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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第4章 邪竜アスター 4


 八重が振るう大太刀は業火を帯びており、その斬撃が、宵一達に容赦なく襲いかかってきた。
「黄金の都の平和を乱す悪人共! 悪を許さぬ私の炎……恐れぬならばかかってきなさい!」
 ずけずけと、自分が正しいかのように八重が言い放つ。宵一達は面倒くさいことになったと思いながらも、手を抜いてはやられるため、八重と全力でぶつかり合っていた。
 御影 美雪(みかげ・よしゆき)が斬り込んでいく。両手のカタールが翠に輝き、八重の身を斬り裂こうと幾つもの方向から、振るわれる。八重の大太刀がそれとぶつかり合い、両者の間に激しい火花が散った。
「八重さん、目を覚ましてくれ! こんな、人の心を弄ぶような奴に……負けちゃいけないんだ!」
 美雪が八重の心に呼びかけた。かすかに、紅い瞳が揺らぐ。
 美雪にとってアスターは絶対に倒すべき存在だった。他人の心を幻で惑わすなんて、そんな汚いやり口は許されるはずがない。思い知らせたいのだ。奴にも、人の心は、そんなものに惑わされるほど弱いものではないと。
 紛い物のお山の大将ほど、哀しいものはない。美雪はそう思っていた。
 だが、美雪がカタールを振れば振るほど、その身が傷ついてことを本人は自覚していなかった。次第に刃は相手と自分との両者に血飛沫を上げさせる。頬に傷が奔り、腕に傷が奔り、血が宙を舞うのだ。それを癒やすのが、美雪の後ろで一定の距離を取って、戦いをサポートする風見 愛羅(かざみ・あいら)の役目だった。
「まったく……たまには私の苦労も分かって欲しいものですね」
 愛羅はぶつぶつと言いながらも、『ヒール』の魔法で美雪の傷を回復させる。美雪はそれにちらりと視線で礼を返し、力を取り戻した腕でカタールを振るった。
 まったく、世話が焼けるパートナーである。愛羅は苦笑して、
「バカ……」
 と呟きながら、戦いのサポートを続けた。
 八重の大太刀と刃を交えるのは、なにも美雪だけではなかった。二対の刀を振るい、無尽蔵並の攻撃を、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が繰り返していた。時には、鞘や、その地に転がっている石つぶてまで使う。八重の大太刀も見事にそれを弾き返すが、一進一退の攻防が続いていた。
 偲は、だが、こうして戦いに身を投じながらも、ふと自身の契約者のことを思い起こしていた。〈黄金の都〉に向かったと聞いていて、町の人々の中にその姿を認めたが、果たして、何をしているというわけでもなかった。バカは所詮、バカだった。
「バカにやる薬はありませんね……」
 偲は心の中でぶつくさ文句を口にする。だが、そうしながらも、どこかで、その人物の事を心配しているのでもあった。
 宵一が、自身のパートナー達とともに、八重と刃を交えていた。
「くっ、このぉっ! さっさとやられろですわっ」
 空飛ぶ箒に乗って、空中から『我は射す光の閃刃』の魔法を放つのは、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)だった。光の刃が頭上から降り注ぐのを、八重ははっと気づき、後退した。
 魔法の牽制にひるむ八重に、宵一と、そして二丁拳銃を手にしたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が、連係攻撃を繰り出す。
「宵一っ、やるでふっ」
「わかってるっ!」
 銃弾が飛来するのを、大太刀を振り回して吹き飛ばす八重に、宵一の剣が、凄まじい疾風とともに放たれた。
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、巨大な剣とともに、そこに斬り込んだ。
 狼型機晶生命体の一種が変化した大剣である。白銀の刃が紅い大太刀が帯びる炎とぶつかり合うと、白光のごとききらめきを散らす。
 煉は、八重の瞳が徐々に、静かな自己意識を取り戻すのを、確かに見た。だが、同時にその精神魔法の力が煉の中へと侵入を試みてきた。
 煉の脳裏に追憶が去来した。瞼の裏に浮かび上がったのは、たくさんの戦死者の姿だった。それは、かつて戦場で死んでいった戦友達の姿である。同年代ぐらいの男女と一緒に、兵舎の傍で焚き火を囲みながら、ともに笑い合う自分がいた。
 続けざまに、追憶はいくつもの光景を煉に見せつけた。彼らと剣を交えて鍛錬に励んだ時。戦争が始まった時。降りしきる冷たい雨の中、戦死した友を抱きかかえ、泣き崩れた時。――自分を敵の攻撃から庇い、刀を託し、死んでいった幼なじみの微笑み。
「……こいつは確かに魅力的な光景だな」
 哀しみと、しかし、それ以前の幸せだった日々に、心から歓喜が湧き起こった。
「だがな……」
 煉は虚無の中に生まれる追憶に向けて、剣を振り放った。
「幻は所詮、幻だ。それがどんな魅力的な世界であっても現実じゃない。そんなものを見せられても――俺は動じない」
 途端、煉の世界は現実を取り戻した。
 眼前で、八重と刃を交錯させていた状態にあった。顔が近い。紅い瞳の中にあった色濃い闇が薄れていき、やがて、八重の目には光が取り戻されてきた。
「――あれ……? 私、どうしてここに……」
 呟き、八重は大太刀を取り落として、へたん、と脱力しながら腰を落とした。突然の事に気が抜けてしまったようだった。
 ブラックゴーストが、宵一の手に引かれてやって来て、
「良かった。元に戻ったのだな」
「ブラックゴースト……そっか、私……」
 そこでようやく事の経緯を思い出したようで、八重は呆然と呟いた。
 仲間達も八重の周りを囲み、その生還を喜ぶ。
 するとそのとき、ふいに視界が歪み始めた。
「なんだっ……」
 誰かが叫び、慌てて周りを見回す。波紋は黄金都市全てに広がっているようだった。ふいに、真っ白な閃光が視界を包み込み、八重達は咄嗟に目を覆うことしか出来なかった。
「ぐぁ――――っ」



