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リアクション
レッスン4 魔法メイド喫茶に行ってみましょう。
空京、『魔法メイド喫茶きゅあ☆はにー』にて。
今日も今日とて、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は魔法メイドの仕事をこなしていた。
新人教育を交えつつ、抹茶を点ててお茶菓子を出してお客様に提供しておもてなしして。
一通り教え終わったので、ふぅと一息。
「最近は魔法少女も人気ですねー」
後輩が次々とでき、教える相手がいっぱいだ。
「ボクもまだ修行不足なんですけどね」
独り言をこぼしながら接客の様子を見る。教え始めてから数日経つ彼女は、すでに接客に慣れたようで店番を任せても問題なさそうだ。
教えた身としても嬉しく思っていると、ドアが開いた。
「みことさん、こんにちはー」
「豊美さん?」
現れた豊美ちゃんに、多少なりとも驚く。社長自ら何の用だろう? 抜き打ちチェックか何かだろうか。思わず身体が硬くなる。
「そんなに緊張しないでくださいー。今日はお願いがあって来たんですよー」
お願い? と首を傾げる前に、豊美ちゃんが数人の少女を連れていることに気付いた。
「もしかして新米魔法少女?」
「その通りですー。彼女たちにいろいろと教えてあげてくださいー」
「わかりました」
頷いてから、互いに軽く自己紹介を済ませる。相手の顔と名前を覚えたら指導開始だ。
「ではクロエさん。おもてなしの仕方をお教えしますね」
「よろしくおねがいしますっ」
みことは、『退魔少女バサラプリンセス』という二つ名を持っている。
「折角なので、その名にちなんだ和風メニューをお出ししているんですよ」
紅茶の代わりに抹茶を淹れて。
手作り羊羹に柚子皮を刻んで乗せ、初夏らしさの演出と彩りを加えてクロエに差し出す。
「どうぞ、召し上がれ」
差し出された茶器と茶菓子に、
「おさほう、わからないわ」
クロエが困惑したような顔をした。みことは「難しく考えなくて結構ですよ」と優しく微笑む。
「お茶とお菓子を楽しむ。それだけでいいんです」
「わかりやすいのね!」
「はい」
作法はいいけれど、ちょっとした楽しみ方は教えておこう。
「ではまずは羊羹をどうぞ。そしてお口の中に羊羹が残っているうちに抹茶をいただきます」
みことの言葉にクロエが従う。
「どうですか?」
「……! おいしい!」
「良かった。抹茶と羊羹が出会ったときの風味がまた、格別でしょう?」
「うん。にがくないわ。わたしでものめるもの」
お茶とお菓子は別々に食べなければいけないと作法では言うけれど。
「こういういただき方もあるんですよ」
それにこの方が親しみやすい。
ほのぼのとお茶の時間を過ごす二人に、
「クロエちゃん、そして豊美ちゃん……。残念だけど、魔法少女の時代はもう終わったわ」
不穏な声が降りかかった。
「蘭丸?」
声の主、早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)を振り返る。目を閉じ眉根を寄せた、悩ましげな顔をした蘭丸が小さく頭を振った。
「どういうこと?」
クロエの真っ直ぐな問いかけに、蘭丸がカッと目を開く。
「これからは魔法男の娘の時代よ!」
「まほうおとこのこ?」
――ご、語呂悪……。
みことはそう思ったが言えなかった。蘭丸の熱気に押されてしまったのだ。
「そう、これからはあたしのみことの時代! 退魔少女バサラプリンセスみこと、ここに推参!」
「みことおねぇちゃんは、おとこのこなの?」
蘭丸に指差され、クロエに問われ、びくりとみことの肩が震える。
「お、お、男の娘? ナンノコトデスカ? ボクハオンナノコデスヨ?」
「たいへん! なんだかこえのよくようがおかしいわ! びょうきかも!」
おろおろと、クロエがみことの傍に駆け寄った。ああ、心配してくれるのはありがたいけどあまり触れないで。触れられたら、バレてしまうかもしれない。
察したらしい蘭丸が、そっとクロエの手を取った。
「大丈夫。みことは強い子だから」
「そうなの?」
「ええ。愛と勇気の魔法男の娘。これくらいじゃへこたれないわ」
十分、へこたれている。
「……なんていろいろ言ったけど、今回の任務は魔法男の娘の布教じゃないのよね。クロエちゃんに魔法メイド喫茶でのお仕事を教えれば良いんだったかしら?」
「うん! よろしくおねがいしますっ!」
けれどみことが気にしている話題だからと、こうして話を逸らしてくれた。もともとこの話に引き込んだのは蘭丸だけど、まあそれは気にしない。
「じゃあまず。男の娘の魅力を教えるわね。男の娘の魅力、それは少女と少年の融合にあり!」
ぴしり、人差し指を立てて始めた指導は、到底魔法メイド喫茶での仕事内容とは関係のないもので。
「その調和はさながらこの、口の中で溶け合うお茶と羊羹のごとく! さあクロエちゃん、もう一度最高のハーモニーを味わって!」
「はいっ!」
――もう、ツッコむ気力もないや。
