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リアクション
レッスン1 契約を学びましょう。
魔法少女誕生の傍らで。
「豊浦宮のグループ会社に、INQBという会社がありまして」
志位 大地(しい・だいち)はリンスに話して聞かせた。
魔法少女の形態など一切知らなかったらしいリンスが、「そうなの?」と疑問符をつけて大地に返す。
「はい。その会社には、外見が愛くるしいぬいぐるみ型のゆる族が多数所属しています」
へえ、とリンスが平淡な相槌を打つ。興味が無いのか、それとも大地の話の意図がつかめないのかは定かではない。
「その中からクロエさんのマスコットキャラを見繕ってあげませんか?」
「パス。魔法少女に関しては飛鳥に任せてあるから」
一蹴された。まあ、リンスの性格を考えれば誘いに乗るとも思えなかったし、ダメ元で言ってみただけだけど。
「はーい、任されましたー」
大地とリンスの話が聞こえていたらしい豊美ちゃんが、元気よく頷く。
「まあ、リンスくんらしいですよね」
「らしいって、何が」
問いには答えず、大地は魔法少女たちを見守った。
シーラ・カンス(しーら・かんす)はひたすらにデジカメのシャッターをきっていた。
ぱしゃり、ぱしゃり、ぱしゃぱしゃぱしゃり。
被写体は、新生魔法少女であるクロエ、千尋、セレンフィリティ、セレアナ、華恋、ユーリカ、と選り取りみどり。みんながみんな可愛らしく、つい呼吸が荒くなってしまう。
「悪い人を倒すクロエさんと千尋さん、とっても可愛かったですわ〜……。これからもきっと、皆様方の可愛らしい活躍が随所で見られると思うと……」
想像するだけでくらくらしてしまう。
それにこの場には少女ばかり。つまり、シーラ大好物の女×女がたくさんあるわけで。
「クロエ×千尋? うぅん、そこは掛け算よりも&できゃっきゃ、が望ましいですわね。
とすれば、セレン×セレアナ、華恋×理沙、などでしょうか……! ユーリカさんはどなたとくっつくのかしら……ああっ、いけませんわ〜」
妄想が、止まらない。
「あ、あの方大丈夫ですの?」
ユーリカが多少、引いた様子でクロエに尋ねる。
「いつもよ! シーラおねぇちゃん、いつも、よくわからないけどすごいの!」
「うん、よくわからないけどすごそうだよね!」
華恋が頷く。
「でも、いい人だよ〜。ちーちゃん、シーラちゃん好きだもん♪」
千尋のフォローもあって、シーラの様子にドン引きする人間は居なかった。多少、不思議なものを見るような目で見られはしたけれど。
ひとしきり妄想を楽しんだ後で、シーラはふっと我に返った。自分が今日、何しにここに来たのかを思い出したのである。
「今日は皆さんに契約の手引きを伝授しようと思います」
妄想驀進モードは終了、頼れる先輩魔法少女の顔になった。何せシーラは魔法少女タイガーリリー。新米さんに教えられることが、ある。
「契約の手引き?」
その場にいた少女たちが、疑問に首を傾げる。
「はい。私がカツちゃんと契約した時のことが参考になれば、程度ですけれど」
手引き、というのは少し大げさだったかしら。そう思いながらも、シーラはカツ――権藤勝吉と契約した時のことを思い出しながら、話して聞かせた。
「『マジカルステッキ紅爛ちゃん』で誠心誠意お願いしたんです。ね、カツちゃん」
にこー、と勝吉に笑いかける。びくっ、と勝吉の肩が震えた。
「? どうかしましたか〜?」
「いや、別に」
あからさまに目を逸らす勝吉。しばらく彼の横顔を見てから、
「そうですわ! あの日のことを再現しましょう」
ぽん、と手を打ち鳴らした。ぎょっ、とした顔で勝吉がシーラを見る。
だって、話して聞かせるだけじゃ契約の手引きになるほどに伝えられたとは思わないし。
「一度、契約の仕方を見ておいて損はないですから〜」
