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リアクション
話は現在に戻る。
ノクトビジョンを装着し、素顔を隠す吹雪は、露天風呂の女湯付近の木々の茂みに中に息を殺して時を待っていた。
ここまでの進入経路も、見通しの悪い森や林などを出来るだけ利用し、【カモフラージュ】等のスキルを使って匍匐前進で慎重に前進してきた所に、吹雪の本気が見え隠れする。
「(そろそろ……話に聞いていた巨猿の集団が来るはず……)」
最後の突入は、巨猿の襲撃の混乱に乗じて行うことに決めた吹雪は、遠くに見える温泉から立ち上る湯気を見つつ、じっとその時を待つ。
そう言えば、自分も随分汗をかいたな、と思う吹雪。女なのだから、堂々と女湯に入ってもよいが、それでは求めていたスリルは味わえない。吹雪はノゾキの達成よりも、スリルを求めて行動を起こしたことを思い出し、自分を納得させる。
ドドドド……
複数の足音が聞こえてくる。
「(……ん? 一つ、いえ、一体の足音が別の方角へ向かってる?)」
美羽や理知や庚達のイコンで、スパリゾートアトラス付近で戦闘をすると被害が大きくなる可能性がある、という事で、巨猿の誘導作戦は、凶司の送り込んだネフィリム三姉妹へとバトンタッチされていた。
パワードスーツ(青)のエクスは、パワードスーツ(緑)のディミーアと一緒に、二人で交替しながら巨猿に上空より近づき、追い詰められないように囮役を担当していた。
機動力を生かして巨猿の頭部周囲をめまぐるしく飛び回り、注意と怒りをひきつけようとするエクス。
「ほらほら、こっちこっち!」
彼女達が予定外だったのが、巨猿の大多数に人間の姿が見えることである。
「罠を仕掛けようとしているぜ、気をつけろ!」
別行動を取る、と言い、一旦離れたシェア大佐に代わって部隊の指揮を任されたアルフが、皆に号令をかける。尚、バレてはいけないため布で顔半分を覆っている。
「……普通こういう場合は罠を回避するんじゃないのか?」
同じく布で顔半分を覆ったエールヴァントが尋ねる。
「それもそうだが、あの男との約束の時間があるからな! このまま突っ切る!」
遊牧民のように肩に乗る巨猿を加速させる。
「……」
パワードスーツ(赤)のセラフは、後方の凶司と連絡を取り合い、巨猿の動きや誘導先をエクスたちに伝える行動隊長ポジションにあった。
「凶司ちゃん? あいつら、猿だけじゃなく、人間がいるけど……」
どっちもある意味猿だけど、と付け加えてセラフが凶司に連絡する。
「人間? 問題ないな、スパリゾートアトラスから誘導して離せばいいだけだ」
「……そうは言っても」
セラフが見ると、エクスとディミーアが必死に煽っているものの、中々思う通りには動いてくれない。
凶司にそれを伝えると、
「……よし、いい調子だ……」
「何がいい調子なの?」
「向こうはノゾキと襲撃を両方同時に行おうとしているんだ。しっかりと稼ぐチャンスじゃないか」
「……」
「ああッ! ディミーア! もうラチがあかないよぉ! 攻撃しようよ、ねぇ!」
「だめよ、エクス。我慢しなさい。私達は警備員なのよ。攻撃は最後の手段!」
「もー! いつまでこうやって囮役を続けるのぉ!! ねー、キョウジー!!」
中々喰らいつかない獲物に、業を煮やしたエクスが怒り、ディミーアが必死になだめている。
「……凶司ちゃん、エクスが限界ぽいけど?」
セラフが再び凶司と連絡を取る。
「そんなハズはない。パワードスーツの整備は完璧だ」
「ううん。中身の方がねぇ……それより、もう少しで施設内に入っちゃうけど?」
セラフが見ると、スパリゾートアトラスはもうすぐそこだ。
「ああ、こちらからでも確認できる」
「……ん?」
目を凝らしたセラフの視界に、小さく見える凶司と、彼の隣の三脚にセットされた望遠レンズの付いたビデオカメラが見える。
「そろそろか……」
凶司が手元の銃型HCに何やらコマンドを打ち込み、ピッとボタンを押す。
「……さぁ、上手くやれよ」
同時刻。
本気で攻撃モードに移ろうとしていたエクス……と、いきなり彼女の高度がガクンと下がる。
「お……っととと!?」
直ぐ様体勢を立て直すが、何やらパラパラと下に落ちていく物体が見える。
「故障? キョウジにしては珍し……」
「おおおおぉぉーー!?」
「な、何!?」
見ると、巨猿達が一気にエクスの方へ向かって来る。
「OK!! やーっと喰らいついた! ディミーア、どっちにつれて……くぅぅ!?」
エクスが見たのは、ほぼ裸同然で飛ぶディミーアの姿。
「で、ディミーア!? スーツが!!」
「へ? ……きゃああぁぁぁぁーー!!」
大空を蛇行するディミーア。
「なによ、この仕掛け!? 聞いてないわよ!」
「キョウジ、ディミーアのスーツに異常発生よ」
「え、エクス!! あなたも!!」
ディミーアに指摘され、自分のパワードスーツを見るエクス。飛行ユニットには問題ないものの、素肌を覆う部分が、無い!!
