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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

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【魔法少女スピンオフ】魔法少女クロエ!

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レッスン3 空京の街に出てみましょう。その2


「ねえ朝斗、クロエちゃんが魔法少女になったのよ」
 知ってた? と微笑みかけるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の言葉に、榊 朝斗(さかき・あさと)は嫌な予感しか感じられなかった。
 というか、逃げたい、と切実に思った。
 だってルシェンは笑っているけれど、目だけ、笑ってなかったから。
 押し隠そうとしても滲み出る欲望が、朝斗には見えたのだ。
「あ、僕ちょっとおなかの調子が」
「大丈夫大丈夫」
「いや何も大丈夫じゃないしっていうかルシェンが怖いし」
「女の子に向かって怖いとは失礼ね。ほら行くわよー」
 逃げるという選択肢を選びきれないまま、こうして朝斗は街に連れ出されたのだった。


「こんにちは、クロエちゃん♪」
 ルシェンのにこやかな挨拶に、クロエが「こんにちは!」と元気よく返す。
「? あさとおねぇちゃん、ぐあいわるいの?」
「うん、ちょっとね……あとクロエさん、僕はお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだよ」
 とりあえずは、見た目から性別を勘違いしているクロエにやんわりと訂正。
「朝斗は豊浦宮所属の魔法少女なのよ」
「そうなの?」
「魔法少女としてはまだまだ新人さんだけどね」
「でも、おにぃちゃんなのにまほうしょうじょなの? しょうじょ??」
「ふふふ。クロエちゃん、そういう小さなことを気にしているようじゃいい女になれないわ。それにね、世の中にはこういうものがあるのよ。男の娘、萌え……」
 うっとりと言うルシェンに、クロエがきょとんと首を傾げる。たぶん、その反応が正しい。そしてルシェンはおかしい。
「と、いうわけで」
 ルシェンがすちゃりと杖を構えた。
 いつか使った、『あの』杖である。
「うっ……」
 思わず一歩後ずさる。が、ルシェンの動きの方が早かった。
 ――魔法少女の僕より動きが早いなら、もういっそルシェンが魔法少女になればいいのに。
 ――それで世界平和に貢献すればいいのに。
 無論、ルシェンがこういった具合に本気を出すのは朝斗、ひいては男の娘が関わった場合のみなのでそれは難しいのだが。
「あの、ルシェン」
「何かしら?」
「お願いだから、それだけは……」
 朝斗の懇願を遮って、ルシェンが楽しそうに笑った。
「ダメ♪」
 ですよねー、と脱力した瞬間、杖――スカーレッド・マテリアを強制装備させられて。
 何かが吹っ切れた。
 着ていた服が変化する。猫耳メイドをモチーフとした魔法少女の格好に。
 変身が全て終わったとき、朝斗の身体は自然とポーズを取っていた。
「夢見る人たちを護る為、魔法少女マジカルメイド☆あさにゃん此処に参上です!」
 名乗りも完璧。クロエが目を輝かせて拍手した。その音で、はっと我に返る。
「僕は……また……」
 ノってしまった。杖の魔力にやられて、魔法少女を演じ切ってしまった。自己嫌悪の海に沈む。
「うーん。でも、朝斗だけじゃ物足りないわね」
 そこにルシェンの呟きが。
 ――これ以上被害を広げようっていうの……!?
 愕然と、しかし抗議する気力はないままにルシェンを見た。そのルシェンの視線の先には、
「……え?」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が居た。
「ってことでアイビス。あなたも魔法少女になりなさい!」
 さあ! とルシェンがどこからともなく猫耳と猫尻尾、メイド服風魔法少女のコスチュームを取り出して押し付ける。困惑した表情のアイビスに、ひたすら押せ押せで迫っていた。被害を目の当たりにしても、やはり止める気力は沸いてこない。クロエもどうすればいいのか戸惑っているらしく、朝斗を見たりルシェンを見たりアイビスを見たりとせわしなく視線を動かしていた。
「ルシェン。なんですか、これは」
「魔法少女変身セットよ! さあ、今日からアイビスも魔法少女に!」
「なれと言うのですか?」
「心を模索し続けていれば、こういったイベントも起こるということよ」
 ――いや、絶対、違う。
 自己嫌悪の海の中から、ひっそりと朝斗はツッコミを入れた。もちろん、届かないけれど。
 困り顔のままでいるアイビスに焦れたのか、ルシェンが猫耳をかぶせた。
「あら。やっぱり似合うじゃない!」
 歓声にアイビスが戸惑った顔をした。どう応えていいか、わからないらしい。
「ね。ほら、いつもと違ったことをするのも経験よ」
「けれど理解に苦しみます」
「そんなこと言わずに。経験を積んで人は成長していくものよ」
 その言葉で、ついぞアイビスは諦めたようだ。
「……わかりました。着替えます」
 若干、しぶしぶといった感じではあったものの、淡々と言って着替えに向かう。
 少しして、メイド風魔法少女に扮したルシェンが現れると、
「にゃー♪」
 ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が喜色満面の声を上げて飛びついた。
 頭に乗って耳を引っ張り。
 背中を滑って降りて、尻尾にぶら下がってみたり。
「にゃにゃん。にゃー」
 楽しそうな声に、アイビスも振り払うことを躊躇ったらしい。困った顔で、あさにゃんに「こら」と声をかける。
 もっとも、あさにゃんはそんな風にアイビスが困る反応を見るのが好きなので逆効果なのだが。
「あさにゃんがアイビスおねぇちゃんのマスコットさんみたい」
 クロエが無邪気に笑って言った。
「マスコット?」
「まほうしょうじょにはつきものなんですって。とよみちゃんがいってたの」
「そうなんですか。……あさにゃん、私のマスコットになりますか?」
「ぅにゃ? ……にゃー♪」
 肯定らしき声を上げ、あさにゃんがアイビスの肩に登った。尻尾がふりふり揺れている。
 ――嬉しそうだなぁ、あさにゃん。
 ――……ていうかアイビス、魔法少女になることを肯定しなかった? 今。
 楽しそうではないけれど、決して不服そうでもない。
 無表情の仮面の奥では、もしかしたらこの状況を楽しんでいるかもしれないと思うと。
 ――ずいぶん、まぁ。
 人間らしくなったな、と。
 そう思うと、なんだか朝斗も嬉しくなって。
「……よーし。クロエさん、僕も一緒に魔法少女のお手伝いをするよ」
 自己嫌悪の海からも、出てこれた。
「行こう、アイビス、あさにゃん」
「はい」
「にゃー」
 アイビスとあさにゃんも誘って、四人で街を歩く。
 後ろで息を荒くしてカメラを構えているルシェンのことは、見ない振りをしておく。


