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リアクション
幕間2 その頃の工房。
「土用の丑の日。それがし、リンスきゅんにうなぎを食べて、暑い夏を乗り切ってほしいのである!」
どん、とオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)がリンスに言い放った言葉は、
「珍しくまとも」
であった。
「つーわけで俺様プロデュース?」
南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は話に混じろうと言ってみるが、
「貴殿などそれがしの添え物に過ぎん。でしゃばらないでいただきたい!」
ビシィッ、と指を突きつけられてしまった。
人のことを指さしちゃメーよ、と文句を垂れつつ、やれやれと適当な椅子に腰掛けた。
夏。
高い空、強い日差し。薄着のお姉さま方。
――そう、俺様のシーズンであるにもかかわらず。
光一郎は、一人なのであった。
なぜだ、と嘆くことはもうやめた。嘆いていても仕方がない。
なのでというわけではないけれど、バレンタイン以来久々に、避暑を兼ねて人形工房にやってきた。
「うん、リンスきゅんの涼しげな顔を見てるとこっちまで涼しくなるね! エコってすっばらしぃ〜」
揶揄するように話しかけただけで、オットーに睨まれた。
どこからともなく、メロディが流れ出し、
「♪ここはヴァイシャリーさ 狩場じゃないのよ」
無駄にいい声で即興の歌を歌いだす。もちろん光一郎に向けて、だ。
――はいはい、俺様自重ね。歌にまでしたその想い、届いてやったことにしましょう。
わかったよ、と両手を上げて外を見た。
添え物は添え物らしく、重箱の隅にでもぽつんと置かれていればいい。
――じゃないと、なんか嫌な予感しかしねーしぃ。
向こう二人を意識からシャットダウンし、光一郎はぼんやりとするのだった。
「『魔法少女浜名うなぎ、ちゅ→2』、夏の暑さとお仕事で精も根も尽き果てていつであろうリンスきゅんを、まずは、それがしの、お、お歌で癒すのである!」
頬を赤らめ、きゃっと照れ。それからもじもじとマイクを構えなおす。
リリカルソングが奏でるは、とある地球人歌手の曲。
熱く歌い終え、
「これは、押し寄せる波のように強くあれ……という曲なのである」
汗を拭い拭い、オットーはリンスに教える。
――リンスきゅんは曲に疎そうだからな! それがしがひとつひとつ丁寧に、教えていってさしあげねば……ぽ。
内心思ったことにすら照れていると、
「これって失恋歌じゃないんスか」
どこぞの茶坊主からツッコミが入った。そんなの、茶坊主の声も含めて気のせいである。
「そ、そして! 土用といえば! 土用の丑の日!!」
「ああ、それであの歌だったんスね。いやー鯉くん考えることが浅はかっつーかなんつーか」
「…………」
ちょっと、光一郎のツッコミが耳障りなので。
「『鰤んグバック荒れるオーシャン』踊れ波よ!!」
技名っぽくかっこよさげに叫んで、ヴァイシャリー湖に届けという勢いで投げ捨てた。リンスの工房の窓を割らないように、一度きちんとドアから外に出て、という気遣いつきで。
「貴殿なぞ! 今年も二人のシーズンにならず一人ぼっちなリーズンを荒波の中探し求め反省するがよいわッ!!」
むはーっむはーっと呼吸荒く、光一郎がどこぞに沈んだのを見届けて。
「というわけで、リンスきゅん! 土用の丑の日であるッ!!」
「うん。そうだね」
「土用の丑の日といえば?」
「……うなぎ、かな?」
「その通り! うなぎを食べて暑い夏を乗り切るのだ」
料理やらなにやら常識一般にさえ疎いリンスでも、土用の丑の日にうなぎ、というのは知っていたらしい。話が早い。
――しかしそれがし、あの歌から土用の丑の日、無理なく自然な導入である。
鼻高々に自画自賛するものの、もし光一郎がここにいたら言っていただろう。
全然自然じゃねぇし。つーか意味不明さMAXの謎発言謎流れっスよ鯉くーん。
しかしオットーにとっては、賞賛に値する自分の行為。その流れ。
「なので、リンスきゅん」
くねくね、身を躍らせてみた。リンスがぎょっとした顔をする。
「ワタシを食べて」
「いや、………………え?」
「むう、こんな恥ずかしいことを二度言わすとは……さては隠れドS!」
「や、本当に意味不明で。何って……?」
「粘りのあるものは精がつくと聞く、おくらや納豆も用意した」
「で、鯉くんもテラテラぬめってる」
「それがしはテラテラぬめっておらぬ、失敬な! ……ちっ、もう復活してきたのか」
光一郎のツッコミに、彼が沈んだ先から生還を遂げたことに気付いて舌打ち。
何事も無かった様子で工房に入ってきた光一郎に、
「南臣。俺ピンチ」
リンスが助けを求めるように、話しかけた。
――なにゆえあんな茶坊主に求めるのだろうか。それがしがいるというに。
