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リアクション
レッスン6 ヒロインショーで模擬戦を行ってみましょう。その1
ヒロインショーのために作られた簡易ステージの上。
アップテンポな曲が流れる中で、多比良 幽那(たひら・ゆうな)はマイクを手に話し始める。
「こんにちは。846プロ所属のアイドル、多比良 幽那よ」
まずは自己紹介から。ぱちぱち、と子供たちや観客が拍手するのに一礼し、
「私は豊浦宮所属じゃないけれど、アイドルとして応援に来たわ。オープニングを歌うから聴いていって!」
アイドルらしく呼びかけた。
「それから、クロエ!」
「ふぇ?」
ステージ上から見つけた少女の名前を呼ぶ。呼ばれたクロエはぽかんと幽那を見つめていた。ちょいちょい、マイクを持っていないほうの手で手招きすると、躊躇いつつもステージに上ってきた。
「クロエも魔法少女活動という名のアイドル活動をしようっ!」
「えぇっ。ど、どういうこと?」
さすがに唐突すぎたのか、驚きを隠さないままクロエが一歩後ずさった。幽那はしゃがみこんでクロエに目線を合わせると、がしっと肩を掴む。
「アイドルっていうのは、ファンを楽しませたりするものよ。相手を楽しませる。幸せな気持ちにする。ねえ、なんだか魔法少女っぽいじゃない?」
「……いわれてみれば、そうね!」
「だからつまり、アイドルだって魔法少女! だからこのステージの上で歌って踊ることは魔法少女の活動に値するわ! さあクロエ、一緒に歌いましょう!」
説得力の足りていない、ずれた発言だとは自覚していた。
ただ、歌って踊れる魔法少女になれるようにと、応援したくて。
「……うんっ!」
その気持ちが通じたのか、それとも勢いに呑まれたのか、クロエが大きく頷いた。
「は、母よ……魔法少女とアイドルは違うと思うぞ?」
水を差したのは、アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)である。
「何を言っているの。似て非なるものであろうとも、通ずるものは必ずあるのよ」
「え? いや、え、」
「わからないならステージを降りてもいいのよ。魔法少女として活動する覚悟がないのなら」
我が子であるがゆえ、厳しく言い放つ。
決して、そう、決して図星であったために言葉がきつくなってしまったわけでは、ない。
が、そんなこと知るよしもないアッシュはわたわたと慌て、
「そ、そういうわけではない! うむ、母は間違っていないぞ! 魔法少女とアイドルは同じだな!」
幽那の言葉を肯定した。
多少力押しだったことを心中で詫びつつ、
「じゃあアッシュも歌いなさい」
「……え? 我も?」
マイクを強制的に握らせた。
「歌って踊るなら賑やかなほうがいいじゃない」
「ふむ。歌と踊りなら私も得意だぞ!」
いつの間にそこにいたのか、天照 大神(あまてらす・おおみかみ)が幽那からマイクを取り上げながら言った。
「あら。神様がこんなことに付き合っていいのかしら?」
「私は暇が嫌いなのでな。知っているだろう? つまりただの暇潰しだが、巻き込まれてやろう」
余裕綽々に、大神。
地味にノリノリなのが、ゆるく弧を描いた口元から伝わっていた。まあ本人がいいと言うならいいだろう。
――むしろ付き合うっていうなら今後も巻き込んでやろうかしら。
大神は846プロに所属していないけれど、暇は嫌いと公言しているわけだし。