*...***...*


 空京にある大きな広場にはステージがある。
 ショーをやったり、演劇を開いたり。バンドの演奏なども行われるような多目的なものだ。
 開演を待つステージ。その裏には、雨宮 七日(あめみや・なのか)に憑依したツェツィーリア・マイマクテリオン(つぇつぃーりあ・まいまくてりおん)が出番を待って椅子に座っていた。
「ううー。小さなイベントとはいえ、ステージで歌うのは初めてだから緊張します……」
 すー、はー、と深呼吸。けれどまだ小さく手が震えている。
 失敗したら、身体を分け合ってくれている七日にまで迷惑がかかってしまう。そう考えることで、却って自分を追い詰めてしまっているのだがツェツィーリアは気付いていない。
 が、緊張に負けるような弱い少女でもなかった。意志の強い瞳で、晴れた空を見上げる。
「こ、ここまで来たら覚悟を決めるしかありません!」
 まだ、どきどきしてるけど。
 手は、震えてるけど。
 付き人として傍に居てくれた日比谷 皐月(ひびや・さつき)を見て、
「ぼ、ボク、頑張ってきますねっ!」
 強く言った。
 おー、とやる気のなさそうな皐月らしい返事で送り出され、ツェツィーリアはステージに立つ。
 ツェツィーリアが言ったように、今日のイベントは大きなものではない。
 しかしステージの上に立てば、誰もが注目する。
 皆が見ている。
 失敗できない。
 プレッシャーが圧し掛かってくるけれど。
 ――みんなに、元気を届けたい。
「下手糞でも一生懸命歌いますっ。是非聞いていってくださいー!」
 声を張り上げ挨拶をして。
 流れる音に身を任す。

「星空にきらり 流れ星
 願い事も決まらないまま 見送った
 一面に広がった群青色に 一瞬の残光はすぐ溶けた

 何の気なしに 星を数える
 その内にまた 星が流れないかな なんて

 広い広い空の中 指を差した
 デネブ アルタイル ベガ あと、なんだっけ?
 流れない 消えない 星達が 笑うように瞬いた

 広い広い空の中 指を差した
 名も知らぬ星たちに 勝手に名前を付けた
 流れない 消えない 星達が 笑うように瞬いた」

 ステージの下は、静寂だ。
 皆が耳を傾けている。
 静かに、静かに、ツェツィーリアの歌を聴いている。
 流れる音は、曲と、風が吹いて葉が揺れる音くらいのもので。
 ――幸せ、だなぁ。
 聴いてもらえることが。
 のびのびと歌えることが。
 改めて実感しながら、間奏の終わりと同時に声を放つ。

「でも やっぱり 知りたいよね
 遠く触れられない星たちに 付けられた名前
 込められた願い

 広い広い空の下 歩き出した
 名も知らぬ星たちの 名前を知りに行こう
 流れない 消えない 星達が 笑うように瞬いた」

 余韻を残して歌が止む。
 湧き上がるは拍手と歓声。アンコールの声に応えるため、もう一度曲を流してもらう。
 ――これもファンサービスですよね、皐月さん。
 皐月が退屈そうにしていたけれど、でも、ちゃんと聴いていたことをツェツィーリアは知っているから。
 口元に弧を描き、再び歌をうたう。