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リアクション
レッスン5 養護施設に行ってみましょう。その1
ヴァイシャリーにあるケーキ屋、『Sweet Illusion』にて。
「クロエちゃんが魔法少女にですって!?」
フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)から得た情報に思わず声を荒げた。動揺するフレデリカに、フィルが疑問符を向ける。
「そんなに驚くことー?」
「だって、最近の魔法少女ってすごい魔法撃ち合ったり、危険なお仕事に向かって頭をかじられたりするじゃない!」
「あー。まあ、ねえ。でもそんなの中々ないよー?」
「でも、絶対無いとは言い切れないわ」
クロエを可愛がるお姉さんの一人として、また魔法少女の先輩として、心配してしまうというもので。
「そうでなくとも魔法少女っていうだけで言葉巧みにパートナー契約を結ぼうと企む輩がいるじゃない」
「ああ、INQB?」
「知ってるの?」
「情報屋だもん」
愚問だった。魔法少女に興味がなくとも、ああやって騒動になればフィルの耳に入っていておかしくはない。
でも、なら、なおさら。
「わかってくれるでしょ?」
「過保護じゃない?」
「クロエちゃんは七歳よ?」
自分が七歳の頃、どうだっただろうか。周りの人がきちんと教えてくれた。危ないことから守ってくれた。
――今度は私が守るんだから。
兄が守ってくれたこと。
それをきちんと引き継いでいると、証明するように。
「あ、噂をすれば」
フィルが店の外を見ながら言った。いつもと違う、魔法少女風の衣装に身を包んだクロエが大通りを歩いている。
「クロエちゃんっ」
店を飛び出し、フレデリカはクロエの許に走る。
フレデリカの姿を目で追いながら、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は小さく息を吐いた。
「もぉ。フリッカったら心配しすぎです。変なところで子供なんだから」
さすがに豊美ちゃんだって、あんな幼い少女に対し何も考えずに魔法少女にしたなんてことはないだろう。考えるところがあってのはずだ。だから、もう少しどんと構えて見守ってあげた方がいいのではないか。
「ことわざもありますし」
「可愛い子には旅をさせろ?」
「ええ。だから落ち着いて、って言いたかったんですけど」
言う間も与えず出て行った。
「本当、真っ直ぐすぎるんだから」
店の斜め前の大通りで、フレデリカがクロエを捕まえた。腰を屈めて目線を合わせ、話し始める。時折身振り手振りを交えて、真面目な顔で。
「はぁ。フィルさん、どう思います? あれ」
以前からは考えられないくらい前向きに、そして行動的になった。
何を思って動いているのか、長い付き合いのルイーザにはわかる。
わかるから。
「……伝えてしまって良いものか……判断に、困ります」
俯いて、声を小さくして言った。
言ったほうがいいのに。フィルにだって、喝を入れられたのに。
「……だめですね。迷ってしまって」
あはは、と小さく笑う。と、頭にぽんとフィルの手が乗った。
「わたし、あの時ああは言ったけどさ。機を見るのは大切なことだからねー」
わしわし、頭を撫でられる。されるがままにして、フィルの言葉を聞いた。
「なんだって、タイミングが大事でしょ。あんずだって、春先に食べたらまだ酸っぱい」
「そういえば、今月のお勧めケーキはアプリコットケーキでしたっけ」
「そうそ。あるでしょ、そういうの。今じゃなきゃだめ、とか。今はだめ、とか。
言うことを先延ばしにしていることと、機を見て黙っていること。言わないことに変わりはないけど、全然違うことだからね」
だから、間違ってないよ。
焦る必要は無いよ。
かけられた言葉に、素直に頷いた。
「言うべき時が、必ず来るから」
「その時、きちんと私は言えるでしょうか?」
「わたしも協力するけど、それは自分次第だねー」
もっともだ。
ルイーザは、来るべき日のことを想いながらフレデリカを見つめた。
契約のことを説明したり、怖い側面や辛い側面も伝え。
「だからね、魔法少女は必ずしも楽しいだけじゃないのよ」
クロエの肩に両手を置いて、フレデリカはじっと彼女の目を見た。
「フレデリカおねぇちゃんは、わたしのこと、とめたいの?」
「止めたいわ。むざむざ危険な世界に踏み込ませたくないもの。
……でも。でも、もしクロエちゃんが、今の私の話を聞いて、それでも魔法少女として豊浦宮に所属したいって言うのなら。
私、応援するわ」
最初から、そうすると決めていた。
なんとなくで決めて、クロエが後悔することになるのは嫌だった。
だから、きちんと教えたかった。
そしてその上で、問いたいと思った。
「クロエちゃんは、どうしたい?」
――魔法少女に、なりたい?
