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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(前編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(前編)

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「避難所はこっちです〜! 慌てなくても大丈夫ですよ〜!」
 既に駅も飛空艇発着場も数時間待ちといえるような混み具合だった。
 そんな中、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は、空飛ぶ箒スパロウに乗って、避難する人々を誘導していた。
 駅でも飛空艇発着場でもなく、郊外の避難所へだ。
「要塞が迫ってきてるんでしょ? 狙いは何なの!? 本当に宮殿!?」
「はっきりとはわかりませんけれど、これから向かう先には重要施設はありませんから、大丈夫ですよ」
 住民の問いにそう答えて、ミレイユは皆を先導する。
 イナンナの加護、ディテクトエビルで警戒を払っているが、大きな脅威は感じられない。
 だけれど、人々からは時々怒声が飛んでくる。
「そんな重要なものを奪われるなんて!」
「政府は何をやってるんだ」
「要塞の攻撃に耐えられる避難所なんだろうなっ」
 それらの言葉にはミレイユは何も答えられない。
「駅や飛空艇発着場とは方向が違う。こちらの道には混乱はない」
 小型飛空艇ヘリファルテに乗り、上空から道の状態を見ていたデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)が下降し、ミレイユに言う。
 殺気看破で警戒もしていたが、特に危険を感じるようなことはなかった。
「うん……あの、一緒に来てくれてありがとね。空京守らないと……!」
 そんなミレイユの言葉に、デューイは目を逸らしつつ「空京には、守らなければならぬものが多くある」とつぶやいた。
 そして。
「時間がない、先を急ぐぞ」
 そう言って、また高く飛んでいく。
 後方を――浮遊要塞が飛んでいる方向を振り返る。
 今はまだ、空に変わりはない。爆発音もまだ響いてはいないが。
(レン兄……うん、わかった)
 ミレイユの頭に、宮殿の会議に出席しているレンから状況を知らせる言葉が届いた。
(それは街に人達には言わないでおくね。こっちは大丈夫。ちょっと怒ってる人とかいるけどね)
 援軍として向かった教導団員からの報告によると、要塞は無差別と思えるような攻撃を開始したそうだ。
「食い止めてくれればいいが」
 この避難が無駄になればいい。激怒する人がいたとしても。
 デューイはそう思いながら、皆の道標となる。

