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これが私の新春ライフ!

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これが私の新春ライフ!

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●心と心のふれあいを

 教導団の捕虜クランジΥ(ユプシロン)ことユマ・ユウヅキも、本日は敷地内の自由行動を許されていた。といっても監視はついており、歩むたびに彼女の背後から、二人組の教導団兵士が付いてくるのだった。お役目ご苦労様、とは思うものの、監視兵と話すことは禁じられているので、ユマは二人のことをできる限り意識せず過ごすことにしていた。
 午後の青空を彼女は見上げた。
「空が高い……」
 こんな風にただ空を眺めることのできる日が来るなんて、塵殺寺院にいた頃は想像したことすらなかった。
 その空に、あれは? とユマの意識を惹いたものがあった。何かが飛んでいた。それも複数、長い糸をつけられたものが風に乗ってはためていた。形状はまちまちで色も様々、いずれの糸もグラウンドから伸びているようだ。
 ユマは興味を持ってそちらに向かった。しかしグラウンドまで上がったところで、彼女は呼び止められた。
「少佐……」
 振り返ると、ユマは険しい顔つきになる。リュシュトマ少佐、何度かユマの尋問を担当した将校だ。壮年にさしかかりつつある年齢で長身痩躯、右目の眼帯が痛々しいが、近づいて見れば痛々しいのは、彼の顔面の右半分すべてであるとわかるだろう。顔面が酷く焼けただれているのだ。そして、残ったただ一つの目は鷹の如き鋭さを有していた。
「今日は尋問はないという話では……」
 彼女の問いに直接答えず、リュシュトマ少佐は、
「面会希望者だ」
 とだけ言って立ち去った。そこに姿を見せていたのは男女三人連れだ。
「ユマ……会いに来ました」
 その中心にいたのは、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だった。
「コトノハさん」
 嬉しさをにじませてユマは両手を出し、二三歩進み出たのだが、コトノハが示した親愛の情はそれを上回っていた。
 コトノハは彼女を、ぎゅっと抱きしめたのだ。
「夏祭りであなたは私を助けてくれた。でも、私は『緑の心臓』であなたに会うことすら出来なかった……。助けられなくてごめんなさい」
 ユマは目を閉じ、首を振った。
「謝ることはありません。あなたたちはずっとメールを送ってくれましたよね。すべてではないのですが読むことができました。返事は禁止されていたものの、そのことへの感謝の気持ちでいっぱいです」
「この人がユマ?」
 と声がした。背に翼を持つその子を、コトノハは自らのパートナー蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)だと紹介した。夜魅は二人に近づくと、それぞれの顔を見比べて告げた。
「本当にママとよく似てるね」
 直接比べると瓜二つというわけではない。コトノハの髪は鮮やかなスカイブルーであるのに対しし、ユマはそれよりずっと濃い菫色だ。夜会巻きにしているせいか顔立ちもユマのほうが大人びて見え、背にしてもユマが高かった。しかし肌の色や輪郭、口元は確かにそっくりで、与える印象に類似したものがあるのはまぎれもない事実だ。年の近い姉妹だと名乗れば、大抵の人は信じることだろう。
「なんていうか」夜魅はその大きな目をしばたいて告げた。「ママと『匂い』が似てる」
「なるほど」同行のルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は頷いた。「文字通り香りが似ているということだけではなく、雰囲気などを含めた意味で『匂い』が似ているというのだな。その表現は納得できる」
「やっぱり似てます?」と、普通の声色で話すと、背後の監視兵を意識しつつコトノハは小声でユマに告げた。「もし、あなたが囮をすることになれば、私が身代わりになれそうですね……」
