|
|
リアクション
レッスン8 着替えるまでが魔法少女です。その1
「クロエちゃんは今頃頑張っていますかね?」
遠藤 聖夜(えんどう・のえる)の言葉に、リンスがうん、と頷いた。
「だと思うよ」
ですよね、と聖夜も首肯する。
二人がそのまま話し始めるのを、少し離れた場所から遠藤 魔夜(えんどう・まや)は見つめていた。
小町が、豊美ちゃんとクロエと一緒に魔法少女の活動をするんだ、と街へ向かっていって。
――久しぶりに、兄さんと二人きりになれると思ったのに。
デートなんかもできるかも、と期待してたのに、それはあっさり裏切られた。クロエの家である工房に向かうことになったのだ。工房で帰りを待つ。至極もっともなのだけど、やはり残念に思ってしまう。
「小町も仲良くできてるといいんですけど」
「そこも心配いらないでしょ。クロエは誰とでも仲良くなれちゃうから」
「それってすごいですよね」
「うん。俺の自慢の子」
「あはは。リンスさんがお母さんモードだ」
仲良さげに話しているのがなんとなく羨ましい。
リンスのことをじとりと見つめてみたが、作業をしながら聖夜と話すリンスは魔夜の視線に気付いていないようだった。無駄だと悟って視線を逸らす。
「魔夜? さっきからどうして黙ってるんですか」
「別に何でもないわよ」
つんっとそっぽを向いて、答えはくれてやらないで。
きょとんとする聖夜に、少しは困ればいいのだわ、なんて。
工房で待つ面々がそんなやり取りをしているとはいざ知らず。
小野 小町(おのの・こまち)は、クロエを真ん中にして豊美ちゃんと三人、横に広がって歩いていた。
「今日は色々頑張れましたの?」
「うんっ。あのね、すこしはみんなのおてつだい、できたのよ」
きゃわきゃわとクロエが今日の出来事を話す。
聞きながら相槌を打ち、
――私に妹が居たらこんな感じなのでしょうか。
小さくそう思う。
――豊美ちゃんがお姉様で、私は真ん中で。
「? こまちおねぇちゃん、たのしそうね?」
「ええ。ちょっと今、楽しいことを想像しましたの」
「なあに?」
大きな瞳をきらきらさせて、クロエが小町に問い掛ける。
「なんだか三姉妹みたいで、嬉しいなって思いましたの」
「しまい?」
「ええ。豊美お姉様と、私。それからクロエちゃんで三姉妹」
いち、に、さん、と指さして、微笑む。
「お姉様だなんて。いつものように豊美ちゃんって呼んでくださいー」
恥ずかしそうに豊美ちゃんがはにかんだ。小町はふるりと頭を振って、
「いいえ。今は私、お姉様の妹なのですわ。ですので、お姉様と呼ぶのが道理なのです」
「わたしも、とよみちゃんのこととよみおねぇさまってよぶ?」
「クロエさん、真似しなくていいのですよー。クロエさんはクロエさんのままでいてくださいー」
嫌がっているのではなく、恥ずかしがっているということはわかったので。
くすくす、小さく笑いながら歩く。
「豊美お姉様」
「やめてくださいー。なんだかむずむずしますー」
「とよみおねぇさまっ。こまちおねぇさまっ。きゃははっ」
クロエがお姉様呼びで二人の名前を呼んだ。豊美ちゃんが言うように、むずむずする。
「……うん。なんだかむずむずしますわ」
「ですよねー?」
小町が豊美ちゃんと感覚を共有しているのを見て、クロエがきょとんと首を傾げた。
「クロエちゃんもいつかお姉様になればわかりますわ」
「それはいつかしら?」
「そこまでは私にもわかりませんわ」
のんびりと日常的な会話を楽しみながら、歩く。
*...***...*
西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は、帰途を行くクロエを見つけて「クロエちゃん」と呼びかけた。
「ゆきこおねぇちゃんっ」
「こんにちは。どうしたの? いつもと違う格好ね、魔法少女みたい」
「わたし、まほうしょうじょよ」
胸を張って答えたクロエに、幽綺子は少し驚いた。
「いつの間に?」
「けさよ! それでね、きょうはもうがんばったし、くらくなるからもうかえるところなの」
少しばかり知るのが遅かったようだ。もう少し早く知っていたら、張り切って手伝っていただろう。
「残念。クロエちゃんと一緒に魔法少女として頑張れそうだったのに」
「ゆきこおねぇちゃんもまほうしょうじょなの?」
クロエがきらきらと目を輝かせて聞いてきた。幽綺子は魔法少女じゃないけれど、クロエがこんな風に喜ぶのならなってもいいかなと思うほど、可愛い。
「可愛いって本当、正義よねー」
ぎゅむーっと抱き締めながら言う。
「大好きよークロエちゃん」
「わたしもゆきこおねぇちゃん、だいすきっ」
ほんとにー? と頬擦り。ほんとにー、と擦りながらクロエが返す。ああもう、いちいち可愛いわねとまたぎゅむり。
「今日はいっぱい頑張ったのよねー。頑張ったクロエちゃんを労ってあげないとね。身体綺麗にしてあげましょうか? 二人でお風呂とかもいいわよねー。泊まりに来る? クロエちゃんなら大歓迎だわ。そうしたらお風呂上りにはいい香りのボディミルクで癒されちゃいましょうね。髪の毛にオイルつけてみる? つやつやになるわよー。あ、でもいらないかな? クロエちゃん、もともとつやつやさらさらの髪だものね」
そこまで喋って、クロエがじっと幽綺子を見ていたことに気付いた。
「どうかした?」
「ゆきこおねぇちゃんこそ、どうかしたの?」
え? と首を傾げる。私、どうかしていたかしら。
「いつもとちがうわ」
はっきり違うと指摘され、過ぎったのはつい最近家を出て行った博季のこと。
――『弟』が一人立ちして、寂しいのかしら?
