リアクション
・Chapter22
「ち、出遅れたか……」
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は唇を強く噛んだ。
シャンバラと地球が共同作戦を実施する。それを表向きはまっとうな人間として生きている松岡 徹雄(まつおか・てつお)から知らされたものだが、竜造は放校処分を受けている身だ。他の契約者と一緒に輸送機に乗って上陸、なんてことは難しい。遅れをとるのは必至だったのだ。
(徹雄は、「おじさんに考えがある」って言ってたな。詳しいことは分からねぇが、着ぐるみに動きがあったら戦わなくてもいいだとか)
が、その着ぐるみは正面に一体いるだけだ。ケンタウロス型のものが。いや、ミノタウロスと混ざっているからミノケンタウロスか。
遅れた分を取り戻し、先行する契約者たちを越えて『強者』の元へ到達するには、近道を通るしかない。それが、研究施設の裏口だ。
「あ、あわわ……なんか怖いです……こっち、睨んでますし」
アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が竜造の背に隠れる。こちらに敵意を向けているということは、どうやら徹雄の作戦はうまくいかなかったようだ。
竜造は知る由がなかったが、徹雄が行おうとしていたのは「白津 竜造と関係者に危害を加えないこと』を依頼するというものだった。地球の裏社会では有名な『組合』と呼ばれる対契約者に特化した「非契約者の」請負人互助組織のメンバーの一人であり、調べれば連絡先は出てくる。もっとも、「普通の人間と契約者には絶対的な越えられない壁がある」というのが地球側の常識となっているため、『組合』の存在は眉唾物とされているのが実情だ。徹雄は連絡先は見つけられたのだが、依頼は却下された。パッチワーカーが受けた依頼の中に施設の奪取はあったが、防衛は含まれていないという。ただの時間稼ぎだ。むしろ、依頼の理由づけが『狂人の飽くなき欲望のため――竜造が強者と戦えるようにしたい』というものだったために、「だったら俺の作品たちを突破してみろ」と挑発してきたのであった。
「多少はやりそうだが……知性のないただの雑魚を相手にしてる暇はねぇ」
アユナを着装し、戦闘態勢に入る。
「いるかもわからぬ相手を求めて突き進むなど、私のお脳は理解不能のエンドレスッ! だが、あの『中身』といい、黒幕と噂のマァッドサインティストといい、興味は尽きないッ!!」
ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)がラブ・デス・ドクトルを展開。ザ・メスによる斬撃をミノケンタウロスに浴びせる。
「堅いッ! ならば内側から蝕むまで」
ザ・ウイルスを敵体内に流し込む。だが、効いている気配はない。
「しゃらくせぇ!」
一騎当千により、竜造は最大限の力を発揮できるようになっている。敵の堅さを知ったこともあり、さらに金剛力を重ねてそのままミノケンタウロスを一刀両断した。
「まだ動くのかよ」
しかし、それでも敵にとっては致命傷にならない。
「もう一度だ」
その時である。
ミノケンタウロスに突き刺さる、数十本の銃剣と光剣。合わせて二十……いや、三十本はあるだろうか。次の瞬間、敵の身体が風化していった。
「執行完了ぉ〜大丈夫ですかぁ〜?」
現れたのは、赤い修道服に身を包んだ幼女だ。
(女の子……?)
「何者だ、てめえ?」
竜造が問いかけるも、そこに少女の姿はなく、
「バカぬわぁッ!」
八本の光剣がゼブルの四肢を穿ち、彼を壁面に磔にした。なお、この時彼はミラージュで分身した状態であったが、完全に本体を見抜かれていた。
「ただの悪魔はぁ〜見逃すわけにはぁ〜いきませんねぇ〜」
竜造に向き直り、彼女はのんびりと名乗りを上げた。
「洗礼名ジャンヌですぅ〜本名はぁ〜故郷を『断罪』した時にぃ〜捨てましたぁ〜」
この少女は異常だ。敵うとか敵わないとかではなく、『異質』。比べるべき対象が存在しない。パラミタで魔神や多くの化け物染みた者たちを見てきた竜造だが、彼女の纏う雰囲気は今までに感じたことのないものであった。
幸い、今は誰にも邪魔されず戦えそうだ。
「ん〜その胸元にある羽はぁ〜……」
ジャンヌが竜造の胸元になる、一枚の羽根を凝視した。とある魔神が残したものである。
「たった今ぁ〜あなたはぁ〜『断罪』の対象になりましたぁ〜」
「上等だ。こっちはハナッから死合いたくてウズウズしてたところなんだから――よッ!」
ジャンヌからの第一擲をギリギリでかわし、竜造は彼女の懐へと飛び込んだ。
* * *
「いやぁ、おくれたおくれた……んぁ? あれはー……」
どうにか地下二階までやってきた
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、金髪碧眼の少年の姿を発見した。彼女もまた、輸送機組に遅れ、上陸した者である。
「どうやらあれがボスのようですわね」
「……『敵』に分類して良さそうですね。ラズンちゃんは鎧に、二人は守りをメインに。持って行かれないように」
「イエス、マイロード」
「……パラミタは見た目が幼い方が邪悪だったりするのか?」
ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を身に纏った。
ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の後ろに下がり、シーマがオートガードでいつでも防御できる態勢になる。
なお、今のアルコリアはちぎのたくらみで五歳児の姿になっている。最近はこれがデフォルトだ。
「ほんと、あのかわいらしい女の子が施設の裏側に行ってくれたおかげで助かりましたよ。まともに相手をするには相性が悪過ぎますから」
しかも、ソウルブレイダーだ。教会の聖職者からすれば、人間の魂を弄ぶ存在であるソウルブレイダーは天敵である。が、その力がこの施設内を突破するうえで、大いに役に立った。
「いらっしゃい。っと、キミたちはこの先に行きたいわけじゃないみたいだね。それよりも、もっと楽しいことをご所望のようだ」
イヴィルアイをもってしても、弱点が見当たらない謎の少年。契約者ではないのは、確かだ。だが、現行の人類とは違う。
(生物的な類型としては、天学のユカちゃんが一番近いかなー……)
天学のコリマ・ユカギールと同じタイプということは、精神が発達し、超能力に特化しているということが予測できる。ただ、やはり一度見てみないことには分からない。
「うん、そうなんだけどー……。あはは、ごめんねー。ほんきでころすじゅんびしてきてなくてー」
苦笑しつつ、途中で拾った着ぐるみ――戦隊の五人組を少年にけしかけた。
他の契約者を苦しませた地上一階と地下一階の怪人とヒーローたちであったが、アルコリアは非常に簡単な方法で攻略した。着ぐるみはフールパペットのような死霊術で操られているわけではなく、『生きている』。ならば、死ぬということだ。カタストロフィで生命機能を停止させ、フールパペットで支配権をパッチワーカーから奪取したのである。まともに戦ったら骨が折れる相手であることはイヴィルアイで見抜いていたため、正攻法ではなく必勝法を取れたのだ。
「さて……その気なら、一応自己紹介しておかないとね」
五人組の身体が無残に切り刻まれ、細切れの肉片と化した。
「――コード:アンリミテッド。アンリとでも、呼んでくれ。死狂いのお嬢ちゃん」
既に正面に少年の姿はなく、その声はアルコリアの背後から聞こえる。
「誰も、ボクには追いつけない」
アンリが両手に握る二本のダガーが、アルコリアを捉えた。