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第六章:覗き魔の襲来
「凶司! お猿さん達とノゾキ魔と、あとシェア大佐とかいう変態がそっちに向かってるよ。気をつけて!」
「了解です。美羽さん。僕達はそのために警備員をやっているんですから」
 巨猿を追う美羽から連絡を受けた湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は、スパリゾートアトラスのスタッフ用搬入口の薄暗い通路の中で、航空ショー用の飛行可能な軽パワードスーツを付けて出番を待っていたエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)に振り返る。
「何かと入り用な時期だからな。スーツのテストも兼ねてしっかり稼ぐぞ」
「確かに新学期は色々と入り用だものね。たまにはいいこというじゃない?」
 ディミーアが頷くと、セラフは凶司に疑いの視線を向ける。
「テスト、ねぇ……凶司ちゃん、なんか企んでない?」
「企む? 僕が? ……何を言っているんだ。警備員の仕事をしてしっかり稼ぐ事以外考えるものか」
 エクスがセラフと凶司のやりとりを聞きながら、ブツブツと文句を言う。
「今回は武器出番なさそうだね。せっかく(ギロチンアームに)新調したのになー」
「よし。そろそろだな。いいか、三人は警備員としてこちらに向かっている巨猿の誘導を担当するんだ。僕は後方で誘導先の指示や猿の接近を知らせる」
「「「了解」」」
 三人がパワードスーツでスパリゾートアトラスの夕暮れ近い大空へ飛び立っていくのを見送った凶司が、口の端を歪める。
「嘘はついていないさ。しっかり稼ぐぞ、『しっかり』とな……」

 その傍の物陰で葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、前もって賄賂で入手したスパリゾートアトラスの警備計画の書類を見ていた。
「自分以外にもノゾキ計画を行う者がいるみたいですが……そろそろ始めますか」
 吹雪は書類を懐にしまうと、最も難易度が高いと言われる女湯へ向かって進軍を開始する。この作戦の下準備のために今まで時間がかかったが、それも全ては計画を円滑に進めるためであった。
 尚、吹雪がミッション開始までに行った下準備は以下である。
1.機晶爆弾を人などの被害がない所に設置し遠隔操作で爆破できるようにする
2.進入経路に落とし穴やロープなどのブービートラップを設置しておく
3.進入経路にワイヤークローを利用して飛び越えられるがけや割れ目などを利用する


「(もっとも、準備中に幾度かの危機はありましたが……幸運も味方したようですし)」
 音もなく歩を進める吹雪が思い出すのは、温水プールでの視察をしていた時であった。

 そこで、のぞき部対抗部【パンダ隊】として、警備員をしていたのは広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)であった。
 ファイリアは、スパリゾートアトラス内を、普段着や水着姿で客達に紛れて見回っていた。謂わば、私服警官である。
 「のぞき対抗部【パンダ隊】として、のぞきは許しませんですっ!!」と、挙動不審な怪しそうな人がいないか見て回っているファイリアの後を付いていくウィノナは、おっちょこちょいで見落としがちになったり、一般客としての演技が上手くいかなかったり彼女のために、「あのショー、面白そうだねー?」と、お客のふりをする援護をしたり、「ほら、そっちに怪しそうな人がいるよ?」って、ファイが見落としそうな所をフォローしたりしていた。
「ウィノナちゃん?」
「何?」
「ファイ、ちゃんと一人で出来るですよ?」
 先ほどから「ひょっとしてファイ、ウィノナちゃんにおんぶだっこの状態じゃない?」との疑問を感じていたファイリアがウィノナに口を尖らせる。
「それはボクも知ってるよ。第一、ボクはファイのフォロー役だから」
「うん! 警備員に入ったんだから、のぞきする人を成敗しますですっ!」
「……ファイ。そういうのは大声で言うものじゃないよ」
 妹に諭すように優しく言うウィノナ。
「うー……ん? あそこの人、妖しいです!」
「確かに」
 ファイリアがが指さした先をウィノナが見ると、プールサイドで行われている美空の歌謡ショーを見向きもせず、壁際で何やら調査をしている吹雪の姿があった。
「何をしているんでしょう……まるで、ノゾキの下調べをしているように思えますが」
「怪しいです……」
「少し、話を聞きに行きます?」
「うーん……でも、疑わしきは罰せずですしー」
「……事前に犯罪の芽を摘むのが警備員かと思いますよ」
 ウィノナの呟きに、ファイが首を振る。
「違うです! あの人は、壁マニアなだけですっ! ファイが言うのは向こうです!!」
「え……違うんですか?」
 ウィノナを残し、ずんずんと歩いて行くファイ。
「(感づかれましたか!?)」
 いざという際に、壁を破っての脱出が可能か否かを調べていた吹雪は、ファイリアとウィノナが警備員である事を知っていた。少しばかり、調査に夢中になるあまり、自分らしからぬミスをしたと焦る。
「(マズいですね……明らかに自分の今の行動は不自然……よもや、壁マニアだと思ってくれるとは……)」
 近づくファイリアとウィノナに、吹雪の心拍数が上がる。
「ちょっと、そこの人っ! 待つです!!」
「(どうする……)」
 吹雪は覚悟を決め、自分から話かけることにした。
「はい? 自分が何か?」
「へ? あなたじゃないですよ」
 ファイリアの返答に吹雪が面食らう。
「だって、あなたは壁マニアだけですっ……あ、待つですっ!!」
 ファイリアが女子の手洗いの方へ向かって走りだす。
「あ、ファイ! 待って下さいよ」
 そう言って後を追うウィノナが、通り過ぎざまに、吹雪を見つめる。
「壁マニア……ですか?」
「……」
「まぁ、よいです。まだ壁を見ているだけですからね……」
 ウィノナはそう言い残し、ファイの後を追う。
「(……あの銀髪ポニー……自分を敢えて見逃した、とでも?)」
 引っ掛かる何かを感じつつも、吹雪は素早くプールサイドを後にする。
 