そんな小さな嫉妬心をふつふつと沸かせながら、二人の話を見届ける。
「いやー他人の『鯉路』を邪魔するものはナントカに蹴られて死んでしまえとか言うしぃ。だからこのスタンッスタッフの使い道もないかなー。ないかなー。んんー」
「ちょ……あのね」
「困ってる顔も可愛いですよ、リンスきゅん? 萌え萌えきゅーん」
酷い棒読みで、困り顔のリンスに顔を近付けて、にやにやにや。
「ちっ、ちっ、ちっ……」
耐え切れなかったのは、からかわれているリンスでもなく。
「近いわーッ!!!」
やはり、オットーだった。
「光一郎ッ! そこに直れぃッ!! それがしが切り捨ててくれよう、この刺身包丁で!」
「ってぇか、刺身包丁って自分が土用の丑の日用に捌かれようと持ってきたアレでしょ。だったらどーせだしぃ、俺様が介錯してやんよ?」
険悪な雰囲気漂う中。
「なんでもいいから、汚すことなら工房の外でやってね」
終始困った顔のまま、リンスが言ったのだった。
*...***...*
以前入店する時は、あれほど躊躇し人が多い時を見計らってこっそり忍び込むようにしていたのに。
「こんつぁ〜」
何ヶ月かの時を経た今、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は何事もない顔で工房に入ってきた。
「ハァイ、オトー様。元気ィ?」
肩の上のアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)も、生みの親であるリンスに軽く右手を上げて挨拶する。はた、と作業の手を止めたリンスがアリスを見、
「あれ? その子」
少し驚いた顔をした。あの後数度、近況報告などのやり取りは電話でしたが実際に会いに来るのは初めてである。
「そそ。あん時の子だよん。ほらアリス、ご挨拶ー」
「今更ァ? オトー様はワタシのコト、よく知ってルわよネ?」
「材質とかなら」
「女の子ニ向かっテ材質? 色気なァい。デモそんなトコがオトー様らしいわネ」
ため息を吐きつつ、アリスがアキラの肩から飛び降りた。作業机の上に着地し、リンスの前までとことこと歩き、服の裾をちょこんと摘んで頭を下げた。
「改めましテ、オトー様。アリス・ドロワーズよ。今日はオネー様、居ないノ?」
それからきょろきょろと辺りを見回した。アキラも一緒になって工房を見る。が、クロエの姿はなかった。
「あのBダッシュおじょーちゃん、居ないの?」
「魔法少女になるって言って修行に出かけたよ」
「ふぅ〜ん……」
魔法少女、と口の中で繰り返す。
「まあ、好奇心旺盛な年頃だよなぁ。好きにやらせてみれば?」
「そのつもり」
「んで? リンスは?」
何をのんきに工房で涼んでいるのか。
クロエがやるなら一緒にやるべきだろう。
「魔法少女さ、やれば?」
が、相当嫌だったのだろうか。言った瞬間、眉をひそめられた。
「俺が? 何で?」
「おめーさんがどんなのを想像してんのかは知らねぇけどさ。けっこー面白かったよ?」
「やったことあるの」
「あるさ。人生何事も経験ってねぇ」
別に魔法少女のコスチュームを着るのは強制じゃないし、名乗りを上げたり決めセリフを決めたりしなければいけないルールもないし。
ただまあ、知らないほうが良かった部分を知ることになるかもしれないけれど、それは社会勉強ということで。
「そーれにさ。リンスは魔法少女にでもなって、少しは外に出ねぇと。まぁたぶっ倒れちまうぜ?」
にやりと笑って言うと、リンスが言葉に詰まった。身体が強くないことは、本人も気にしていることらしい。
「あんま倒れてっとさ、この工房をリンス専用病院に改築されちまうかもねぇ」
「困る。けど魔法少女も嫌だよ。朝散歩する」
それが賢明だとアキラは頷いて、リンスの傍に椅子を引いた。座る。
「んじゃぁ本題なんだけど」
話を切り出すと、リンスがアキラに向き合った。
「もっかい特注をたのもーと思ってさ」
「人形?」
「ううん。今回は人形じゃなくて、人形の服」
ちょい、とアリスの背中をつつく。洗濯のしすぎで少しくたびれたりぼんが力なく揺れた。
「やっぱそこらの量販店だとだめなー」
デパートを回ったりして、人形用の服を買ってみたはいいけれど。
「ああいうのって、なんつーかさ。耐久性が低いよな」
「動く人形を想定して作られた服なんてないでしょ」
「ソウソ。目的が違うのヨネェ。着せ替え用の服でアッテ、日常生活で着る風には出来ていないのヨ」
それもそうか。道理でアリスがちょっとやんちゃな行為に出るたび破けたり解れたりするわけだ。頻繁な洗濯も想定されていないだろう。すぐにくたびれてしまうのも頷けた。
納得したところで改めて。
「つーわけでさ。アリスの服を作ってもらいたいんよ」
頼み込んでみた。
「何よりさぁ、俺がアリスの服選んでたらさ。店員がなんかこっち見てひそひそ話し始めんだよね……」
えー、お人形遊び? とか。
お人形遊びが許されるのは小学生までだよねー、とか。
