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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【1】暴君暴吏……4


 臨時作戦本部。
 小さな野営テントの前にはなにやら隊員達が、話題のラーメン屋さんばりの行列を作っている。
 そんな彼らを尻目にメルヴィアが戻ると、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)一等兵が敬礼で迎えた。
「お帰りなさいませ、大尉殿」
「……テントの前の連中はなんだ?」
「陳情に来た隊員たちであります。全員で押し掛けて任務に支障が出ないよう、陳情内容ごとに仕分けしておきました」
「そうか、ご苦労」
 メルヴィアは長机の上座に座り、丈二にとっとと陳情者を通すよう促す。
「よろしいでしょうか。ではまず『大尉殿の態度が気に喰わないグループ』の皆さんであります」
 そうして、ぞろぞろと通されたのは如何にもパラ実然とした屈強な男子達だった。
「おい、メルヴィア! おまえに一言もの申すために来た!!」
「おまえ、別に俺達が選んだわけでもないのに偉そうなんだよ! 初対面の人に対する礼儀もわきまえてねぇのかよ!」
「大体、おまえ年下だろ!!」
 怒濤の勢いで文句を言う隊員たち。しかし、メルヴィアは眼力一発でそれを押し返す。
「……そんなことを言うためにここまで来たのか?」
「へ?」
「なんで貴様らなんぞに気を使わねばならんのだ! 上下関係ぐらいここに来る前に学んでおけ!!」
「ひええええ……!!」
「はーいはいはい、お茶の時間ですよー!」
 鞭を振り回し始めた彼女の前に、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)がズサササーと滑り込む。
 隊員達に高速の動きでコーヒーを手渡すと体よくテントの外に追い払った。
 メルヴィアもそれを受け取り、ブツブツ言いながら、また席に腰を落ち着けた。彼女の大爆発は免れたようだ。
「ふっふっふ……これぞ話の腰を折ると言う『グレイシー話術』よ」
 大尉の負担になる話題は処理してかないと。怒らせまくったら隊の連帯が復活する前に大尉が倒れちゃうわよね。
「おい」
「……は、はい?」
「コーヒーではなく紅茶にしてくれ」
「あ、あー……コーヒーはお嫌いなんですか?」
「いや、そう言うわけじゃないが、昨夜のことを思い出すと飲む気になれん
「?」


「では、次のグループを入れるであります。ええと『大尉殿とお友達になりたい百合園系グループ』を……」
 丈二が言い終える前に、メルヴィアは鞭に手をかけた。
 再びズサササーと滑り込むヒルダ。
た、大尉! 定時報告です、簡単で構いませんので目を通してサインを!
「申し訳ありません。大尉にお仕事が入ってしまったので、百合園グループの面会時間は終了であります」
「えー、つまんなーい」
 その場をあとにするお菓子を抱えた乙女の背中に、ぐるるるる……と大尉は野獣の如き視線を送った。
「おい、一等兵! もっとまともな陳情はないのか!」
「え、ええと……あ、次のグループは大丈夫であります」
 続いて通されたのは先ほどのイーリャと真一郎の2人。テントに入るなり長机の上に意見の書かれた紙の束を置いた。
「隊員たちの意見をまとめて持ってきました」
 真一郎はかしこまって敬礼する。
 メルヴィアはパラパラと意見書をめくった。
「ほう、思ったよりまともな陳情だ。私の予想ではもっと罵詈雑言ばかりだと思ったがな」
「ええまぁ……」
 イーリャは頬を掻いた。
 そう言う意見はあったが彼女のところで止めておいた。意見も語気の荒いものは文面を柔らかく変えてある。
「大体意見を総合すると、大尉にはもう少し隊員の目線に立ってほしいと言うものが多いみたいです」
「隊員の目線?」
 メルヴィアは鼻で笑った。
こいつら自分をなんだと思ってるんだ?
「……?」
「ご苦労だった、鷹村中尉、アカーシ隊員。もう下がっていいぞ」
「あの、さっきのはどう言う意味……」
「行きましょう、イーリャさん。我々に出来ることはしました」
 真一郎はそっとイーリャに言った。
「あまり長居して大尉の機嫌を損ねるのは避けるべきかと」
「そ、そうね……」