のほほん、と春の日の午後を思わせるような暖かい笑みで、言ってのけた。
すちゃ、と取り出すは『マジカルステッキ紅爛ちゃん』ことパイルバンカー。あの日のように、ビシッと勝吉に突きつける。
「『命までは奪いませんわ?。その代わり、私と契約してファームのマスコットキャラになってくださいませんか?』」
さらには、あの日交わした言葉を一字一句違えずに告げる。誰もが絶句していた。契約の日もそうでしたわね〜、とシーラはほのぼのと思った。その理由が発言内容にあったとは知る由もなく。
「……ほら、カツちゃん。セリフは?」
「俺も再現するのかよ! ここまで付き合ってやったんだ、もういいじゃねぇか……」
「いえいえ。何事もリアリティが大切ですもの〜。皆さん期待して待っていますわ〜」
正確には、期待の眼差しではなく心配や不安、はらはら、といった視線だったのだが。
「……『そ、そんな要求が飲めるかぁ! 無理矢理契約を迫る魔法少女なんて、わけわからんわぁ!』」
「『……ダメ……でしょうか?』」
勝吉の反論セリフに、悲しげな声と悲しげな表情で、シーラが問いかける。勝吉の顔が引きつった。上出来の演技である。
「……とまあ、このような感じですわ〜♪」
さて、以上がシーラの行った勝吉との契約だったわけだが。
奇行とも取れる行動に、魔法少女たちを始め、パートナーの大地、さらにはリンスまで呆然とする始末。
「シーラさん、それ何か違う気がしますー」
誰もが破れなかった気まずい沈黙を、豊美ちゃんが苦笑混じりにやんわりとツッコミを入れることで打破した。
「あれ? シーラちゃんのやってたことって、違うの?」
「ああ、やっぱり……」
洗脳されるかのごとく信じてしまった千尋の声や、さすがに嘘よね、というセレアナの声が上がった。
「じゃあさじゃあさ。本来の契約ってどうやるのー?」
華恋が手を挙げて質問。
それはですねー、と豊美ちゃんが先生モードに入った。
「そもそも、契約は必須というわけではないんですよー。みなさんは今日が初めての日ですしねー。いずれ、と考えるのはいいかもしれませんー」
きびきびと問いに答える。
「契約する場合は、先ほど大地さんが仰っていたように豊浦宮グループに所属する会社、INQBから好きな相手を選んでする、という感じですねー」
「あたし、マスコットを連れている魔法少女を見たことありますわ。それですのね?」
ユーリカが言うと、豊美ちゃんが「それですー」と頷く。
「こんな感じですねー」
豊美ちゃんが豊浦宮のパンフレットを見せ、
「カツさんみたいな方が多いですー」
ね、と勝吉に微笑みかける。硬直から脱した勝吉が、「おう」と頷いてみせた。
「契約したいなーと思った時には力になりますからねー。お気軽にお申し付けくださいー」
まとまったところで、この話は一時中断。
*...***...*
豊美ちゃんが、新しい魔法少女を見出したらしい。
ざっと見て、六人。大漁である。
その中でも気になったのが、クロエだ。彼女に近付こうと、リューグナー・ファタリテート(りゅーぐなー・ふぁたりてーと)は歩き出す。
「初めましてだね、クロエちゃん」
クロエに話しかけると、当然ながら疑問符混じりに首を傾げられた。それでも「はじめまして」と返す辺り、律儀な子だと感じる。
「ボクはリューグナー。みんなはよく、ボクのことをリュウべえって呼んでるよ」
「リュウべえおにぃちゃん?」
「おにぃちゃんはいらないよ。呼び捨てでいい」
「うん。わかったわ」
挨拶もした。警戒心はなさそうだ。それでは話しを切り出そうか。
「シャンバラに希望を与え、どんな絶望も笑顔に変えてくれる魔法少女……ボクはそんな女の子達の力になってあげたいんだ」
それは、リューグナーの営業だ。
