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第12章 ひたすら自分を高めて修行だぜっっっっっっっっ!!

「いくぞ。どこまでも昇り続ける。それだけだ!!」
 ラルフモートン(らるふ・もーとん)は、滝が流れ落ちる絶壁を、フリークライミングする修行を行っていた。
 体力と気力の限界に挑戦し、どこまでも高みへと自分を引き上げていく。
 その過程に、ラルフはいたのだ。
「ラルフー、がんばれー」
 芦原郁乃(あはら・いくの)は、必死に修行するラルフを応援していた。
「たまにはいいね、こういうのも。男は、やっぱり修行だな」
 アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)も、ラルフの修行を見守っている一人だった。
「うおおっ」
 ラルフは叫んだ。
 絶壁を登る途中で、手がかりにしていた出っ張りのひとつが、ガラガラと音をたてて崩れていったのだ。
 慌てて態勢を立て直し、別の出っ張りに手をかける。
 ラルフの全身から、汗が吹き出していた。
 生と死の狭間で、ラルフは己を鍛えていた。
 この崖を登れば、何がみえる?
 何もみえないかもしれない。
 でも、それでもいいのだ。
 登り続けることに、意味があるのだから。
 ラルフは、歯を食いしばった。
 ガラ、ガラガラ
 ラルフの上の方から、何かが崩れてくる音がした。
「うお、うおおお」
 ラルフは、顔をあげて頭上に迫りくるそれをみて、くぐもった声をあげた。
 落石であった。

「くう、熱い!! まるで、この身がとろけていくようだぜ!!」
 古井エヴァンズ(こい・えう゛ぁんず)は、日向で座禅しているだけで、自分の生命が削られていくような感覚を覚えた。
 無理もない。
 エヴァンズは、吸血鬼なのである。
 だが、エヴァンズは、日陰に入らない。
 日光に弱いという吸血鬼の弱点を克服するべく、日向にひたすらい続ける、というのが彼の修行だったのである。
「エヴァンズ、でも、そんなのより、必殺技の練習をすればいいのに」
 本宇治華音(もとうじ・かおん)は、エヴァンズの修行を、パラソルの下でじっと見守っていた。
 万一、エヴァンズが倒れたときに、華音はその身体を日陰まで運んでいかねばならないのである。
 だから、飲料水を入れたクーラーボックスにもたれて、華音はじっと見守っているのだった。
「わかっていない、わかっていないんだ、お前は」
 エヴァンズは華音をちらっとみてぼやきながら、なおも座り続けた。
 全身を焼き焦がすような、太陽の熱い光。
 エヴァンズは、皮膚のうえに徐々に赤いシミがわきだしてくるのをみながら、ひたすら耐えていた。
「くううう、熱い、きくうううううう!!」
 しゅうう
 いつしか、肩から白い煙がわくようになっていたが、それでもエヴァンズは耐えた。
 目をつぶり、涙を流しながらも耐えている。
 何だか、お灸をすえられているような光景であった。

