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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第4章 邪竜アスター 1

〈黄金の都〉を散策し続けていたガウル一行は、ようやく町の人々を発見することが出来た。同時に、人々とともに幻に囚われていた契約者の仲間たちと合流する。彼らはすでに脱出への道のりを歩み始めていたが、なぜか、黄金都市からは一歩も出られないでいた。
 怪訝に思うガウルたちは、とにかく、町の人々を安全な場所に移動させるように決めた。
 仲間が持っていた『浄化の札』を使い、精神魔法から逃れる区画を作るのだ。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がその役を買って出て、ガウルと、一部の面々は、まだ幻に囚われたままでいる者を、現実に呼び戻す役目を担った。
「つーわけで、正気に戻してやろうか」
 不吉にも拳を鳴らしながら、七枷 陣(ななかせ・じん)が言いつつ、その辺をふらついているラリった一般市民に近づく。
 傍らのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)はハンマーを手に、首を傾げていた。
「ねえ、陣くん。ボクいつもは剣なのに、どうして今日はハンマーなの?」
「そりゃあ、物理的手段による精神魔法からの脱出って方法だからや」
 陣が肩を回して体を慣らしながら言い、
「つまり、町の人の頭をこれで殴って正気に戻すんだね……い、良いのかなぁ、それ」
 リーズは半ば呆れるようにつぶやいた。
 だが、陣は今更別の方法を考えるつもりはないようである。町人に近づくと、『命のうねり』で体力を最大限に回復させ、にこっと笑う。途端、鋭い眼光がきらめいたとき、陣の拳は下腹部を勢いよく打ち上げていた。
 ぐぇっ……、と男性が苦悶するや、どこから取り出したかバットで頭をぶっ叩き、更にボディブローを入れて追い打ちをかけた。
 ばたんっ、と男性は倒れ込む。ガウルらは唖然とそれを見ていたが、やがて、ぴくっと指が動くと、男性は「ここは……?」とかつぶやきながら起き上がった。
「おいおい、嘘だろう……」
 信じられないようにガウルがこぼすと、
「これが物理的手段の真骨頂ってやつや。遠慮なくやっちまえぃ!」
 陣は親指を立てて、仲間たちに告げた。
 それで自信を得たのか、リーズはハンマーを幻に囚われている一般市民にぶちこむ。仲間たちも恐る恐る手伝い、
「無茶苦茶だなぁ……」
「良いんだよっ! 元に戻るなら何だってなっ!」
 陣は身も蓋もないことを言ってのけた。


「ユフィのお父さんとお母さんはいませんかー!」
 契約者たちに導かれる町の人々に向けて、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はそう呼びかけた。どうやら、町の残してきた少女の両親を探しているらしい。
「ユフィのご両親さーん!」
 美羽だけではなく、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も一緒になって、正気を取り戻した町の人々に呼びかけた。
 ぞろぞろと列を作る人々は、コハクたちの声に反応し、ざわめき立った。するとその中から、
「あの、ユフィってもしかして……」
 手を上げて、二人の男女が集団から割って出てこようとした。
 ふいに、道に散乱していた黄金の骨が動き出したのは、そのときだった。かちかちと音を立てて震えるや、一斉に宙に浮いた骨は人型を作り出した。ボーンナイトとなったそれは、現れた二人の男女に襲いかかろうとする。
 そのとき、男女を守ろうと二つの影が飛び出した。
「美羽っ! 左は任せた! いくぞ、レニキス!」
「ああっ」
 ガウルと、そして赤髪の剣士のヒデオ・レニキス(ひでお・れにきす)だった。金髪の獣人は美羽に呼びかけるや、すぐに右のボーンナイトへと挑みかかる。
「う、うん、分かった!」
 美羽は慌てながらも応じ、大剣を手に左へと動いた。
 左右で男女を挟むように体勢を取った三人へと、ボーンナイトの剣が迫る。だが、瞬時にその軌道を見切った三人は、その刃を避けると、反撃に打って出た。ガウルの徒手空拳の手刀がボーンナイトの骨を砕き、美羽の大剣が、相手を頭上から叩き斬る。
 残された一方のボーンナイトが、腰を抜かした男女へと剣を振りかぶるが、
「甘いっ!」
 その前に、ヒデオの刃が敵を斬り裂いていた。
 見事な断面を作って、翼の剣が黄金の骨を両断する。時が止まったように静止したボーンナイトは、次いで、たちまち地面に崩れ去った。
 一連の動作はわずかな時間で終わり、モンスターは元の黄金の骨へ戻っていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
 腰を抜かしていた男女は、男の手を借りて、ふらつきながらも起き上がった。
「あなた方はもしや……」
 男は先ほどの言葉のことを指すような口調で声をこぼした。
 美羽は静かにうなずいた。
「ユフィのご両親ですよね。ユフィが町で待ってます」
 告げた美羽の言葉に続くように、ガウルは両親に事の次第を説明した。ユフィが町に残っており、こうして人々の救出のきっかけを作ったことに、両親は驚きを隠せないでいた。だが、そこにあったのは驚きだけはなく、喜びの慨嘆も含まれていた。
「そう……あの娘が……」
 母は、娘の成長を喜ぶようにつぶやいた。
 両親の相手は美羽に任せ、ガウルは傍を離れた。距離を取っていたヒデオが、剣の曇りをぬぐっているところに近づく。ガウルの存在に気づいたヒデオが、顔をあげた。
「助かった。あなたがいなければ、守れなかったかもしれない」
「いいさ。それが仕事だ。それに、言われなくたって守るつもりでいたさ」
 ヒデオは言って、再び目を伏せるように剣の手入れに戻った。
「ヒデオと……呼んでもいいか?」
 最後にガウルが訊くと、ヒデオはぴたっと手を止め、そして穏やかな微笑を浮かべながらガウルを見返した。
「構わない。好きに呼んでくれ」