少女――特に、魔法少女とみれば誰彼構わず契約を持ちかける。こうしてパートナーを増やそうとする意図は誰にも明かしていないし、まだ明かすつもりもない。
「皆のために、小さな積み重ねも必要だろう。でも、避け様のない絶望を前にした時、クロエちゃんはどうするんだい?」
「ぜつぼうからのがれられないのはきまっていることよ。どうにもあがかないでうけいれるわ」
おや、と思った。
様子を見ている限り、魔法少女たちと一緒ににこにこ笑うごく普通の少女だと思っていたのに。
――これは意外な返答だね。
てっきり戸惑うものだと思っていたのに。そこで畳み掛け、揺さぶるのがリューグナーの基本営業だ。
「ぜつぼうが、どうかしたの?」
そうやって問いかける顔は、やはりどこにでもいる少女のものなのに。
――うん。この子だと思ったボクの目に、狂いはなかった。
一人頷き、リューグナーは営業トークを再開する。
「そんな絶望にも応えられる力があるんだ。
”コントラクター”。
皆の笑顔を守るためにも……ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
クロエが豊美を仰ぎ見る。どうしよう? と指示を仰ぐように。
「せっかくですけど……」
曖昧に笑って、豊美ちゃんが言った。その後に言葉が続かなくても、やんわりと断ろうとしていることはわかる。
「うん。急な話だし、特に豊美ちゃんはINQBとの騒動から日も浅いから、構えちゃうのも仕方がないしね」
「クロエさんはまだ魔法少女になって日も浅いので。申し出は有り難いんですけど、考えさせてくださいー」
「もちろん。考える時間がほしいなら、いくらでも待ってるよ。急かす話でもないしね」
引くときは、引く。これも営業の基本だ。
それから、リューグナーはくるりと振り返る。新米魔法少女たちを見、
「キミたちが魔法少女として活躍するのを待っている人は大勢いることだろう。望むのなら、ボクがいつでもパートナーとして力を貸してあげられるよ」
本日最後の営業トークを終え、リューグナーは踵を返した。
やることはやった。後に続くかどうかは、天のみぞ知る。
*...***...*
「はうー……見事な引き際でしたぁ……」
リューグナーの営業トークを見ていた望月 寺美(もちづき・てらみ)が、感嘆の声を上げた。
「ボク、自分のアピールスキルが拙いことに気付きましたぁ……精進せねば!」
「何アピールしようとしとったん?」
社に問われ、寺美はこほんと咳払いする。
「やぁやぁ、そこのキミ! ボクと契約して魔法少女になってほしいですぅ〜☆
……と、言うつもりでしたぁ」
それがどうだろう、本場の営業はそんなもんじゃなかった。レベルが違うにもほどがある。驚いた。
「うーん、世の中真っ直ぐすぎても問題なんですねぇ……」
魔法少女といったら可愛いマスコットキャラが必須。
なので、自分が。と立候補。
「いい案だと思ったんですけどねぇ。はう〜」
「でもでも、ちーちゃんラミちゃんの今のセリフ、好きだよ!」
にこ、と千尋が笑いかけてきた。
「はう〜……千尋ちゃんはやっぱり天使ですぅ」
「? ちーちゃんは魔法少女だよ!」
「はい。魔法少女で、天使さんです。はう〜☆」
ぎゅむーっと抱きしめてから、ふと思いつく。
せめてあの口上を、千尋だけにでも言ってみようか。
「千尋ちゃん! ボクと契約して、魔法少女に――」
「アホか」
言いかけて、すぐ。
さすがというかなんというか、即座に社が寺美の頭に拳を当てた。そのままぐりぐりっと――
「あ、痛い痛い〜! 痛いです社ぉ〜!」
千尋のことになると本気を出す社だから、ぐりぐり攻撃はとても痛い。
「もうしません〜! 千尋ちゃんのことは、陰ながらひっそり見守ることにしますからっ! やめるですぅ〜!」
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