 コトノハは意味ありげにウインクしてみせた。変事にはきっと駆けつけるとの約束のしるしであった。
 しばし互いの近況などを語り合ったのち、ユマは空を指して問うた。
「あの空にあるものはなんでしょうか?」
「ああ、あれは凧だな。ああやって空に飛ばすことを凧揚げという」
 ルオシンが言うと、
「ふーん、すごいなー。タコさんを揚げちゃうの?」
 夜魅が素直に誤解したので、いや、そうではなく、と彼ははその構造や飛ぶ仕組みについて簡単に説明を加えたのだった。
「あれって訓練らしいけど……軍人が凧揚げ訓練って、変よね?」
 コトノハが笑うと、そうでもないぞ、とルオシンは言った。
「凧を使って気象を観測したり、予測したりするのは前世紀ではよく行われていたことだ。風向きや風速、気温や湿度だって調べられる。現代であってもサバイバルのような場面では役立つだろう。それに、凧にカメラを取り付けて行う空中撮影はしばしば学術調査でも行われている。レーダーにも映らず動力も不要だから、古典的なスパイ手段としても使用できるな」
 単純な仕組みゆえ逆に、様々な場面に応用が利くともいえよう。
「ところで偶然、私たちも凧を用意してきたんですよね」
 コトノハは運んで来たトランクを開け、そこから巨大凧のパーツを取り出し組み立てはじめた。人が乗れそうな……いや、実際に乗るための凧だ。
「上空を散歩してみませんか? 安心して下さい。計算上二人は十分に乗れます。これを揚げるには強い風が必要だから、私が爆炎波で強風を起こして……」
 と説明をしはじめたところで、監視兵二人が飛んで来たのである。
「校内で爆炎波だと、そんな物騒な話は禁止だ。人が乗るような凧も使用はやめてもらおう」
「えっ、別にこれでユマを脱走させたりはしません。それに、爆炎波も破壊活動に使うのではなくて」
「よしておこう。コトノハ」
 最初に冷静になったのルオシンだった。
「蒼学のジャスティシアが、教導団との関係を悪化させてはいけない。それに、さっきも言ったように凧はスパイの手だてにもなる。教導団だって、他校生に上空偵察はされたくないはずだ」
「えー、でもこの凧が飛ぶところ、見たいよー」夜魅はちょこちょこと兵たちに近づくと、「悪用したりしないから〜」と言って、鼻に左右の親指をあて、ひっくり返してこう言った。
「だいじょ〜ぶ!」
 とことん古いギャグだ! 一人の兵が不覚にも噴き出したが、もう一人は頑として首を振るのであった。
 コトノハも理解して凧をしまった。
「そうですね。兵隊さんたちの立場も考えてあげないと……。私たちが無茶をすると、きっと二人とも、さっきのおっかない少佐さんに怒られてしまうでしょう。そんなことになったら気の毒です」
「ええ、それに、私も目標ができました」
 ユマが言った。
「目標?」
「はい。晴れて自由の身になったら、その凧に一緒に乗りましょう。それを楽しみにしたいと思います」
 晴れやかなユマの顔を見て胸が詰まり、ふたたびコトノハは彼女を抱きしめたのである。
「その意気です。凧に乗れる日が実現するって信じて、絶対に諦めては駄目です! 私が必ずあなたを助けます。だからあなたも『生きて』!」
「はい。その言葉、大切にこの胸にしまっておきます……」
 感極まったのか、ユマの声は震えていた。
「じゃあ、これを持っていてね」
 コトノハはお守りとして、ユマの掌に指輪を乗せ、その手を包み込ませた。『約束の指輪』だ。この指輪には、禁猟区の力が籠もっているという。
「約束ですよ、お互いの、大切な約束!」
「約束……ですね」
 ユマは、指輪を渡された手をきゅっと握った。コトノハも拳を作ると、小指を立てて彼女に言ったのだった。
「じゃあ、最後に約束の指切りをしましょ。嘘付いたら針千本飲ます、ですよ」
 するとそれを聞いていた夜魅が、
「ハリセンボンを飲まされちゃうの?」
 また素直な誤解をしたので、ルオシンもコトノハも、そして釣られてユマも、温かな気持ちで笑いあったのだった。
 コトノハとユマの小指は、しかと絡み合った。