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幻夢の都(第1回/全2回)

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幻夢の都(第1回/全2回)

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第1章 金の狼 2

 ガウルは一部の仲間達と共に〈黄金の都〉の調査に繰り出していた。その他の仲間達もそれぞれにチームを組んで各地へ散開している。人の気配は今のところ見受けられないが、広い都市である。どこかに町の人々がいるかもしれないと考え、とにかくその姿を見つけるのが先決だと考えていた。
 金に輝く街路を踏みしめながら歩くガウルへ、ふと男が声をかけた。
「なあ、ガウルの旦那。あんたも相変わらずややこしい仕事に巻き込まれるな」
 スキンヘッドにした禿頭に刺青をびっしりと入れた男だった。それに加えて顎ひげと眼鏡をかけていて、一見すると厳つい印象を受ける。しかし口調はくだけて柔らかく、冷然さと軽薄さが混じり合っていた。
「ややこしい仕事と考えたことはないさ」
 ガウルも幾分かくだけた口調で男に答えた。
「それよりもお前こそ、どうしてその“ややこしい”仕事を受けたんだ、アキュート。わざわざあるかどうかも分からない黄金都市に足を踏み入れる必要はなかったんだぞ」
「そういう仕事の後こそ、酒が美味いのさ」
 アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)はにやりと笑いながら、酒を取り出して見せた。
「あんたもイケる口だろ? 仕事が終わったら一杯やろうや。カルキも一緒だ」
 言って、アキュートは後ろに振り返った。どすん、という音は一回り巨大な影が地を踏みしめた音だった。両翼を畳んだ小柄な竜が(それでも、ガウルらよりも身長はあったが)、ガウルたちを見てにやっと笑っていた。
「日本から『大吟醸』を取り寄せたんだ。美味いぜぇ、こいつぁ」
 酒瓶を見せつけながら、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が言う。
 ガウルは感嘆の声をこぼした。
「ほう……日本酒は初めて飲むな。楽しみにしておこう」
 酒の話題で盛り上がる面々だった。するとそこに、アキュートの鞄にくっついていた小さな影が口を挟んだ。
「アキュート、安易に約束しちゃダメなのですよ〜。そういうのを『しぼうふらぐ』って言うらしいのですよ〜」
 花妖精のペト・ペト(ぺと・ぺと)である。いつもアキュートの荷物にくっついてくる人形サイズの少女は、心配なのか軽口なのか分からないことを言っていた。
「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ」
 アキュートは顔をしかめながら言い返した。
「こないだ見たTVで、えいがひょうろんかって人がいってたのです。間違いないのです〜」
 やけに自信満々に胸を張ってペトが言うのへ、
「……そのTVの内容は解らんが、ろくでもねえ評論家ってのは解った」
 アキュートは呆れながら言った。
 ふとそこに、小柄な女の子が話しかけてきた。
「あ〜、やだやだ。おじさんたちったらお酒の話題なんかで盛り上がっちゃってさ。本当に死亡フラグでも立ってたらどうするのよ」
「っと……なんだ、菫の嬢ちゃんか」
 アキュートは振り向き、肩をすくめて立っている茅野 菫(ちの・すみれ)を見た。
「私はおじさんじゃない。アキュートたちと一緒にするな」
 むっとしているガウルが言うのへ、
「おいおい、待てよ。俺だってまだおじさんなんて呼ばれる歳じゃないぞ」
「俺だってそうだ。人間の年齢ならまだまだ若いんだからな」
 アキュートとカルキノスが反論した。やれどっちが若いだの、どっちが年寄りだのと話し始める三人を見ながら、
「あたしたちからすれば、三人とも一緒で『おじさん』よ」
 やれやれと肩をすくめつつ菫は言った。
 菫の歳はわずか十二歳。ならば、確かにそれはそうなのだが、まだ若々しさを保っていたい彼らからすれば釈然としないものが残る。そんな彼らを見ながら、菫はくすくすと笑っていた。