 気づいたとき、八重達と、そしてガウル達は、森の中にいた。
 深緑に囲まれた深い森の奥である。清涼な香りが辺りを漂っていて、そこが、汚れていない自然そのものの空気であることを感じることが出来る場所だった。仲間達はそれぞれが思い思いの困惑を顔に浮かべ、きょろきょろと辺りを見回している。
 だが、ガウルだけが、驚愕を露わにしていた。
「ガウル……どうしたの?」
 ルカが心配そうに訊いた。不安も、その瞳には混じっていた。
「この森は……見覚えがある。これは……私が――」
 ガウルが愕然としながら呟いた。そのとき、木々が急にざわめき始めた。遠くから、何者かが森を掻き分けて近づいてきているのだ。どうやらそこには馬もいるようだ。馬蹄の音がかすかに響き、仲間を呼ぶ声も聞こえた。
 間もなく、木々を割って、その集団は正体を現した。
「貴様らっ、何者だ!」
 集団は獣人の戦士たちだった。槍を手にした屈強な男達が、ガウル達を囲み、その切っ先を向けてきた。一瞬、仲間のうち何名かが、腰の武器に手を伸ばして反撃の意思を見せたが、切っ先が近づいてきたため、その手をぴたりと止めた。無言の圧力が、抵抗を許さぬことを告げていた。
 ゆっくりと、ガウル達は両手を上げて、自分達に害がないことを示した。
 獣人の戦士達が中央を空けて左右に割れる。その向こうから、馬が近づいてきた。馬上に乗っているのは、一人の男である。
「まさかこのようなところに、これだけの軍団がいるとはな。どこの部族の者だ? ……それとも、都会の種族たちか」
 男が低い声で問い詰めるように言った。
 その男の姿を認めたとき、ガウルの目がこれ以上ないほどに見開いた。
「まさか……そんな……」
 信じられないというような、震える声が漏れ出す。最後にガウルが口にした名前は、仲間達にとっても驚愕の事だった。
「ゼノ……クオルヴェル……」
 それは、ガウルの今は亡き親友の名前そのものだった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

 シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
 まずは大幅な遅延公開となったこと、大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。

 今作は獣人シリーズ・ガウル編の最終シナリオとなる予定の第1回となっておりますが、いかがだったでしょうか。
 私自身は、色々とたくさんの方の過去を垣間見ることも出来て、とても興味深く、面白く書かせていただきました。
 これもひとえに皆さんのアクションのおかげです。いつもありがとうございます。

 ところで夢と言えば、最近は私は怖い夢をよく見ます。包丁を持ったお婆さんに高速道路で全力で追いかけられるという、コメディなのかホラーなのかよく分からない夢ですね。私はホラーに感じていて、かなりの恐怖を感じているのですが、友人にこの話をすると笑われてしまいます。やはりコメディなのでしょうか。
 なんだか関係ない話になってしまった気がしますが、ここで失礼を。

 それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
 ご参加ありがとうございました。

 ※10月22日 リアクションを一部修正しました。