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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(前編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(前編)

リアクション

「シャンバラ教導団のセレンフィリティ・シャーレットです。皆さん、落ち着いてください」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、拡声器を借りて、混乱している街の人々に呼びかけていた。
「現在、国軍やロイヤルガードを初めとする、空京にある部隊が迎撃にあたっています。万が一、要塞の攻撃が空京島に届いたとしても、何ら問題はありません」
 少しでも情報を得ようと、建物から出てくる人の姿もあった。
「空京警察と百合園女学院の白百合団などが、市民の保護を責任をもって行っていますので、何も心配はありません」
「ミサイルからどう守るってんだよ!」
 突如、中年男性が一人、セレンフィリティに詰め寄る。
「こんな華奢な身体じゃ、盾にさえならないだろ! 政府は何やってんだ!!」
 釣られるように、人々からセレンフィリティに暴言ともいえる質問が浴びせられる。
「政府は軍と連携して、状況の把握に努めています。皆さんは空京警察の指示に従って、落ち着いて避難をお願いします」
「どこにいたってミサイルが飛んできたら終わりだろ!? 飛空艇が狙い撃ちされるかもしれねぇし!! どう責任とるってんだよ」
 パニックを起こして、男性がセレンフィリティに掴みかかってきた。
 途端。
 セレンフィリティは強く男を払い飛ばす。
「さっさと大人しくしないと公務執行妨害で警察に突き出すわよ」
 低く強い声で言うと、男性は逆に怒り狂う。
「こんなことになる前に、対処をしなかったお前ら軍の責任の癖に、偉そうにッ!」
 言いながら、男は殴りかかってくる。
 セレンフィリティは足を引いて男の攻撃を躱すと、銃を抜いて男につきつけた。
「悪いけど、ダダこねてみんなの足手まといになるのなら、ここで死んでちょうだいな」
「ひぃ」
 男の顔が凍りつく。
「あんたも怖いけど、みんな怖いし、あたしも怖いの」
「う、うう……っ」
「だからさっさと逃げ出したいのに、あんたが一人でキーキー無様に喚き散らして足を引っ張ってくれるもんだから、そのせいでみんな逃げ遅れて死んでしまいました……では、余りに浮かばれないし、あたしもこんな死に方はしたくない」
「う、うううったえるぞ……」
 声を震わせながら、男はそう言った。
「死人に訴えることなんで出来ないでしょ。さあ、大人しく指示にしたがって逃げるか、それともここで死ぬか、三つ数える間に、行動で示してね」
 危険な微笑みを浮かべながら、セレンフィリティはカウントを始める。
「な、何してるのっ!」
 慄いている市民をかき分けて、セレンフィリティのパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が駆け付ける。
「と、とりあえず皆さん、速やかに避難してください。ミサイルは迎撃できますので、郊外の室内にいれば大丈夫です。飛空艇などでの避難は、介助の必要な方々を優先的に進めています。さ、早く、早く……」
 銃をつきつけているセレンフィリティを背に隠しながらセレアナは皆に避難を呼びかける。
 言葉に従って、住民達は青い顔で避難をしていく。
「お、お、覚えてろぉぉー」
 情けない声をだし、セレンフィリティに楯突いていた男も走り去った。
「こ、こら……」
 男性が消えた後。
 セレアナはセレンフィリティの前に仁王立ち。
「ちょっと目を離すとこれだから……あの人の出方次第では、処分されるわよ?」
「それも、双方に命があったら、でしょ。今は避難が優先」
 セレンフィリティは男性がちゃんと逃げたことを見守った後、セレアナにウィンクをした。
 そしてすぐに真顔に戻り、また拡声器を使った呼びかけを始める。
「もう……。あとでじっくり話をしましょう」
 呆れ顔で言った後、セレアナは街の人々の誘導に走る。
 人々はまだ見えない要塞より、セレンフィリティを恐れたためか、先ほどよりずっと素直に誘導に従うのだった。

