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リアクション
レッスン6 ヒロインショーで模擬戦を行ってみましょう。その2
今日は休日。
なので、南西風 こち(やまじ・こち)やベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)とゆっくり過ごそうと思って出かけたところ、何やら養護施設で魔法少女関連のイベントがあると聞いて、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は立ち寄ることにした。
外に作られたステージの上、立っているのは小さな子が三人。
「なっ……」
リナリエッタは息を呑む。
――か、可愛い……っ!!
魔法少女として活躍せんと意気込むクロエを見て、
――可愛い撫でたい撫でたい撫でたい可愛い撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい可愛い撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい撫でたい。
何かどこかのスイッチが入った。
「ま、マスター? どうかしましたですか?」
こちが心配そうな声をかけてきても、スイッチが切れることはない。
しばらくの間、ステージ上のクロエたちを見つめてから。
「……ふう」
一息ついた。落ち着かなければ。
と、そのときベファーナの持つ大量の荷物に目が留まった。荷物の中身は、先ほどこちのために山ほど買い込んだ服である。
「…………」
じっくりと荷物を見、数秒考え――にやり。
「マスター? ……とっても、悪い顔をしていますが。どうしたのですか?」
こちが不安そうな声を上げたが知るものか。
「さあこち、いらっしゃい」
胡散臭いほどに綺麗な笑みを浮かべて、リナリエッタがこちに手を差し伸べた。その手を取ってはいけない気がする。こちはきっとそう思っているだろう。現に、リナリエッタの手を取れずにいた。
けれどリナリエッタは知っている。こちが、リナリエッタのことが大好きなことを。
「……はい」
だから、なんだかんだ言っても、最終的に彼女はリナリエッタについてくるのだ。
良い子ねーとこちの頭を撫でながら、適当に人気のない部屋に不法侵入。
買った服からそれっぽいものを選び出し、着替えさせた。
補足を入れると。
リナリエッタは、過去に魔女として魔法少女たちを苦しめたことがある。
魔法少女勢力を一掃し、パラミタのイケメンを手に入れようとするセクシーな魔女、リナリエーテ。大胆なスリットがセクシーな黒いドレスと、濃いめの化粧が特徴である。
「おほほほほ! このヒロインショーは私たち魔女リナリエーテ一味が乗っ取ったわよー!」
その、魔女リナリエーテがステージ上に躍り出たので会場は騒然とした。
クロエはもちろんのこと、他の魔法少女も、悪役を演じていた繭たちも驚いた様子である。
ちなみに格好は、リナリエーテとして君臨する以上セクシーさを前面に出したものを選んだ。自分の服も買っておいてよかったと思う。
また、こちも『悪の魔法少女』として参戦させたため、黒を基調としたゴシックドレスを着せている。薄くメイクも施した。
さらに言えば、こちが本当に憧れているのはクロエのような明るくきらきらとした魔法少女だということも知っている。
――ごめんねこち。でもどうしても、あの子たちに絡みたかったのよ……!
いつか埋め合わせをするから、と心の中で詫びていると、
「こちは悪い魔法少女なのです。勝負するのです」
ずいっ、と一歩前に出て、こちが言った。
「わるいこはいけないのよ!」
同じく、クロエが前に出る。挑発するまでもなかった。クロエの正義感は相当のもののようだ。
こちとクロエが睨み合い――同時に、走り出した。ばっと手を出し、握り合う。魔法少女、まさかのインファイトである。
「まほうしょうじょならまほうをつかえばいいとおもうの!」
「こちは魔法少女ですが、……魔法、使えないのです」
少しの会話をして、再びばっと距離を取る。
「……でも、剣なら負けないのです」
すらり、こちが剣を抜いた。ちなみに、予めリナリエッタはこちに「怪我させちゃだめよ。おままごとよ」とよく言い聞かせてあるので、怪我をさせるような真似はしないだろう。
「わたしだって、はしることならまけないわ。そうかんたんにあたらないんだからっ」
けれど、クロエはそんなことを知らないのだから真剣そのものだ。その顔も、可愛い。
――ぎゅ、ぎゅってしたいわぁ……あああああ。だ、だめかしらぁ? 『こち! 今のうちに……!』とか演技すれば自然にいけると思うのよねぇ……!