「う、うああ、痛い、いい、ああー!!」
 瀬乃和深(せの・かずみ)は、身悶えていた。
 ビシッ、ビシィッ!!
「この程度がどうした? 耐えろ、耐えるのだ!!」
 セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)は、ひたすら鞭で和深を打っていた。
 打たれるたびに、和深の衣服がビリビリに裂け、ミミズ腫れの浮いた皮膚を露にしていく。
 これも立派な修行なのだが、セドナは、次第に興奮してくる自分を感じていた。
「はあっ、はあっ、不思議だな。何だか、和深の苦しむ姿をみていると、無性に気持ちがいいぞ」
 セドナは、熱い吐息をもらしながらいった。
「そ、そりゃ、ドSってやつじゃないか……って、あいたぁ!!」
 つっこみを入れようとした和深は、再び鞭に打たれて、悲鳴をあげた。
「黙れ、黙れ!! 修行に集中しろ!! 打たれる自分を感じるのだ!!」
 セドナはヒステリックになって、ひたすら鞭をふるった。
 ビシッ、ビシィッ!!
「あ、あい、ああ、はあ」
 和深も、打たれるにつれ、次第に気持ちがたかぶってくるのを感じていた。
 なぜだろう?
 セドナに支配されるということが、こんなに快楽だとは。
 もっともっととおねだりしたくなるような、不思議な気持ちに和深は駆られていた。
「ほら、ほら!! 想っていることを口に出して!! ほとばしらせるんだ!!」
 セドナは、なおも鞭をふるった。
 ビシッ!!
 ついに、鞭は、和深の股間を襲った。
「あ、あがあああああ!! 俺を、俺をもっと打ってくれ!! セドナに仕えさせてくれ!!」
 涙を流しながら、和深は叫んでいた。
「上等だ!!」
 セドナは、和深の尻を蹴りつけた。
「ああ!! そうだ、それがいい!! 蹴りつけて、打ってくれ!!! 俺は、俺は師匠の奴隷でいよう!!」
 和深は、自然とそういうセリフを吐いていた。
 もはや、何のために打たれているかわからなくなっていた。
 だが、それでいいのだ。
 ひたすら打たれる果てに何があるか、それをみいだすのが修行なのだから。
 ただ、打たれて、這いつくばっていればいいのだ。
「あまり、変な世界にいくなよ!! だが、悪くないな。そうだな、こうして打っている間だけ、我の奴隷になれ!! 奴隷よ、お仕置きだ!!」
 セドナは、自分自身さらに興奮してくるのを感じながら、さらに鞭をふるい続けた。
「ああ、いい、いいー!! 俺は、俺は、奴隷だ、奴隷なんだー!!!!」
 その瞬間、和深は、自分の精神がふわっと浮き上がるのを感じた。
 何だか、ひどく身軽になったように思えたのだ。
 鞭うたれ、ひたすら支配される側にまわり、自分をおとしめていくことで、和深は、おごりやたかぶりのない、素直な境地に自分が入っていくのを感じた。
 そうか。
 打たれ続けることで、自分のプライドがリセットされるのだ。
 知らず知らずに、自分はどこかにプライドを持ち、それに縛られて生活している。
 いったんそのプライドがなくなることで、精神的に身軽な境地に入れるのだ。
 それは、明らかな「高み」だった。
「いいぜ、いいぜ、ああ、素晴らしい、いいぜ!! 俺はゲスだ!! 最低な人間だから、師匠に打たれなきゃいけないんだ!! ああ、食い入るぜ鞭!! 俺を締めつけて、痛めつけてくれるぜ!! 俺は最低だけど、最高の境地だ!! いっいっ、あがあああ」
 ついに、激痛の中で、和深は陶酔しながら失神してしまった。
 唇の端に、このうえもない快楽を示す笑みを刻みながら。
 しかし。
 和深は、このように精神レベルを上げることができたが、打ち続けていたセドナはどうであろうか?
「はあ。何だか、ドス黒いものに目覚めてしまったような? そうかといって、我が打たれる側にはまわりたくないからな。うむ」
 セドナは、気を失った和深をみて、複雑な気分になっていた。
 この修行、鞭うつ側は、S属性ばかりが上がって、精神性が上がるということもなく、かえって邪悪な存在にさせてしまうようであった。

「う、うわああああああああ!!!」
 ラルフの悲鳴が、滝壺に響きわたった。
 絶壁をよじ登っていたラルフは、大きな落石に襲われて、抵抗虚しく、落下してしまったのである。
「ラルフー!!!」
「お、おいー!!! しっかりしろ!!! 生きててくれー!!」
 郁乃とアンタルの叫びが、滝壺に虚しくこだました。
 そして。
 ざぶり。
 音がして、滝壺の下の流れの中から、ラルフが頭を出した。
 ぷっと血の混じった水を吐く。
「オレは、大丈夫だ」
 そういって、ラルフは、血のにじむ手を絶壁にかけて、再び、少しずつ、登り始めたのである。
「ラ、ラルフ! どうして、そこまで!?」
 アンタルは、切ない想いで尋ねた。
「修行だから。それだけだ。これぐらい、乗り切れないようでは、オレは大きくなれないのだ!!」
 ラルフは、絶壁を、一度落下してもへこたれず、なおもまた、底から登っていったのである。
「す、すごい!!」
 郁乃は、ラルフの気迫に、ただただ感動した。
「むう。漢だ。まさしく!!」
 アンタルも、認めざるをえない。
 ラルフ モートン。
 実に、絶壁から落下してもなお、もう一度登り始めたそのときに、彼の精神は1段階高いレベルに達していたのである。
 そう。
 絶壁を登りきることで、自分が向上するのではない。
 ただひたすら登り続けることで、自分が向上していくのである。
「オレは負けない!! ウ、ウオオオオオオオガアアアアアアアア」
 ラルクは、吠えた。
 吠え声が、滝壺にとどろきわたる。
 野獣は、より一層、生命知らずの野獣となったのである。

「はあああああ、ダメ! 絶対ダメ!! もうダメ!!!」
 エヴァンズは、華音の手で、パラソルの下に横たえられていた。
 結局、日向での修行は全身に達し、手遅れになる前に、全身赤く腫れ上がったエヴァンズを、華音が回収したのである。
「くう。俺は、修行に敗れたのか?」
「そんなことはありません。吸血鬼でありながら、炎天下の修行に挑戦する、その挑戦しようという心意気だけで、エヴァンズはなみの吸血鬼を遥かに越えた、スーパー吸血鬼の領域に達したんです!!」
 華音は、日向を励ますようにいった。
「そうか。でも、とにかく、痛いんだ、全身が」
 そういって、エヴァンズは失神した。
 華音は、その顔に、優しく、よく冷えたミネラルウォーターをかけてあげた、とのことである。