「い、いやァァァぁ〜ー!!」
パニクるディミーアとエクスだが、囮役としてこれ以上は無いほど、巨猿(というよりその肩の人間)達の注意を引きつける。
「二人とも落ち着きなさい、機能は落ちてない、はず……!」
冷静に行動隊長として指示を出すセラフ。例外なく彼女のスーツもパージされているが、冷静さを失わないところが、隊長たる証拠だ。
「ちょっ……ハメてくれたわねぇ……!」
セラフが凶司に向かって怒りに声を震わせる。セラフが悪巧みには割と冷静なのは、彼女が日頃より凶司を信用はしても信頼はしてない……油断ならないクソガキと見ているためである。
「む、パージ機能が誤作動したか。軽量化し、もっと高速飛行に特化させようと思ったのだが」
「嘘をおっしゃい!」
「幸い異常はない、そのまま引っ張っていけ。エロ猿に覗きもつれて一石二鳥だろ?」
「う、うってつけって……きゃぁぁぁぁーっ!?」
ディミーアは、今や状況をすっかり忘れ、慌てて布地の残骸をかき集め始める。
「あんたか、キョウジーッ!?」
エクスは、慌てながらも凶司の仕掛けに気づくのは、付き合い一番長いためか早かった。
破れたスーツの要所要所を腕や手で押さえ、恥じらいながら「か、帰ったらぶっ飛ばしてやる!」と呟く。
「二人とも落ち着きなさい、機能は落ちてない、はず……!」
セラフが冷静になるよう、エクスとディミーアに呼びかける。
大空を舞う裸の美女を見た、どこぞの高校生と思わしきノゾキが、気勢を上げる。
「ひゃっはー! 空を裸のねーちゃんが飛んでるなんてなぁ!! 捕まえろー! 一緒にフロに入れてやるぜぇぇ!!」
「グオオオ!」
「危なッ!?」
上空へ彼女たちを捕まえようと伸ばしてきた巨猿の手を寸前で交わすエクス。
「ちょ、エクス!? あまり動くと……見えるわよ」
「捕まるよりマシだもん……ディミーア、左ぃ!!」
ディミーアの左から巨猿の手が伸びる。普段は冷静で生真面目なディミーアだが、突然の非常事態には一番弱い。謂わば、順調なときは有能だけどトラブルで一気にへたれるタイプだ。
「たあああぁぁぁ!!」
急加速したセラフが、寸でのところで、ディミーアを抱えて回避する。
「セラフ姉さん!」
「あたしの妹達に手を出させないわよ!」
ディミーアを抱えたセラフが巨猿達に宣言する。
凶司は、録画中のビデオカメラを覗きながら三姉妹の様子を観察していた。
「(コマンドは上手く機能したみたいだな。さらに、いい映像も撮れている)」
画面には、三姉妹が腕で体を隠しながら、巨猿達の誘導や牽制を行う姿が映っている。
「(僕は言ったはずだ。しっかり稼ぐ、と)」
三姉妹の苦闘する映像は、後ほど匿名でネットの裏ルートに売りさばき大儲け……の、予定である。
あられもない姿になりつつも、撤退せず奮闘する三姉妹の姿に凶司が軽い感動を覚えていると、一頭の大きな巨猿に乗った男がすぐ近くを轟音と共に駆け抜けていく。
「(……あれは?)」
その時。
「きゃああぁぁぁぁーーッ!?」
「エクス!?」
エクスの悲鳴と、セラフの緊迫した声が聞こえる。
「む、捕まったか……まぁそういうプレイも需要ありそうだな」
凶司は再びビデオカメラを注視する作業に戻った。