「…………」
クロエが黙り込んだ。神妙な顔をして考え込む彼女を見て、フレデリカは苦笑する。
「一気に教えすぎちゃったかな? 難しかったらゆっくり考えて?」
優しく言って頭を撫でた。立ち上がる。
「答えが出たら、教えてね」
「うん。ちゃんと、かんがえるわ。しんぱいかけちゃってごめんなさい。でも、しんぱいしてくれてありがとうっ」
「どういたしまして」
妹のような存在のこの子が、どういう決断を下すのか。
わからないけれど。
「私はクロエちゃんの味方だからね」
*...***...*
ところ変わって、ヴァイシャリーにある養護施設『ソレイユ』にて。
魔法少女として人のために動こうとして、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が真っ先に思いつくのは保育園や養護施設の慰問活動だ。
前と同じようにピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)とハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)を連れて、今回はヴァイシャリーにある擁護施設を訪ねてみた。
多目的室でお喋りしようと子供たちに呼びかけて、今はその呼びかけ通りに輪を作ってわいわいとお喋りしている。
「あのね、今ママのお腹の中にはピュリアの弟か妹になる赤ちゃんがいるの」
嬉しそうにピュリアが言うと、小さな女の子が「あかちゃん?」と繰り返した。
「うん! ピュリア、お姉さんになるんだよ!」
「おねえちゃんがおねえちゃんになって、……?」
幼いせいだろう、よくわかっていないようだ。きょとんとした顔で、首を横に傾ける。
「えっとね、家族になるの。大切な人が増えるんだよ」
噛み砕いて説明してみせると、彼女もわかったようだ。にぱーと表情を和らげて、「それはとってもうれしいことだね!」と笑う。
「いつ産まれるの?」
別の男の子が問いかけた。
「冬だよ!」
考えるまでもなく、ピュリアが即答する。だって、朱里の妊娠を聞いたときから、家族が増えるとわかったときから、その日のことを楽しみにし続けているのだから。
「まだまだ先のことだし、予定は未定っていうけれど。今からとっても楽しみなの」
ピュリアが話す傍らで、パラミタペンギンやアヒル園長を連れてきたハルモニアに子供たちがちょこちょこと近付く。
興味はあるけど、ちょっと怖い。手を出せない。そんな子らに、ハルモニアが笑いかけた。アヒル園長を手のひらに乗せて、子供たちへと差し向ける。パラミタペンギンも、ぺたぺたとハルモニアの隣に立った。
「動物さんは怖くないのです。可愛いのですよう」
警戒心を解くように、にこーっ。
どうする? 触ってみる?
子供たちが、ひそひそと話す。笑顔のまま、子供たちが動くのを待った。
十数秒経ってから、そろそろと少年の手が伸びてきた。アヒル園長の頭を撫でる。
「……もふもふ」
アヒル園長の手触りに、緊張気味だった少年の顔がふにゃりと崩れた。その様子に、他の子供たちも一気に手を伸ばす。
パラミタペンギンの手を握ってみたり、アヒル園長に顔を近付けてにらめっこしてみたり。
「動物さんたちのこと、ぎゅってしてみてくださいなのです」
対応が変わってきたところで勧めてみる。少女が、言われたとおりにパラミタペンギンのことを抱きしめた。
「動物さんたち、ぎゅって抱っこするとあったかいでしょ?」
「うんっ。あったかいし、やわらかい」
「朱里さんの赤ちゃんも、きっと抱っこしたらあったかいのです」
「赤ちゃん?」
「居るの?」
「産まれるの?」
いついつ? おめでとー。お母さんだ! 子供たちの言葉に、少しずつ目立ち始めてきたお腹を撫でながら朱里は微笑む。
「私は、本当のお父さんやお母さんと離れ離れになってしまいましたけど……今の朱里さんたちとの生活も、決して不幸ではないのです」
ハルモニアの言葉に、子供たちが自然と黙った。ここは養護施設で、子供たちの中には孤児だっている。ハルモニアに似た境遇の子もいるだろう。ハルモニアに自分を重ねているのかもしれない。
「絵本をね。持ってきたの」
しんとした部屋に、朱里の声がはっきりと響く。子供たちがちらちらと朱里を見た。
「あるところに、命を与えられた人形が居ました」
主人公の人形が経験してきた紆余曲折を語ってみせ、
「こうして、最後には人間になったのです」
めでたしめでたし、と締めくくる。
「でもね、私思うの。『もし彼が途中で何も過ちを犯さず、最初から最後までただ言いつけを従順に守るだけの良い子だったとしたら、本当の意味での人の心を得ることはできたのかな?』って。……私はそうじゃないと思う」
目を閉じて、機晶姫である夫の言葉を思い出す。
「『僕は決して人間にはなれないけれど、人と共に笑い、人の為に怒り、泣き、そして愛する人と共に命を紡ぐことが出来る。それだけで、もう何も迷うことはない』」
人の心とは、感情で揺れ動くものだ。
楽しいことをして笑い、怒りを覚えれば震える。悲しみを受けたら涙が流れる。愛を知れば、その人のために生きたいと願う。
言いつけに従うだけというのは、それこそ『人形』だと思うのだ。
「ここにいるみんなも、これから先、お友達と喧嘩したり、悲しい思いをしたり、いろんなことがあるかもしれない。
だけど、その一つ一つがきっと、あなたを形作る大切なものになる。
苦しみを乗り越えることで人は強くなり、痛みを知ればこそ人に優しくなれる。
だから信じていて。未来を恐れないで。
あなたの命は、きっと祝福されているのだから」
歌うように柔らかに、睦言を紡ぐように愛情を込めて。
朱里は子供たち――もちろん、ハルモニアやピュリアにも向けて――語って聞かせた。
「うん。これからも、みんな仲良く、幸せに暮らせたらステキなのですよう」
ハルモニアが、噛み締めるように言った。
本当の家族じゃなくっても。
大切な人たちと笑い合えたら、それが幸せなのではないか。