悶々としている間にも、こちが剣を振るう。クロエが避ける。動きに合わせ、二人のスカートがひらひらと舞った。ちらちら見える絶対領域がたまらない。
リナリエッタの視線に気付いたらしく、こちが戸惑った顔をした。その、こちが見せた一瞬の隙をクロエは見逃さない。
「ていやっ!」
こちの肩が、クロエの両手にとんっと押された。よろよろと、数歩後ずさるこち。
きっ、とクロエがリナリエッタも睨み、
「わるいこ、めっ!!」
リナリエッタのことも、両手でとんっ。
「うわー、やーらーれーたー」
大げさに言って、仰向けに倒れる。
「こうして、魔法少女クロエの活躍によって魔女リナリエーテと悪の魔法少女こちは倒され、世界に平和がもたらされたのでした」
ベファーナが、マイクを用いてナレーションを入れた。ナイスタイミングである。
めでたしめでたし。締めの言葉に、会場から拍手が沸き起こった。クロエが恥ずかしそうに微笑む。その顔も可愛かったので、ついに画まで傷リナリエッタは跳ね起きてぎゅむっとクロエを抱きしめた。
「まじょさん、まだやるのっ?」
「ううん。クロエちゃんのおかげで目がさめたわぁ。もう魔女リナリエーテじゃなくて、ごく普通の女の子、リナリエッタよ」
さりげなく名乗り、自己紹介を済ませておく。リナリエーテじゃなくリナリエッタだと知ったクロエが嬉しそうに笑った。なんて素直ないい子なのだろう。抱きしめたままわしゃわしゃと頭も撫でる。
「勝手に入ってきてごめんねー。可愛い魔法少女がいたから遊びたくなっちゃったのよぉ」
「わたし、まほうしょうじょにみえる?」
「見えるわよぅ。立派な魔法少女にね」
どさくさにまぎれて頬ずりもしてやる。冷たくて、やや硬かったけれど可愛いから問題ない。
「そうそう。お姉さんから一つ、アドバイスよ」
ふっと離れ、クロエの目を見て真面目な顔をし、
「魔法少女だろうが、魔女だろうが……女の子は、戦わないと生き残れないのよ」
踵を返した。こちが追いかけてくる足音を聞きながら。
*...***...*
クロエとこちの戦いを見ていて、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は確信した。
――クロエさんに魔法少女としての戦い方を教授しなければ。
過去に自分を吹っ飛ばしたことがあるほどの強力な脚力を持っているクロエだけど、その他戦いにおいては完全に初心者のようだ。
あれでは、本当に悪いやつが出てきたときに対処できないかもしれない。いや、できないだろう。けれど戦わなければならない。なぜならクロエが魔法少女だからだ。
かといってならば自分が教えるのか? と自問した。ナラカの戦いで負った大怪我が元で、エヴァルトの身体はサイボーグ化している。この身体で魔法少女、というのもツッコミが絶えないだろう。そこに関しては聞き流すつもりだが。
ステージ上に悪役が現れた。ショーのための悪役だろう、本当の悪さが見えない。
が、戦闘訓練にはいいかもしれない。ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)に目で合図した。こくんと頷き、ミュリエルがステージに上がった。新たな乱入者に、観客がざわめく。
とことことクロエの隣まで歩いていって、変身。着ている服がりぼんのように解け、組み直されて変形した。魔法少女の姿になったことを確認したミュリエルが、
「えと……魔法少女、ミュリエル・ザ・マジカルアリス! みんなのために、頑張ります!」
初めての名乗りを上げた。
「ミュリエルおねぇちゃん、まほうしょうじょ?」
「です。協力して、一緒に倒しましょう」
二人が悪役に向かって構える。襲い来る悪役に、ミュリエルがシューティングスターを撃った。ショーだからか、加減している。クロエも動き回って相手を霍乱していた。
が、戦いが進むにつれて押されていく。ミュリエルが、だ。どこか調子が悪いのか。少しだけ様子を見たが、巻き直す気配はない。エヴァルトは手にしたランスをステージに向かって、投げた。
「待てぇぃッ!」
それから一喝。声がびりびりと響く中、どすっ、と鈍く重い音がしてランスがミュリエルと悪人の間に突き刺さる。
太陽を背にして、高所から飛び降りた。客席にいたロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が「いつの間にあんなところに……」とツッコミを入れていたが、高所からの登場はヒーローのお約束だろうと受け流す。
「ティールセッター!!」
掛け声をあげ、複雑な形をしたクリスタル状の物体を掲げた。変身が始まる。その最中のみ身体が生身に戻ったように見えるらしいが、エヴァルト本人には見えていないのでわからない。
ステージに降り立った時にはもう変身は終わっていた。仁王立ちして、
「パラミティール・ネクサー!!」
高らかに名乗りを上げる。
「クロエさん。共にみんなの希望となれるよう、頑張ろう!」
