|
|
リアクション
レッスン8 着替えるまでが魔法少女です。その2
特に予定もない休日。
何をしようかと考えたら、ふっとリンスのことが頭を過ぎった。
丁度ヴァイシャリーにいるのだし。
――行ってみましょうか。
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、工房への道を選んで歩き出す。
用も何もないけれど。
ただ逢いたいから。
そんな理由だけで動けるだなんて、少し前の自分では考えられなかったな、なんて思いながら。
「そうですか。クロエさんが魔法少女に」
「うん。だからお茶とかのおもてなしはない」
「いいですよ、そんなの。私が淹れます」
工房に着いて、今日のことを少し話して。
クロエが魔法少女の修行に向かったことを微笑ましい気持ちで聞いてから席を立つ。
「コーヒーでいいですか?」
「うん。お願いします」
自分の分とリンスの分を淹れ、ミルクと砂糖を添えて戻り。
テーブルに置いて、隣の席に座って、作業の手を休めない彼を眺める。
次に必要なものは何かな、とか考えて、それとなく物を置いてみたり。
着々と出来上がっていく人形を見て、手早いな、正確だな、と感心してみたり。
時計の針が時を刻む音が響いて、それだけが二人の間を流れて。
幸せだなと感じて目を閉じる。
それからまた少しの時間が経って、作業の気配が消えた。目を開く。
「終わりですか?」
「今日はもうおしまい」
首肯して、リンスが人形作りの道具を片付ける。片付けも終わると再び腰を落ち着けて、コーヒーカップを手に取って口をつけた。
「苦くないですか?」
「うん、大丈夫。ありがとね」
「どういたしまして」
ミルクを入れて、かき混ぜる。スプーンとカップがぶつかってかちゃりと音を立てる中、
「退屈だった?」
リンスが声をかけてきた。
「どうしてですか?」
「目、閉じてたから。それともお疲れ?」
「いいえ。堪能してました」
貴方の隣で過ごせる時間を。
行間まで読み取ってくれたかどうかは知らないけれど、リンスが「あ、そ」と返してコーヒーを飲み干す。
そういえば、とテスラは鞄を手繰り寄せた。忘れていたわけじゃないけれど、渡すタイミングを計りかねていたプレゼントを取り出す。
「入院騒ぎとジューンブライダルですっかり伸ばしてたけど。
リンス君、誕生日おめでとうございます」
プレゼントを差し出すと、
「誕生日。ああ」
そんなものもあったね、とでも言いそうに、リンス。
「もしかして忘れてました?」
「さすがにそこまでは。覚えてたしケーキも食べたよ。クロエが買ってきた」
「良いことです」
貴方はもっと、貴方が生まれてきたことを大切なことだと知るべきだ。
プレゼントを受け取ったリンスが、「開けてもいい?」と問いかける。いいですよ、と頷いて、喜んでくれるかどきどきしながら見届ける。
「あ。腰道具」
「はい。作業してる時に、何かと便利かなって思って。市販品だからしっかりした造りですよ」
実は自作しようとしたけれど、上手に作れなかったから自分で使っているだなんてことは、内緒。
秘密を笑顔に隠して言うと、
「嬉しいな。……ありがとう」
微笑まれた。少し驚く。
「何?」
「いえ。嬉しそうなのが、意外で」
「喜ぶよ、そりゃ」
「だって感情の機微が表に出るなんて」
去年の今頃、考えられました?
あー、とリンスが間延びした声を上げた。確かに、と思っているのだろう。自覚もあるようだ。
「一年ですもんね」
椅子から立ち上がり、手を差し伸べる。
「覚えてます? クロエさんがここに来てから、これで一年なんです」
正確には、それより少し過ぎているけど。
大体一年。夏が始まる、このくらいの季節だった。
「一年前は、私一人で行きました。今年は二人で迎えに行きましょう?」
「うん」
テスラの手を取って、リンスが立ち上がる。
工房を出て、街への道を歩きながら。
「魔法少女じゃなくても、リンス君は私にとっての魔法使いですよ」
ぽつり、呟く。
どうして? と言いたそうにリンスが見つめてきたので、
「だって、」
言おうとして、……思った以上に恥ずかしかったので言葉を濁す。
「何」
「……いや、さすがにこれ以上は恥ずかしくて言えません」
「途中で止めないでよ。気になる」
「うん、でも、無理です。なんていうか、告白とは違った恥ずかしさで、」
告白、という単語にリンスの足が止まった。あの時のことを思い出して、テスラもつい足を止めてしまう。
「……あう。告白とか。いいんです、今は置いといて」
「……うん」
歯切れ悪く頷き、再び歩き出す。
答えを待つのは、構わないんだ。
――それだけちゃんと考えてくれてるんだって、思っていいですよね?
でも、やっぱり、気持ちを聞きたいという想いはあって。
それがもどかしいなあ、なんて。
「あ、クロエ」
隣でリンスが声を上げた。
クロエに向けて、テスラは手を振る。
*...***...*
「おかえり、クロエ」
「ただいま、ねおんおねぇちゃん!」
工房で出迎えてくれた音穏に、クロエはぎゅむっと抱きついた。
「あのね! きょうね、いろんなことしたわ!」
「中でゆっくり話を聞こう。お茶を淹れようか? 紅茶、コーヒー、何がいい?」
今日クロエはたくさん頑張ったんだものな、と音穏が頭を撫でてくれる。なんだかくすぐったくて、クロエは笑んだ。
「ああ、そこ。足元に気をつけるのだぞ。転がっているから」
「ふぇ?」
何が? と思ったら、切だった。床の上に突っ伏して倒れている。
「きりおにぃちゃん、どうしたの? ぐあいわるいの?」
「少し疲れて寝ているだけだ。気にしなくても良いぞ」
「でもあそこでねたらかぜひいちゃう。おふとんつれてかなくちゃ」
「クロエは優しいな。でもあれはいいんだ、あのままで」
二回止められたなら深入りしない方がいいのだろうと判断して頷いた。
それに、音穏に話したいことがいっぱいあるのだ。
「あのね、きょうね――」
いっぱい見てきたよ。
いっぱい楽しんできたよ。
誰かの役にも、立てたかな?
――だからね、わたし、もっとがんばる。