企んでいると、
「余を誘わぬとはどういうことじゃ!」
再びの闖入者である。ステージに上ってきたネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が、仁王立ちして幽那の前に立ち塞がる。
「エンターテイナーの余を真っ先に誘うべきであろう。まったく幽那はわかっておらぬ……」
遺憾である、と首を横に振りながら、ネロ。
「魔法少女的アイドル活動? 歌? 踊り? いずれも完璧にやってのけてくれようぞ! さあ、余に協力してほしいと頼むがいい!」
「むしろあんたが参加したいんでしょうに……仕方ないわね。ネロ、一緒にやりましょう?」
「ふん、仕方ないのう!」
非常にノリノリだった。大神と違ってとてもわかりやすい。生前、当時の芸人を目指していただけあってリアクションが大きいのかもしれないが。
「……というわけで、クロエ。大人数での活動になるけど、いいわよね?」
「もちろんよ! ゆうなおねぇちゃんがいっていたように、うたもおどりもおおにんずうのほうがたのしいわ!」
「さすが。わかってるわね」
新たにマイクを準備しながら、幽那はアルラウネに合図した。そろそろ開演するべきだ。
ドラム担当のヴィスカシアがスティックでリズムを刻み、開始のタイミングを合わせる。
ベース担当のアコニトムと、ギター担当のナルキススが同時にかき鳴らす。
キーボード担当のラディアータが、独立した音を奏でてメロディラインを流し。
担当楽器のないラヴィアンは、何かに対して妄想してしまったらしく赤い体液を鼻からこぼしていた。ちなみに、何を妄想したのかは幽那にもわからない。何せ彼女の妄想癖はかなり強く、ほんの些細なきっかけさえあればこの状況に陥ってしまうから。
ともあれ、前奏は始まった。
「いくわよ」
小さく呟き、歌い始める。
「笑顔が溢れる 世界が
暖かな日常が続くと 信じていた日々
突如現れた 人々を襲う奴等
壊された日常 失った大切なモノ
復讐を願い 手にした幻想(チカラ)
例え孤独であろうと 運命(さだめ)と信じ 私は往く
蔓延る悪魔 暴走する重機械(マシン)
奴等を倒し 私達の日常を取り戻す為」
熱い曲調に合わせた、熱い歌詞。
力強く、時に弱く。抑揚をつけて、歌い上げる。
この歌を知らないクロエは、大神やネロと共に即興で踊り。
巻き込まれたアッシュは、ところどころ歌詞を間違えながら涙目で歌っていた。
「さーあ盛り上がってきたわよー!!」
サビも歌い終え、後奏流れる中幽那は叫ぶ。
「歌が終わればお待ちかねのヒロインショーよ! 楽しんでいってねー!!」
わぁぁ、と湧き上がる会場。
激しさを増しながら収束していく音楽。
音に身を預け、幽那は目を瞑る。
*...***...*
幽那によるオープニングも終わり、もうヒロインショーが始まってしかるべきだと言うのに肝心のヒロインたちがステージに現れない。
さすがにおかしいな、とクロエも疑問に思い始めた頃。
「ヒロイン役の子たちがみんな来れなくなっちゃったんですかー?」
豊美ちゃんが話している声が、聞こえた。
「ああー……そこで、あの敵が? それじゃ、仕方がないですねー。え? こっちですか? うーん、大丈夫、だと思います。はいー」
携帯で連絡を取っているようだ。断片的な言葉しか聞こえない。が、状況は把握できた。
――ほんらいの、まほうしょうじょのやくわりをはたすためにふんとうちゅうなのね!