みことは、引きつった笑顔のまま蘭丸とクロエを見守った。
*...***...*
休憩中から、嫌な予感はしていたのだ。
いや、予感だったらそもそもこの話を受けたときからあったのかもしれない。
魔法メイド喫茶のお手伝い。
それは高務 野々(たかつかさ・のの)にとって鬼門だった。メイドとしてのアイデンティティが砕け散りそうというかなんというか。それでも了承したのはどうしてだったか。知り合いが来なければ、いいか。そんな気持ちだったのだろうか。あまり覚えていない。
ともあれ、釈然としない気持ちを押しながらも『マジカルメイド クレンリィ・ノノ』として働いて、そして休憩をいただいて。
休憩終了間際、覚えのある声を聞いたのだ。
「……あれは、うん。どう見ても」
野々は、休憩室のドアからこっそりと店内を見て呟く。
「クロエさんですね。本当にありがとうございました」
ふふふ、と空笑いが漏れる。同時に休憩時間も終わった。さあ働かないと。
「こんにちはクロエさん」
「ののおねぇちゃん」
話しかけると、クロエが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「いつもと違う格好なんですねー。とってもお似合いですよ。可愛らしいです」
クロエの格好は、普段の白と青を基調にしたふわふわワンピースではなく、フリルやレース、りぼんがふんだんにあしらわれたミニドレス姿である。どことなく魔法少女っぽい。
「うん! まほうしょうじょになったの!」
魔法少女っぽい、のではなく魔法少女だった。そうか、だからここに居るのか。よく見てみれば豊美ちゃんも居るではないか。研修でもしているのだろう。
「クロエさん、魔法少女になられたのですね。とても素敵で可愛らしいですよ」
お手伝いの最中でなければこの場でぎゅーっと抱きしめてしまいたいくらいだ。
――……本当、どうして私は今ここで働いているのでしょうね?
再びふふふと空笑い。
「ののおねぇちゃんは? ここではたらいてるの?」
「私は臨時のお手伝いさんです。普段は居ませんよ」
「じゃあ、きょうあえたのはぐうぜんなのね。うれしい」
にこー、と笑ってクロエ。
そう、偶然なのだ。今日ここに手伝いに来ていなければ、魔法少女のクロエに会えなかったかもしれない。そう考えると、まあ、いいか。
「ののおねぇちゃんもまほうしょうじょなの?」
続いて投げられた質問に、野々ははい、と頷く。と、クロエがまた笑う。
「せんぱいだわ! いろいろおしえて?」
「喜んで。何からお教えしましょうか?」
「じゃあね、じゃあね。まほうしょうじょとはなにか、おしえて?」
「魔法少女とは、ですか?」
しばしの間考えてみた。普段の自分。魔法少女としての自分。そこから魔法少女としての何かを探そうとしてみたけれど。
「私の場合は、普段やってることとそんなに変わりませんから難しいですね」
「ふだんからおてつだいさん?」
「いえいえ。魔法メイド喫茶を普段やっているのではなくて、メイドとしていろいろ勝手にお手伝いをしていますから」
至れり尽くせりなんでもあり。
魔法少女が人々の笑顔や幸せを守るために懇意になるように、野々もメイドとして人々に尽くしている。
だから違うことといえば衣装くらいなもので。しかしそれでは魔法少女の心得でもなんでもないし。
「そうですね……『メイドの心は魔法少女に通ず』ということでしょうか」
「メイドさんがまほうしょうじょとおなじ?」
「誰かのために、みんなのために、貴方のために。この心こそがメイドであり魔法少女です」
と、述べてから思う。
「クロエさんなら、大丈夫ですね」
だって、いつも誰かのことを想って率先して動いてる。
「その心を大事にしていれば、素敵な魔法少女になれますよ。ほんとーです」
微笑んで頭を撫でる。野々の言葉を受け取ったクロエが、くすぐったそうに笑った。
「それでは私はお手伝いに戻りますので」
「お仕事ちゅうなのに、ありがとうございましたっ」
「いえいえ」
軽く手を振って踵を返して。
――……あ、そうだ。
思い出して、再びクロエに向き直る。ちょこちょこと近付き、
「? どうしたの?」
「あのですね、クロエさん。……この格好をしていたことは、レイスさんには言わないでくださいね?」
「だめなの?」
「だめです。絶対だめです」
念を押した。
だって、こんなふりふりふわふわ乙女チックなミニドレスで魔法少女として奉仕していたことなんて。
「知られたくないのです」
「わかったわ。やくそく」
「はい。約束です」
ゆびきりげんまん、と小指を結んだ。
*...***...*
「それでは、そろそろまたヴァイシャリーに戻りましょうー」
豊美ちゃんの言葉に、再び魔法少女たちは首を傾げた。
「今日は養護施設でヒロインショーがあるのですー。そこに混ざる許可を先ほど得ましたので、魔法少女の戦いを実際に経験してみましょうー」
はぁいと元気に返事をして、二度目のテレポート。
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