「エヴァルトおにぃちゃんもまほうしょうじょなの?」
「ああ」
躊躇いなく頷きながら、サイコキネシスで投げたランスを引き寄せる。
「クロエさん。戦うことは難しいことだが、戦えるだけで守れる幅が広がる。魔法少女になるのなら覚えておいて欲しい。
今から俺が戦闘面での手本を見せよう」
さらにもう一本取り出して両手に装備。
悪役に向き直り、
「そういうわけで、相手になってもらおう」
「えっ、ちょ」
言い放つと悪役が引きつった声を上げた。構わず連続攻撃を繰り出す。避ける悪役。中々やるなと笑みを浮かべた。
「ならばこれで応えないとな」
肩部装甲を展開。そこから竜巻状の魔術が発動した。
「パラテッカァァァア!!!」
凶悪なまでの術に悪役が飛んで行く。悪役だけでなく、ミュリエルやクロエまでもが吹っ飛んだ。攻撃範囲が広すぎたらしい。
「ミュリエル!」
慌てて手を伸ばし、ミュリエルを抱き寄せる。
「お、お兄ちゃん。ちょっとやりすぎです……」
「……すまん」
反省していると、
「エヴァルトさん」
「あれ、飛鳥先生?」
豊美ちゃんが現れた。雰囲気が、怖い。
「な、なんか怒ってないスか?」
「はい」
にこりと笑顔で肯定された。巻き込まないようにミュリエルを降ろし、後ずさる。
「クロエさんに過激なのを見せちゃダメですー!」
と同時に、豊美ちゃんが魔法を放った。本家本元魔法少女による攻撃で、敢えなく空を舞った。
「魔法少女のあり方を否定するつもりはありませんが、あれはクロエさんへのお手本としてはよくないです」
下から聞こえた豊美ちゃんのめっ、という声に、仰るとおりっスと頷いて、落下。心配そうな顔をしたミュリエルがエヴァルトの落下点まで走ってくるのが見えた。
「クロエさん、大丈夫ですかぁ?」
吹き飛ばされたクロエを抱きとめ、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は微笑みかけた。
魔法少女になりたてのクロエが、何か無茶をしでかすかもしれないとついてまわっていた甲斐があった。クロエの危機に駆けつけられたのだから。本当はこうして表立って出てくるつもりはなく、あくまでクロエのサポートとして居たかったのだけれど。
「ルーシェリアおねぇちゃん」
「お怪我はありませんか? 痛いところとか……」
ないわ、とクロエが頭を振った。ひょいとルーシェリアの手の中から、降りる。
「わたし、だめねっ」
それからクロエにしては珍しく、困ったような、眉を下げた笑みを浮かべた。
「ひとをたすけるがわのまほうしょうじょなのに、たすけられてばっかりだわ」
「クロエさんはまだまだ見習いなんですぅ。だから、仕方ありません〜」
慰め、ぽんぽんと頭を撫でる。
「それに、誰かが助けてくれるということはそれだけクロエさんが好かれているということですぅ。みんなに愛される子なら、魔法少女としても適任だと私は思いますよぅ」
「なのかな?」
「なのですぅ」
いくらかクロエの顔に明るさが戻った。
世の中には憂い顔の方が似合う人も居るけれど。
――うん。やっぱりクロエさんは、こういう笑顔の方がいいですぅ。
確信して、またにこり。
ステージの近くにクロエが戻ってきたのを見て、ロートラウトは駆け寄った。
「クロエちゃん、大丈夫だった?」
話しかける。と、クロエがきょとんという顔をした。そういえばきちんと名乗っていない。
「ボクはロートラウト。エヴァルトのパートナーだよ」
フレンドリーに挨拶して、すっと右手を差し出す。右手にクロエの手が重ねられて、握手。仲良しー、と笑みを見せるとクロエも笑んだ。
「や、さっきはボクのパートナーがごめんね?」
巻き込まれて吹き飛ばされていたのを思い出す。見たところクロエに怪我はないから、きっと誰かが助けてくれたのだろう。
「ううん、きにしないで。それよりエヴァルトおにぃちゃんは?」
「豊美ちゃんにお仕置きされてたけど、まあ多分大丈夫」
エヴァルトなら、吹き飛ばされても不死鳥のごとく復活してくると思う。それにミュリエルも追いかけていったし問題はあるまい。
それより問題といえば、クロエが変に勘違いしてしまわないかどうかである。しっかり注意しておかなければならない。
「あのね、エヴァルトの教えはちょっと特殊だから。真似しちゃだめだよ?」
「ふぇ? そうなの?」
「うん。あんなはちゃめちゃ、お勧めしない」
できるのは、色々な意味で逸脱した人間のみだと思う。
――それにしてもエヴァルトはすごかったけど……。
なにせ格好も魔法少女らしくないし。せめて女性型の外装でなら、と思ったけれど、その程度じゃ焼け石に水もいいところかもしれない。
「ともかく、エヴァルトの真似はだめだよ。ボクとの約束」
「わかったわ」
「じゃあボク、エヴァルトのところに行くね」
指切りして約束もしたし、やっぱりなんだかんだいっても大切なパートナー。
――心配するには、するもんね。
早足に、エヴァルトが飛ばされた方向へと向かう。