 それからしばらく、アキュートたちは酒の談義で盛り上がっていた。最初こそそれに参加していたガウルだったが、人気のない黄金都市に目をやりながら、静かに距離を取っていった。
 そこへふいに、獣人の女が声をかけた。
「ガウル。何してるの?」
 ガウルと同じ狼の獣人である女だった。後頭部で束ねた赤い髪が燃えさかる炎のようでよく目立つ。加えるならその下に強気な顔立ちがある。まだ幼いといって良い顔つきだが、一人の戦士たる雰囲気は纏っていた。
「リーズ……それに唯斗たちか」
 ガウルはリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)と、その後ろにいた数名の男女に目をやった。
 忍び装束を着込んだ男は、リーズに並ぶようにしてガウルを見返した。どこかものぐさな態度であるその男とリーズとを、ガウルは交互に見つめた。
「……な、なによ?」
「まさかお前達が契約を交わすとはな。思いもしてなかった」
 ガウルが感心するのへ、
「口説き落として連れてきちゃいました、てへっ」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は照れながら言ったが、
「ちっがーうっ!」
 ガンッ、とリーズの拳がその後頭部を殴り飛ばした。
「べ、べつに口説かれたとかそういうんじゃないから! 単にちょうど良かったっていうか、タイミングが良かったっていうか、そんな感じだから!」
「……そ、そうか」
 手を振りながらあたふたと説明するリーズに、ガウルは戸惑いながら答える。
 リーズらの後ろにいた少女が、くすくすとその様子を笑って見ていた。
「そこっ! 睡蓮も笑わないの!」
 リーズがびしっと指を突き出して注意すると、
「ご、ごめんなさい」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は笑いながらも謝罪の言葉を口にした。
 そんな彼女らの様子がほほ笑ましく見えて、ガウルは微笑した。
 と、そこへ――
「なあ、ガウル」
 獣人の少年が話しかけてきた。
「昶か」
 ガウルは振り向いて少年の名を呼んだ。
 黒髪の獣人である。ガウルらと同じ狼の獣人のようだが、その毛並みの色は違う。ガウルたちは焦げた茶の耳と尻尾を生やしているが、白銀 昶(しろがね・あきら)のそれは漆黒だった。少年特有の無邪気さと勇壮さを併せ持った顔で、昶はガウルに訊いた。
「実はこの間、リーズの集落に顔を出したんだ」
「ああ、聞いてる。唯斗とリーズが契約したのも、その時なのだろう?」
「そっか、聞いてるのか。なら話は早いや。その、ちょっとガウルにも訊きたいことがあってさ」
 昶はわずかに逡巡して、口を開いた
「ガウルは、『獣人の試練』ってのを受けたことがあるのか?」
「…………昔な」
 過去のことを思い出しながら、ガウルは答えた。昶はそこでもう一度だけ躊躇いを見せた。恐らくガウルの言う過去というのは、魔獣となる以前の話なのだろう。そこに踏み込んでいいものかどうかを迷ったのだ。
 しかし、ここで話題を終えるのもおかしな話だ。昶は半ば諦めながら、余計に気を使わせることがないように慎重に訊いた。
「そこで、ファランってやつに会ったことがあるか?」
 言うと、ガウルはかすかに眉根を寄せた。
「懐かしい名前だな」
「……会ったことがあるのか」
「獣人の試練ではないがな。私にとってファランは戦友だ」
 ガウルの言葉を受けて、昶は目を見開いた。予想してなかった答えだったのだ。しかし、そうか。考えてみればそうかもしれない。ガウルは魔獣となって、幾分かの時を封印されながら過ごしてきたのだ。リーズの祖父であるゼノ・クオルヴェルもその時は特別だったとはいえ試練の洞窟内に現れたことであるし、ファランとガウルらの生前の時が被っていたとしてもおかしな話ではなかった。
「……そっか」
 昶はファランのことを思い出しながら、考え込むようにつぶやいた。
 あの時、狼の血に支配されかけた自分を諭してくれたのはファランだった。あのまま血の支配が続いていれば、行き着く先は魔獣だったかもしれない。ガウルはかつてその支配に負けて、今の自分で居るのだ。
 昶が顔をあげると、ガウルはすでに彼から目を離していた。
 その目は遠い日の何かを思い出そうとしているようだった。