――くっそ。もうあの店には二度と行かねー。
というか、行けない。
「マァ、ワタシと話しながら服選んでイタラ、人形持って独り言言いながら人形の服選んでいる怪しい人に見えても仕方ないワヨ」
アリスのツッコミはもっともだけど、
「だったら話しかけないで大人しくしてろよ」
思わず反論せずにはいられない。けれどアリスも「ダッテ」と反論する。
「アキラに任せておくト、『これでいいかー』トカ言って適当に選ぶんダモノ」
「むぅ……」
だって、どれもこれも似たようなものじゃないか。あっちのレースの方が意匠が凝ってるとか、知るはずない。
「ソンナワケでオトー様、ワタシの服を一通りお願いしたいノ」
「まあいいけど。希望は?」
「こういうのがイイワ。女の子らしク、キュートにネ」
アキラが持ってきたファッション雑誌を開いて指差し、次々とアリスが頼む。
ちょっと頼みすぎじゃないかと思ったけれど、楽しそうだし水を差すのも馬鹿らしい。
「あ、あとかぼちゃぱんつも大量に」
「……セイルーン、そういう趣味?」
「いやいやいや。アリスの存在意義でもあるから。個性だから。アイデンティティの喪失はいけません」
全力で否定しつつ、注文をメモするリンスを見た。心なしか楽しそうで、ああ本当に『お父さん』なんだなぁ、とぼんやり思う。
「なに」
「いや別にぃ」
なんでもねーさーと手を振って、親子の姿を静かに見守った。
「ところで家具も作れる?」
「それは無理」
「ありゃ残念」
しばらくはドールハウスで我慢かね、と考えながら。
*...***...*
晴れた日の昼下がり。
七刀 切(しちとう・きり)は、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)と一緒に工房でお茶を飲んでいた。
そこまでは、まあいつもと大して変わらない風景である。
違うのは、今日、クロエが魔法少女として頑張ると一大決心をした日であるということ。
音穏の様子を見ると、音穏はしょげた様子でテーブルに突っ伏して黙り込んでいた。落ち込んでいる。それもそうだ。だって、クロエは音穏にとって大切に想っている相手で、大好きな相手で、親友で。
こんな時こそ手助けをしようと考えるのは当然なのに。
今していることは、ティータイム。
工房でのんきに、ティータイム。
「我は……クロエが頑張っているかもしれないこの時に、何を……」
たまにこうして悔恨の声が聞こえてくる。
幾度目かもしれない音穏の声に、作業中だったリンスが顔を上げた。
「どうしたの、あの子は」
「あ、やっぱ気になる?」
「さすがにね」
そりゃそうだよねぇ、と首肯しながら切は朝のことを思い出し、話す。
「クロエちゃんが魔法少女になるって聞いてね。音穏さんはもちろん、クロエちゃんの手助けに行こうとしたんだよ。……けれども、最大の敵が立ちふさがった。音穏さんはそいつを倒せなかった。だから、ここに居るのさ」
「何、敵って」
「それは……」
数秒溜めて、
「羞恥心」
真顔で言った。リンスが「何だ」と拍子抜けしたような声を上げる。
「ワイも最初そんなオチかと思ったけど言ってないんだから、リンスさんも文句言わない」
一度は名乗りを上げようとも頑張っていた。
『魔鎧少女パラディン☆ネオン』と。
だけど、魔鎧少女、の部分はともかくその後はどうしても言えなかった。
パ、の部分ですでに頬は上気していて。
パラディン、と言い切った頃には熟れたトマトよりも赤くなっていて。
ネオン、と言い切る前に、目を回して倒れた。そのまま床を転がり回って、「すまないクロエ、我には無理だああああああ」と発狂していた。
「あれを見ちゃうとねぇ……」
ツッコミなんてできない。
それにあの二つ名を、恥ずかしがりながらも頑張って考えたんだろうな、と思うとどうにもいたたまれないし。
「まぁそんな音穏さんに魔法少女とか無理だよねって話」
「で、今に至るって?」
「そう。我にできることは帰りを待つことくらいだーってさ」
だけどどうにも納得できないようで、ああしてうだうだとしているようで。
「まぁならなくて正解かもねぇ。だってもし音穏さんが魔法少女になったら、ワイ音穏さん見て笑う自信あるもん。こう指差してさ、プギャーとか変な声上げて大爆笑するんじゃないかな。笑いすぎて涙出るかも、って音穏さん?」
いつの間にか、音穏が机から立ち上がっていた。久しぶりに見た顔は、般若のように怖い。
「あの音穏さん。顔怖いんですけどどうし」
「天誅!!」
「アッー!」
悲鳴を上げることもままならないまま、音穏の攻撃で床に沈んだ。
「まったく……人の頑張りを笑うなんてとんでもない奴だな!」
音穏はああして怒っているけど、
――元気になったみたいで、何より……。
別に音穏さんのために身を張ったわけじゃないんだからね、と言いつつ意識を飛ばした。
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