「待つですっ! こっちは女子トイレですーっ!! 出てくるですっ!!」
 女子トイレ内で、ファイリアが見渡すも、3つの個室は全て埋まっている。
「どうしたの? ファイ?」
 追いついたウィノナがファイリアに尋ねると、
「今、こっちに、太っちょの男が入って行ったですーっ!!」
「男? ノゾキですか?」
「そうです!! 全く、トイレなんて除いてどうするんでしょうか」
「ファイ、天真爛漫なあなたは知らなくて良いこともあると思う……」
 ファイリアとウィノナが話をしていると、一つの個室が空いて、客が出てくる。普通の客だ。
 ウィノナがファイを見ると「……違うです」と言う。
 さらに、二人目も出てくるが、これも水着の女であった。
「……残すは一つですね」
 ウィノナがもしもの時のために、ファイリアより一歩前に出る。いつでも手から魔法を使用できるようにして。
 ガチャリ……。
 個室から開いて出てきたのは、小さなポーチを持ったスレンダーな水着姿のショートボブの金髪の少女、歳は17,18辺りであろうか。
「あれ?」
 意外な人物の登場に、ファイリアが首を傾げる。
「……ボクが聞いていた特徴の太めでもないし、男でもないですね……」
「おかしいですー」
 金髪の少女は手を洗うと、二人を見つけ、
「何か?」
 と、気品有りげな態度で尋ねる。
「こちらの方で不審な人物を見かけませんでしたか?」
「不審? トイレで大騒ぎする貴方達ではなくて?」
「ファイ達は警備員ですっ!」
「そう……。私は見てなくてよ」
 少女はそう言って、立ち去ろうとする。
「待って」
 ウィノナが呼び止める。
「何か?」
「一応、名前を教えて頂けますか?」
「名乗る必要が?」
「今後、また不審な男が現れないとは限りませんので」
「……セーラ」
 少女はそう言って立ち去っていく。

「あーあ。折角ファイがのそきする人を成敗できると思ったのにぃーです」
「まぁまぁ、そんな人居ないに越したことありませんよ?」
 ファイリアとウィノナが女子トイレから戻ってくると、既にショーは終わり、ガリガリの男が何やらブツブツ言いながら、二人の前を通り過ぎていく。
「……ったく、どこに行ったんだよ! トイレに行くとか言ってたのに、男子トイレの個室は故障中だぜ……全く……」
 何か引っ掛かったウィノナが、ガリガリの男に話を聞こうとするも、ファイリアはまた別の箇所にいた人物を「怪しいですっ!」と言い、追いかけて行ったために、それは中止せざるを得なくなってしまった。