「涼介兄ぃ! 宮殿近くの家の人が、数十名来るって〜」
 ミレイユからこちらに向かっていると連絡を受けたヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は、準備に勤しんでいる涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の所に駆け込んだ。
「あと、この近くの人達からも、こっちに来たいって声があがってるよ。全員は無理かな。他の避難所も紹介しなきゃ」
 連絡役を担っているアリアは、届いたメールや電話に素早く返事をしていく。
 アリアは事態を知ってすぐ、涼介と彼のパートナーと共に避難所の確保に動いた。
 空京警察や宮殿にも連絡を入れて、避難所の一つとして早い段階から受け入れ態勢を築いている。
「アリア、手が空いている時だけで構わない。シートの用意手伝ってもらえるか?」
「うん、避難してきた人が安心できるように頑張るよ」
 メールの送信を終えたアリアは、涼介を手伝ってシートを施設の部屋に敷いていく。
 どれくらいの間、市民たちがここで過ごすことになるのかはまだ分からない。
 気分が悪くなる人もいるだろう。
 風邪を引いている人もいると思われる。
「長引いた場合、最も警戒すべきは、集団感染だな」
 涼介は医学や薬学の知識を有している。回復系魔法も堪能だった。
 薬箱も携帯しており、施設側からも消毒液や包帯程度が入った救急箱の提供を受けていた。
 この施設は、自治会館として使われている施設であり、毛布やシートは沢山あり、生活に必要なものも多少倉庫に保管されている。
「こっちだよ。まずはお部屋の中に入ってね。空から何か落ちてきたら危ないから」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、ミレイユ達の誘導で訪れた一般人を館内へと招く。
「ミサイルが降ってきたらどこにいたって同じだろ?」
「テロなら、人が沢山いるところを狙うんじゃねぇの!?」
「避難所の場所をテロリストへ教えて……狙い撃ち、なんてな」
 不安に駆られた人々の口からは心無い言葉が出てくる。
「そんなことないないっ。一か所に集まってれば、飛空艇に余裕が出来た時にはこっちに直接来てもらって、みんな一緒に遠くに避難できるって利点もあるんだよ、ね」
 クレアが涼介とアリアに目を向ける。
 2人は人々を安心させるために、軽く笑みをみせて頷いた。
「お腹空いてませんか? スープが出来ましたよ。もう少し煮込んだ方が美味しいかもしれませんが」
 エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が、大きな鍋を持って現れる。
「順番にどうぞ。温かい物飲んだら、少し落ち着くと思うよ。ここは大丈夫だから、ねっ」
 クレアはそう微笑みかけて、訪れた人々をアリアが作った食事の方へと誘導していく。
「今、パンも焼いているんです。出来上がり次第、お持ちしますね」
 エイボンはスープを器に入れて、人々に優しく接していく。
「ありがとう」
「いい匂いだね。パンも楽しみだ」
 エイボンが作ったオニオンスープは、玉ねぎの甘さと黒コショウのスパイシーさを効かせたほっと体が温まるスープ。
 少しずつ、人々が集まっていき。人々の顔にも余裕が戻ってくる。
「熱いですよ。ふーふーして飲んでくださいね」
「うん!」
 子供からは元気な返事が返ってきた。
「ご気分の悪い方はこちらで横になってください。何か病気を持っている方は、申告お願いします」
 涼介はシートや毛布を配りながら人々に声をかける。
 迅速で皆を気遣ったミレイユ達の誘導の成果により、怪我人はいなかった。
 貧血で気分が悪くなった女性はいたが、涼介の適切な看病によりすぐによくなった。
「んー、駅も飛空艇発着場も人で溢れてるみたい。ドミノ倒しになって怪我した人とか、こっちに回したいって話なんだけど、大丈夫、涼介兄ぃ?」
「軽傷者なら構わない。ただ、ここには十分な医療器具はないから、手術が必要になるような怪我なら優先的に他の島に運んであげてほしいな」
「そうだよね。軽傷者はオーケーっと」
 アリアは涼介の返答通りに、メールの返信を行った。
 今はまだ怪我人のいないこの場所だが――。
 続々と増えていくのだろうか。あの時のように。
 涼介は暗い場所で長期に渡り、医療機材が不足した状態で治療に当たった過去のことを思い出しながら、受け入れ態勢を整えていく。

『今のところ、おかしな行動はとってないよ。真剣に隊長のこと案じてるように見える』
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が持つ携帯電話から、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)の声が流れてくる。
『だけど、数々の犯罪や利敵行為を繰り返してきた人物だからね。引き続き監視を続けるね!』
 そんな報告の後、電話は切れた。
 マーゼン達は、とある人物を要警戒者として警戒している。
 現在は飛鳥がその人物をそっと監視している。
 その人物は、今、探索隊と共に、アルカンシェルを追っているようだ。
「こちらも事件が起き始めていますわね。住民同士の小さないざこざは空京警察にお任せして、テロ警戒に努めましょう」
 早見 涼子(はやみ・りょうこ)はマーゼンと共に空京で保安活動に当たっていた。
 マーゼン達はちょうど、空京郊外に演習に来ていたのだ。
 駐留軍は迎撃に備え、イコンと兵士の配備を急いでおり、マーゼン達のようなたまたま空京を訪れていた教導団員はそれぞれ自主的に治安維持に努めている。
「了解。こちらは今のところ事件はない」
 マーゼンは携帯電話に向かって、そう言った。
 迅速に動けるよう、頻繁に宮殿や軍とも連絡を取り合っており、治安権限の一部の代行の了承も得ていた。
 空京警察は住民の避難誘導、駐留軍は要塞の迎撃に備えている為、そこまで手が回っていない。
 マーゼンは街頭モニターや、通行人に怪しい人物がいないかどうか、注意を払い、怪しい人物を探っていく。
「テロを企てる奴がいるのなら、どこに行くだろうか」
「より効果的に人を巻き込める場所でしょうか」
 マーゼンの小さな問いに、涼子が答えた。
「街中も油断できませんが……今一番人が集まっている場所に、行ってみましょうか?」
 涼子の言葉に、マーゼンは首を縦に振る。
 そして、2人は空京駅の方に向かっていった。