 月詠 司(つくよみ・つかさ)はテントの前で目を閉じたまま並んでいた。
 正確に言えば、それは司ではなく彼に憑依した奈落人サリエル・セイクル・レネィオテ(さりえる・せいくるれねぃおて)だ。
 司はと言えば、サリエルの中でなにやら難しい顔をしている。
『シオンくんがヒトのために行動するなんて絶対におかしい……!』
 メルヴィアを説得するため、ここに並んでいる司だが、どうにも腑に落ちない。
 と言うのも、説得をしようと言い出したのが、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)だからなのだ。
「え? 何考えてるんだって……皆のために決まってるじゃない?」
 彼女はそう言った。
「それにメルヴィアって『不器用な頑張り屋さん』って感じがしてカワイイじゃない。友達になれたらいいなぁ」
 不自然過ぎる……、司の第六感が訴えていた。
「……あまりそう言うことを考えるのはよくないよ、司君」
『サリエルくん……』
 ふと、サリエルは頭の中で苦悶する司に話しかけた。
「……フラグが立ってしまうからね」
『や、やめてください!』
「まぁご心配なく。リズが無茶しないよう、こうして私が表に出てきてるわけだからね」
『ホントもう、お願いします……』
「え、なに? ツカサがなんか言ってるの?」
 傍らにいたシオンが無邪気にサリエルに尋ねた。
「ええまぁ、男同士の話です」
「ふぅん……あ、次ワタシたちの番だって。よーしじゃあ、いざって時はツカサよろしくね★」
『え! なんですか、いざって!?』
 そんな司の叫びを置き去りに、サリエルとシオンはテントの中に入った。
 メルヴィアは二人の姿を見るなり、うんざりした様子で顔をしかめた。
「おまえたちも何か言いたいことがあるのか?」
「なに、手短に済ませるわ。言いたいことはひとつだけ」
 シオンは不敵に笑って前に立つ。
「無理に皆と仲良しこよしになれとか、部下を消耗品扱いするな、なんて言わない。でもね、そんな鞭と鞭で喜ぶのはどっかのドMなお兄さんだけよ。大体、皆微妙に目的が違うんだから鞭打っただけじゃ言うことなんて聞かないわ」
「……む」
「そんなヒト達を使うんだったら、ちゃんと飴と鞭を使い分けなくっちゃ、ね♪」
 そう言うと、机の上に出されていたお茶菓子の飴をひとつ頬張る。
「そう、相手は獣ではなくヒト。そしてヒトは獣よりも自分本位なモノだよ」
 サリエルは落ち着いた声色で言った。
「まぁ、メルヴィア君程のヒトならばこのくらい言わなくても分かってるとは思うけどね……」
「馬鹿にするな、それぐらい知っている……!」
 メルヴィアがむっとすると二人は顔を見合わせた。
「そう、なら心配はいらないね……」


 とその時、外から丈二がなにやらあたふたする声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってほしいであります。順番が来たら自分が呼ぶので……」
「すみませんが、お兄さんのお尻の聖痕が疼いてしまって、いてもたってもいられないんですよ」
 そう言って顔を見せたのは、変態紳お兄さんクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)
 彼の後ろにはもう三人、なにやら顔や腕に古傷をもった歴戦の勇士思わせる風貌の隊員がいる。
「おまえは昨日の……」
 目を細めるメルヴィアにクドはぺこりとお辞儀をした。
「昨晩はご馳走様でした。どうも隊の空気がよくないと言うことで、ここは昨日のお礼に一肌脱がせてもらいますよ」
「…………」
 メルヴィアは不審な顔を浮かべている。
「なに、みんながみんなお兄さんのように、メルヴィアたんからの仕打ちをご褒美として享受できる人間であれば全部丸く収まると思うんですよ! むしろ士気があがるのに! と言うわけで探索隊から所謂同好の志を集めてきたんです」
 その言葉に屈強な彼らは恥ずかしそうにほほを染めた。
「お兄さんのホークアイでMの素質を見抜き!」
 ※そんな効果はありません。
「封印解凍で心の奥に封じ込められた性癖をその名の通り解凍、解き放ったのです!!」
 ※だからそんな効果はありません。
「さぁ我々M4にご褒美を! 欲しがりません、勝つまではという言葉がありますが、そんなんじゃ駄目ですよ!」
「そうだそうだ!!」
「欲しがりましょう、勝つために! プリーズ! ご褒美プリーズ!」
「プリーズ! プリーズ!」
 4人は四つん這いとなり、まるで神への供物を捧げるが如きうやうやしい動作で、お尻をメルヴィアに差し出した。
 しかし、ハァハァと息を荒くする彼らに対し、彼女は冷やかな顔を向ける。
「ど、どうしたんです!? 昨日の勢いはどうしたんですか!? ほら、そこに紅茶があるでしょ!!」
「ふん、頭に乗るなよ、変態。そうそう欲しいものが手に入るほど世の中甘くない」
「な、なんですって……。これじゃあ、同志を誘ったお兄さんの立ち場がないじゃないですか。なんて酷い……」
 クドはふるふると身を震わせた。
 M4の他のメンバーもわざわざ来たのに放置され、ああ……と甘美な声を上げて悶え始めている。
 4人の男のケツを満足そうに眺めながら、ずずーっとメルヴィアは紅茶をすすった。
 うららかな午後である……しかし、静寂は不意に破られる。
「大尉!」
 入口で仕分けをしてた丈二がドタバタと中に入って……勢い余ってクドにつまづき思いっきり転がった。
 いたたたた……と腰をさすりながら上官に報告を行う。
「ほ、報告するであります! 九龍を発見したとの知らせが偵察隊から入ったであります!」
「見つけたか……! よし、全隊に通達! 戦闘準備を急がせろ!!」
「はっ!」
 あわてて飛び出していく丈二に続き、教導団系の隊員たちもテントから駆け出す。
「貴様らもとっとと出て行け!」
「ひゃあ!!」
 さっきから尻を向けることしかしてないクドらの尻をおもくそ蹴飛ばし準備を急がせる。
 誰もいなくなったテントの中。彼女はため息を吐き、机の上の意見書に目を向ける。パラパラと書類をめくった。
「……ふん」


 イーリャと真一郎の集めたたくさんの意見書 +8
 シオンとサリエルの言葉 +6
 M4からの絶大な支持 +1
 連帯回復【35%】