 暗い場所で、銀髪の男が座っていた。
 男は優雅な仕草で遠くを眺めやっている。そこに、鮮やかな金の髪をした少年が駆け寄ってきた。少年は、男に何かを言った。それを耳にした男は、優しげに微笑んで少年を見つめた。少年も、幸せそうに笑う。二人は小指同士で指切りをしながら、笑い合った。
 その光景を見つめていた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、
「どうして、これが……」
 と、愕然としながらつぶやいた。
 だが驚きは一瞬のことだった。こんなものは現実じゃない。視界を振り払うように首を振ると、翡翠は冷淡な瞳で、目の前の光景に銃を向けた。
 躊躇無く、引き金を引く。
 その光景は鏡を貫くように粉々に撃ち砕かれ、気づいたとき、
「マスター? どうしました?」
 隣で、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が心配そうに顔をのぞき込んでいた。
 翡翠は現実感を取り戻すのにわずかな時間を要した。そうか。これは現実か。ようやく事の次第を認識し、翡翠は笑みを浮かべた。
「……大丈夫ですよ。いきなり幻が出たので、驚いただけです」
 言いながらも、その笑みが痛々しく、無理やり顔に張りつけただけのものであることを、美鈴は気づいていた。だが、口にする事はなかった。
 しばらく翡翠を見つめ、美鈴は、
「街中にいると、誰でも幻を見ることがあるんですね」
 そう言って、話を淡々と続けた。
「そうですね。町の人の誘導をしていたはずなのですが、いつの間にか、でした。気を付けなければいけませんね」
 今度こそ、翡翠は確かな微笑を浮かべてみせた。
 どうしてあのような夢を見たのか、翡翠には分からなかった。恐らくは、潜在意識によるものだろうが、あまり気分が良いものではない。会いたいと自分が思っているということだろうか。――そんなもの、捨て去ったはずなのに。
 ふいに、美鈴が言った。
「マスター、次に幻を見そうなときは、私の手を握って下さいませ」
「美鈴さんの?」
「ええ。そうしたら……少しは、現実を感じることが出来るかもしれませんでしょう」
 美鈴が言った一言が、どれだけ翡翠の心に染み込んだことか。翡翠は美鈴がそんなことを言うのが驚きで、目を丸くしていたが、やがては、
「……そうですね」
 言って、穏やかに微笑んでいた。


 エースが持つ『浄化の札』が作った一画に、正気を取り戻した町の人々が避難してゆく。
「無事にみんな、元に戻ったのは良いけど……出口はないのは、困ったものだね」
 誘導しながら、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言った。
 幻覚に囚われないようにと注意深く事を進めていたつもりだったが、町全体が霧に包まれ、出口を見失っては、正解を導き出すことは難しかった。
「でも、まだ町の人を避難させられたのは良かったわよ」
 メシエと一緒に町の人を誘導するリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が言った。その言葉に、メシエはうなずいた。
「そうだね。まあ、とりあえずのところは、だけど」
「それって、どういう意味?」
「そりゃあ、出口が見つからなければ……いつかはここで衰弱死するって可能性もあるだろう? もしかしたら邪竜アスターとかいう竜の目的は、それにあったのかもしれないね」
 メシエの不穏な推測に、リリアは顔をしかめ、
「そんなの、駄目よっ。絶対にっ」
 言うが、口に出したところでどうとなるわけでもなく、かすかに無力さを感じた。
「焦っても仕方ないさ、リリア」
 ふいに、近寄ってきていたエースが言った。
「朝斗君や、そのほかにも仲間が、どうにか出口を見つけ出そうとしてる。彼らに期待しておこう」
 エースは全く焦った様子を見せず、顎に手をやりながら、飄々と言った。
 リリアはそれに眉根を寄せた。あまりにも冷静沈着であるのが、行動派のリリアからすれば納得いかなかったのだ。だが、リリアはかつてのようにわめき立てるのではなく、エースの言う事も一理あると思い、いまは自分の役目に戻ろうと、人々の誘導を再開した。
 離れた場所に向かっていくリリアを見やって、メシエは言った。
「少しは成長したということかな」
「そうだね。仲間に任せるってことも、必要だと知ったんじゃないか」
 エースが答える。
 二人は笑い合って、リリアが人々に声をかけるのを遠くに見た。