「子供や妊婦の方を優先にお願いしますー!」
 研修の為にシャンバラ宮殿を訪れていた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、駅近くに駆け付けて、誘導を行っていた。
「落ち着いてくださいませ。戦時に比べれば、どうということはありませんわ。どのような目的でこちらに向かっているのかも、断定はできませんし、ミサイルを放ったという話にしても、射程外から発射したのか、命中精度が低くでたらめな攻撃でした」
 イルマ・レスト(いるま・れすと)も、人々に話しかけながら誘導を手伝っていた。
「落ち着いて歩いてください。前の方を押したり、割り込みをしようとしたりは絶対にしないでください。将棋倒しで死者が出ることもあるんです」
 千歳は混乱している人々に声を掛け、列を乱そうとする人物を諌める。
「見ての通り、こちらは大混雑しています。健全な方は、徒歩やご自身の乗り物で郊外に避難した方が良いと思われます」
「道路も駅や飛空艇に向かう道は混雑していますけれど、郊外へ向かう道はさほど混んではいないと聞いています」
 イルマがそう補足した、直後に。
「そんなところに避難しても、都市が滅んだら終わりだろ。見捨てられるだけだ! 俺は先に行くぞ!」
 男性が一人、列を乱して強引に前に進もうとする。
「一人だけずるいぞ」
「待ってられるか!」
 次々に声が上がり、人々は男性と同じ行動に出ていく。
「痛い、やめてくださいっ」
 押された女性が子供を必死に抱きしめながら、悲鳴をあげる。
「順番を守れ!」
 千歳が大声を上げるが、人々は治まらない――。
 パン、パパン!
 突如、響いた大きな音に、水を打ったように人々は静まり返る。
 ……イルマがマシンピストルを空に向けて発射したのだ。
「今、ここにミサイルが飛んできたら皆死にます。避難は女王陛下の意思です。誘導に従わず、妨害となる行動を行うのであれば、それは反逆罪に等しい行為とみなします」
 すっと、イルマは銃を下げる。
 驚いて静まっている人々に……銃を向けこそしないが、鋭い目を向ける。
「従わないのなら、反逆罪として射殺しますよ」
「イルマ……ちょっと、やり過ぎな気もするが」
 千歳はイルマの言動に、眉を顰めながらも強引に進もうとしていた男性の腕を引っ張り手錠をかけた。
「公務執行妨害で拘束させてもらう」
「さあ、子供を連れている方、妊婦の方を優先に駅へ進んでください。健全な方には郊外の避難所をお勧めいたしますわ」
 イルマはにっこりほほ笑んだ。だが勿論、その目は笑っていない。
 パニックを起こしかけていた一般人達は冷静さを取り戻し、再び順番を守り並んでいく。
「身柄は警察に預ける。反省しろ」
 千歳は軽く息をついた後、不満げな男を引っ張っていく。
「皆、必死に対処に当たっている。だから、大丈夫」
 北の空に目を向けるが、まだ何も異変はない。いつもと変わらぬ青空が広がっているだけだ。

「避難所の場所にしるしをつけました。皆さんの受け入れ体制を整えているところです」
 駅に貼られている地図に、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)はしるしをつけて、避難所の場所を示していく。
 天御柱学院所属のイーリャがパートナーのジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)と共に、新幹線で空京を訪れた直後、避難勧告の放送が流れた。
 イーリャは混乱していく人々の様子を見て、すぐに空京警察に連絡をいれ、協力を申し出た。
 そして契約者達が中心となり纏めている避難所の地図のアドレスを聞きだし、ダウンロードして、駅の地図に書き入れたのだ。
「ここにミサイルが落ちるかもしれないのよ? 避難誘導の手伝いどころじゃないでしょ、イコンもないのに」
 ジヴァは最初、乗り気ではなかった。
 一番に列車に乗り込んで、海京に戻るべきだと考えるくらいに。
「あ……っ」
 殺到する人々に押されて、イーリャがよろめく。
「あぁ、そうだったわね」
 自分にぶつかってきたイーリャを、ジヴァは反射的に支えた。
 劣等種と蔑み軽蔑している相手だが、彼女にもしものことがあったら、自分の命も危ないのだ。
「っ……落ち着いて避難してください。まだ時間はありますから」
「あんたもこんな騒ぎの中でそんな体になっちゃったんだっけ」
 ジヴァは立ち上がり、避難誘導を続けようとするイーリャの姿にため息をつく。
 イーリャは少女時代に事件に巻き込まれたことで、障害を負ってしまっている。
「……ジヴァ、お願い……っ」
 弱者を押しのけて進もうとする人、駅員の制止を振り切って構内に入っていく人々を目に、イーリャはジヴァに助けを乞う。
 自分では、止めることができない、から。
「……いいわ。手助けしてあげる。格の違いを教えてあげるわ」
 言った途端。ジヴァはサイコキネシスで暴走する人々の行く手を阻む。
「ここで死ぬか、皆と生きるかさっさと選びなさい!」
 地図やチケットの奪い合いをしている者には、飛び掛かって殴り飛ばす。
「っ、こいつが俺から奪おうとしたんだ」
「いや、俺の方が先に並んでたのに!」
「奪い合ってる時間はない。一緒に避難すればいい!」
 ジヴァが言い放つと、捨て台詞を吐いて男達は列に戻っていく。
「ありがとう」
 イーリャは小さく礼を言った後、大きく息を吸い込んで、病弱な身体を奮い立たせ、大きな声で避難の誘導を続ける。
 そんな混乱していく駅構内に、放送が届く。
 皆の耳に飛び込んできたのは、政府の役人の声ではなく、女王アイシャの声だった。
「空京警察の指示に従って、避難をお願いします。接近してきた際にも、軍と契約者の方々で対応できるよう、準備を進めていますので、落ち着いた行動をお願いいたします――」
 空京には国家神がいる。
 シャンバラは彼女に守られている。
 その女王の声に、人々は少しだけ落ち着きを取り戻していく。