嫌だわ、と頭を振った。
喜ぶべきことなのに。嬉しいはずなのに。
「さみしんぼさん?」
幽綺子の背を撫でながら、クロエが問い掛けた。
――そういえば、出会ってすぐに抱き締めてから離せなかったわね。クロエちゃんが可愛いせいもあるけれど。
ううん。
認めよう。
「そうね。少し、寂しいわね」
出て行ってしまったことが、紛れもなく、寂しい。
――だけど。
――あの子の人生を狂わせたのは、私だもの。
そう思っても、クロエ以外には言うまいと思った。
だってこれも、きっと『償い』のひとつだから。
自分の中にだけ、残そう。
「ごめんねクロエちゃん。お泊りはなしね」
抱き締めていた腕を緩め、幽綺子はクロエから離れた。
「だいじょうぶ?」
クロエが心配そうに問い掛ける。髪を撫でながら、「ええ」と頷いた。
「平気よ。でも、たまにああやってぎゅってさせてくれたら嬉しいわ」
「それくらいならおやすいごようよ」
両手を広げてクロエが言う。
今すぐにでもまた抱き締めようかと思ったけれど、自重しておいた。
「それじゃあね。みんな可愛い女の子なんだから、帰り道には気をつけなさいね」
豊美ちゃんや小町に手を振り、幽綺子は家への道を歩く。
*...***...*
今日一日、マガダ・バルドゥ(まがだ・ばるどぅ)はクロエの活動を見守っていた。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に憑依して、繕ったマスコットキャラのきぐるみを着て。
ちぎのたくらみを使用して姿を変えた上で、こっそりと。
なにせマガダも豊浦宮所属の魔法少女。先輩として、クロエのことは見守ってあげなければならない。
――クロエさんは決断してくれますデショウカ?
見守りながら考えるのはそのことばかり。
ノリだけで魔法少女になったクロエだけれど、それだけでは魔法少女としてやっていけないだろうと思って。
じっと待っているのだ。
本当に、魔法少女として活動することを誓ってくれることを。
「あのね、とよみちゃん」
クロエが口を開いた。決意の込められた声だ。マガダは期待し、息を呑む。
「わたし、きょういちにちまほうしょうじょをやっていておもったの。
ひとをえがおにできるって、やっぱりすばらしいことだわ。だからわたし、これからもまほうしょうじょとしてがんばりたいの。どうきはふじゅんだったけど、いまではまじめよ。みとめてくれる?」
言葉を受けて、豊美ちゃんが優しく微笑む。
「勿論ですよ。クロエさんは、もう立派な魔法少女です」
豊美ちゃんからの認定も受けた。
決意も見せた。
マガダはぱちぱちと拍手する。
「!?」
突如として現れたマガダにクロエが目を見開いた。驚くのも無理はない。だって今日のマガダの格好は、顔にぴったりとフィットするリアルな狐面を顔に着けたゴスロリドレス姿。日常に在るにはかなり歪で、浮いている。これでよくも気付かれなかったものだと思うが、それだけ魔法少女の活動に夢中だったのだろう。集中力もすごいものだ。
「驚かせてスミマセン。ワタシは今日一日、クロエさんの活動を見守っておりマシタ」
その発言に、またクロエが驚く。ずっと居たの、とでも言いたげだ。その通りだとマガダは頷く。
「クロエさんの決断で、ワタシも元の姿に戻ることが出来マス」
「元の姿……?」
「ハイ」
頷き、
マガダは光術を展開した。
「!!」
目を眩ませている間に、フラワシに手早くきぐるみを脱がせてもらい、脱いだものは
非物質化で隠し。
きぐるみを脱ぐと同時にちぎのたくらみを解除。
元の姿に戻る頃、ちょうど良く光も収まってきた。
「ワタシの名前は変幻万化の化け狐――『メタモル・ヴィクセン』。豊浦宮所属の魔法少女デス。先輩として、生半可な気持ちでの参入は賛成できませんデシタ。そのため姿を変えていたのデス」
にこり、友好的な笑みを浮かべてクロエに言う。
「わたし、もうまじめよ」
「エエ。それがわかりましたのデ、こうして元の姿に戻りマシタ。ヨウコソ、クロエさん。魔法少女の世界ヘ。歓迎しマス」
「ありがとうっ。……でも、あのかっこうはこわいからもうしないでほしいわ……」
ぽそりと呟かれたクロエの言葉に苦笑しつつ、スミマセンと謝った。