豊美ちゃんが振り返った。クロエが見ていたことにも気付いたようだ。
「とよみちゃん。わたし、ヒロインやく、がんばるわ!」
「模擬とはいえ、危ないこともあるかもしれませんー。もう少し、しっかりサポートできる状況でやらせてあげたかったんですけど……」
「ううん! アクシデントはつきものだもの!」
握り拳を作って、クロエは言った。
「わたし、まほうしょうじょとしてがんばる!」
「クロエさん……わかりました。お願いしますねー」
他の皆さんもお願いします、と豊美ちゃんが声をかけ。
新米魔法少女達も、ステージに立つことになった。
*...***...*
「へぇ、クロエさんも魔法少女になったんですね」
ステージの傍を稲場 繭(いなば・まゆ)が通りかかった時、偶然聞こえた豊美ちゃんとクロエの会話によって改めてクロエが魔法少女になったことを知った。
素敵なことですね、と自分のことのように嬉しく思っていたら、
「クロエちゃんも魔法少女になったことだし、これは早速お祝いしに行かないとね?」
エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)の、妖しさを含んだ笑い声に顔が引きつった。
「……エミリア、もしかして」
「ええ。ヒロインショーに乱入するわよ。怪盗としてね」
やっぱり。繭は諦めた顔で、小さく息を吐く。
わかってた。そうじゃないかって思ってた。だから、諦めていたけれど。
「……やっぱり、あの格好するの?」
「もちろんよ。怪盗の正装なんだから」
はっきりきっぱり断言され、あれよあれよと着替えさせられる。
繭が渋った怪盗の格好。
それはスクール水着にマント、顔には目を隠すマスクをつけるといった奇抜なもので。
「……諦めてたとはいえ、やっぱり恥ずかしいなぁ」
思わずそう言ってしまうのも仕方がない。
「それじゃあ行くわよ!」
一方で、エミリアはノリノリである。楽しそうな声、嬉しそうな顔。ステージの上に躍り出た。
「はっ! あなたは……!」
豊美ちゃんが乗ってくれたおかげで、「何この闖入者」という目で見られることは避けられた。まずそこにほっとする。
不意に、煙があたりに漂っていることに気付いた。エミリアが演出としてアシッドミストを使ったのだろう。何気なく気遣いができる子だから、酸の濃度は安全なレベルに落としてあるはずだしそこは心配していない。
むしろ心配するべきは、この少しばかり恥ずかしい登場シーンでお客さんにドン引きされないか、である。
「乙女の心が高ぶる時!」
繭の心情いざ知らず。
エミリアが、両手で円を描くように動いた。
「あ、現れたるは美しき女神!」
出遅れないように、繭もその後で伸びをするような姿勢になる。
「マジカルエミリー!」
「み、ミラクルコクーン!」
「「今宵は新しき果実を摘みにただいま参上!!」」
名乗りと口上を上げ、ばばんと登場。
観客の視線が繭たちに釘付けになる。恥ずかしさに顔を伏せていると、
「ふふふっ。新米魔法少女・クロエちゃんは私が預かったわよ♪」
いつの間にか、エミリアがクロエの傍まで移動していた。そしてクロエを抱き上げる。
「クロエちゃん、あなたのろけっとだっしゅはすさまじいものだと聞いたわ。でもこして抱っこしたら、足を封じてしまったらどうかしら!」
「う、うー。なにもできないわ。こまるわ! こんなにあっさりやられちゃったら、まほうしょうじょのかぶがぼうらくしちゃう!」
「クロエちゃん、難しい言葉を知っているのね……まあとにかく、クロエちゃんはこのマジカルエミリーが怪盗としていただいたわッ!」
悪者っぽい演出だろう、エミリアが高笑いをあげた。
「「させないっ!」」
そんな折、ステージに上ってきた小さな影二つ。
柚木郁と日下部千尋の二人である。
「クロエちゃんは!」
「ぜーったい、渡さないんだからねっ!」
ちみっこ二人のだだっこパンチが炸裂!
痛くはないのだ。だってだだっこパンチだから。
でも、こういう乱入が引き際であることはエミリアも知っていた。
「やられたーっ」
クロエをそっとステージの上に降ろし、へろへろふらふらと弱った演技をしながら、エミリアが繭のところまで退く。
「ミラクルコクーン。彼女達は強敵だわ……ここは退きましょう!」
芝居かかったセリフと動きで。
「わ、わかったわ、マジカルエミリー」
ぎこちない演技で繭も乗り、
「この世に可愛い女の子が居る限り! マジカルエミリーは何度だって登場するわ!」
エミリアが捨てセリフもきっちり残していく。
せめて退場時くらいは行動しようと、マジカルファイアー……もとい、火術を使って派手な演出を残し、ステージの上から去っていく。
――クロエさんに『魔法少女、おめでとうございます』って、言いたかったんだけどなぁ。
ちょっとだけ、心残りを作りながらも。
観客が、最初からトばし気味だったショーに対して楽しそうに笑っていたし、まあいいか