上がり、ふたたび零を庇うように身構える。
「零すら殺せないような甘い奴に、どれだけ被害がでようと関係ないね」
 悠然と、透乃がジブリールに近づいていく。
 そこへ――。
 フレンディスが、ジブリールと透乃の間に入った。大切なパートナーを傷つけられた彼女の瞳には、清冽な殺意が込められていた。
 一触即発の空気が流れる。
 透乃。そしてフレンディス。これだけの実力者が戦えば、二人とも無事では済まないだろう。
「……ふたりとも、そのへんでやめにしねぇか」
 ベルクが、わざと少しおどけた口調で言った。
「なに? もしかしておまえも、零を生かすとか甘いこと言う気なのかな?」
「いや。俺が言いたいのはむしろ逆だよ。――こんな奴を殺すのは、ちょっと甘いじゃねぇのか?」
 ベルクの返答に、何を言ってんのというふうに透乃が首をかしげる。
 答えを引き継いだのは、フレンディスだった。
「私は零に、楽に死んで頂くつもりなぞ毛頭御座いませぬ」
「ってことはつまり……」
「はい。私が望むのは、零に“永遠の苦痛を与える”事です」
「――どっちにしろ、私は賛成できないね」
 透乃が、不満そうに伸びをしながらつづける。
「シャンバラには危険人物をまともに管理する能力が無いこと、陽鴻烈の件ではっきりわかっているんだから」

「懸念すべき点はそれだけじゃないわ」
 そう語りかけたのは、地上に戻ってきたローザマリア・クライツァールだった。
 彼女もまた、零を追い詰め、零の野望を暴き、独自のルートで零にまつわる事柄を調べ続けていた。
 その結果、ローザはある危険性を見出したのである。
「ZERO細胞は零のDNAを永遠樹に組み込んで、未来永劫、彼の子孫を残すものだった。だから、永遠樹さえ消滅させれば、零は二度と蘇らない――。皆はそう考えているみたいだけれど。――実は、その逆もありうるわ」
「逆?」
「つまり、零の細胞が残っているかぎり、“永遠樹のほうが新たに生まれ変わる”可能性があるってことよ。ZERO細胞を組み込んだ時点で、零と永遠樹は一蓮托生だから」
「――それなら大丈夫だろう」
 ローザの話を聞いていたベルクが、『鎮魂歌の杖』を取り出した。魂を封じるその杖には、すでにニコラの兄の魂が収められてある。
「魂にしちまえば、DNAは残らないからな」
 ベルクはニコラの兄を解放させ、入れ違いに、零の魂を封じ込めるつもりなのだ。

 それを止めたのは、『封印の魔石』を手にしたフリーレ・ヴァイスリートだった。
「貴様は罪を背負いすぎた。その役は私が引き受けるのだよ」
 フリーレのパートナーである酒杜 陽一もまた、零を生き残らせるのに賛成している。
「一度生れた子を、死なせたい親はいないからな」
 永遠樹が生み落とした子供たち。彼が望んでいるのは、パートナーロストによってセルフィッシュジーン・ウォーカーが死ぬのを避けることにあった。
 と、そんな彼らへ。
 ひとりの女の子が近づき、話しかける。
「子供たちの寿命についてなんだけど」
 いくぶん高飛車な口調でしゃべるのは、前回、陽一が生け捕りにした時を賭ける少女だった。彼女は零に拾われた未来人であり、寿命を賭けたギャンブルに勝ち続けたため、永遠に匹敵する寿命を持っている。
「寿命のスペシャリストである私から言わせれば。セルフィッシュジーン・ウォーカーの命は、おそらく数日でしょうね。彼らの行動原理である“零の遺伝子を残す”って意義が、どんどん薄れているから」
「そうなのか……」
 陽一が、憐れむような目で、自身と理子のDNAをもつ子供を見た。
 たとえ数日でもいい――。静かに目を伏せて、彼はつづける。
「それでも構わないよ。生きているうちに、この子のすべてを愛せるのなら」
「あら。死ぬまで愛してくれる人がいるだなんて。私からしたら、ちょっとうらやましいかも」
 時を賭ける少女がくすくすと笑った。
 永遠に匹敵する寿命をもつ少女は、どこか自嘲しているような笑みを浮かべると、こんなことを呟く。
「……私にも、死ぬまで愛してくれる人は現れないかしら」