リアクション
● 〈黄金の都〉に足を踏み入れた数々の契約者達の影の中で、ひときわやる気がなく、喚き散らすものがいた。 「あ〜、やだやだぁっ。暇だし、何も事件は起こらないし、眠いし、お酒はないし……邪竜アスターとかいうのはどこにいるってのよぉ」 普段はのほほんとして眠たげに周りを観察しているだけのリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、前方にいる男に向かってそう言い散らかした。 「そりゃ、ここの親玉みたいなものだろ。そう簡単に出てくるかよ」 男は振り返って、呆れるような口調で言った。 端整な顔立ちだが、どこか愛想のなさが目立つ気だるげな若者だった。 その左右には三メートルはあろうという竜が二匹ほどいる。リーラが体内から解き放った竜型機晶生命体である。二匹の竜は我が主人であるリーラを眺めやっていた。 一人と二匹の視線を受け止めながら、リーラはぶすっと頬を膨らませた。 「そんなこと言って、時間が経てば経つほどこっちは危ういってことを、真司は理解してるのかしらね〜」 「どういうことだよ?」 「後ろを見てみなさいよ、ほら」 リーラが言って、振り返った先には、二人の少女がいた。 一見すると、見た目はまったく一緒に少女達だった。長い銀の髪に白い肌と、細身の身体から細面に至るまで、まるで双子のようにうり二つである。唯一違うのは、瞳の色と、その身に纏っている羽みたいな光輝のオーラだった。 一方は赤いオーラだが、もう一方は青いオーラである。それは瞳の色と同色で、まるで青と赤で少女らを区別しているようだ。服装も同じで、一方は青の線が入った服を着ているが、もう一方は赤い線が入った服を着込んでいた。 金銀財宝で出来た街は物珍しく、二人の少女はきゃっきゃと騒ぎながら黄金都市を楽しんでいた。 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は頭を掻きながら、 「おい、お前ら、はしゃぐのはいいけど迷子になるのだけはやめてくれよ」 二人に言うと、一方の赤い少女が心外だというように真司を見返して、 「酷い言われようね。ヴェルリアじゃないんだから、そう簡単に迷子になったりは……」 反論したが、ふとヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)を見ると、当の少女はうるうると涙を浮かべてフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)を見ていた。 「ヴェ、ヴェルリア、そんな悲しい目でこっちを見ないでくれる」 「だって、フレリアお姉ちゃんが酷いこと言うから〜」 「その『お姉ちゃん』っていうのやめなさい。言われるこっちが恥ずかしいのよ」 顔を赤くしてフレリアが言うと、ヴェルリアはしょぼんとなり、 「…………はい、分かりました」 肩を落としながら明らかに意気消沈して言った。 リーラや真司の非難めいた目がフレリアに注がれる。ぐっと息を詰まらせたフレリアは、慌ててヴェルリアの背中に声をかけた。 「ま、まあ、たまにならいいけど、ね」 「ほんとですかっ! フレリアお姉ちゃん!」 「たまにならよ、たまにならっ! こら、抱きつかないのっ!」 ヴェルリアをぐいーっと引っぺがそうとするフレリアを見やりながら、真司はくすっと笑って、前に向き直った。リーラがにやにやと見ている。 「……なんだよ」 「べっつにぃー。お子さん二人を抱えたお母さんは大変そうだなぁって思っただけよぉ」 「からかうのはよせよ。別にそういうんじゃないんだから」 真司は言って、リーラの視線から目を逸らした。 本当に、何か特別な意図があったわけではないのだ。ただ二人が仲良くしているのを見ると嬉しくなっただけだ。二人が生まれたのには数々の経緯があって、それを乗り越えて、いまの二人が存在している。共に、生きる者として。 そのことを嬉しく感じつつ、真司は何気なく歩き、曲がり角について、 「二人とも、いつまでも遊んでないで、さっさと――」 振り返って、二人を呼ぼうとした。 しかし、リーラの頭の更に向こう側――それまで二人がいたはずの場所には誰もおらず、風だけがぴゅううぅぅと過ぎ去った。 「……おい、まさか」 リーラも後ろを振り返り、向き直ってから、間を置いて肩をすくめた。 「案の定、ね。お母さん」 「だから言ったのによ……ったく……」 いつも通り迷子になった二人に、真司は今は嘆くしかなかった。 |
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