リアクション
● 「さあ、かかってきなさい! 我がスマイルの力、とくとお見せいたしましょう!」 男の声が黄金に彩られた室内に響いた。 果たしてスマイルがどれほどの力を男に与えるかは未知数だが、ぎょっとするような満面の笑みを一面に浮かべた男の拳は、襲いくる得体の知れない敵どもを一様に吹き飛ばした。 男は頭をスキンヘッドにした筋肉隆々の巨漢である。『マッスル』という言葉がよく似合う、どこぞのボディビルダーさながらの肉体をしていた。 その拳ともなれば力は推して知るべし。飛びかかってくるのは、金貨に細かい脚の生えた虫に黄金の骨で出来たボーンナイトという、仮初めの命を与えられた無機質なモンスターどもだったが、男の拳に次々と叩きつぶされていった。 「は〜はっはっはっはっ! セラさん、ごらんなさい! どうですか、私の戦いっぷりは!」 男は満面の笑みのまま声を轟かせる。 それを眺めやった少女は、 「はいはい、御苦労さまです、ルイ。すごいですよー」 パチパチとやる気のない拍手をしながら、棒読みの賞賛を口にした。 少女の頭の中にあるのは、どうして自分たちがこんな場所で得体の知れないモンスターどもの相手をしなくてはならないのか、という不条理への不満だった。 発端はルイ・フリード(るい・ふりーど)は迷子になったからだった。それだけ聞くと滅多にないことに聞こえるだろうが、ルイが迷子になるのは日常茶飯事である。迷子というよりは思考回路が好き勝手過ぎるというべきかもしれないが、いずれにせよシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)にとっては忌むべきことで、迷惑であることに変わりはなかった。 そんなルイが黄金都市で迷子になっているのを見つけたのはいいが、今度は町の人々が困っているという話を耳にして、〈黄金の都〉の主である邪竜アスター退治をしようと言い出した。 最初こそ反対したセラだったが、 「泣いている子供を放ってはおけませんよ!」 真っ直ぐな瞳で言われてしまっては、断ることが出来なかった。自分のことをお人好しだと後悔しつつも、セラはルイのアスター探しを手伝っているのだった。 「両手を腰にそえ、オーラを限界まで圧縮!」 口に出しながら、ルイは両手で空間を挟むようにして腰ごと身体を引いた。 「目標が定まり次第に!」 身体に纏っていた闘気のオーラがルイの両手に集まり、球体の形を作った。 「波○拳!」 著作的に危ういことを口走りつつ、ルイの両手が花開くように敵に放たれる。 放射されたオーラは光線を描き、黄金のボーンナイトと金貨虫らを次々と吹き飛ばしていった。黄金のモンスターどもが砕かれつつ葬られるや、後に残ったのはひらひらと舞う金粉のような粉塵の金だった。 ルイは振り返って、キランと白い歯を光らせながら笑った。 どやぁと言いたげなその顔を、セラは無邪気な子供を見るような目で見て、 「よくできました」 パチパチと最後の拍手を奏でた。 ● 誰か、ということを考える時間はなかったかもしれない。 霧の中で少女の目の前に現れたのはかけがえのない人だった。 それは少女がなくした日々の追憶である。目の前に現れた男は優しげな笑みを浮かべ、少女に手を差し出している。何か口を開いたが、その声は周りに反響することなく、少女の頭の中だけに響いた。 少女もまた男に何かを囁いた。その声は男の頭だけに響いたかもしれない。霧の中には少女と男以外には誰もおらず、それを知りうることは出来なかった。 少女は男の名を叫んだだけだった。どうしてそこにいるのか。生きていたのか。嬉しさがこみ上げてくるが、同時に理性的な部分が疑いを持っている。前に一歩踏み出すことを躊躇わせている。 男はそんな少女の心を察したように踏み出してきた。一歩ずつ近づいてくる男の足音が少女の耳に届く。男の顔も少しずつ近づいてきて、少女はその顔立ちをはっきりと見て取ることが出来るようになる。 ああ、似ている。やっぱり自分たちは血を分けた兄妹なのだと少女は実感した。 少女は燃えるような赤い長髪に意思の強さを感じさせる炎を宿すような赤い瞳をしていたが、いまは迷いによってその炎が気弱に揺れていた。炎の中に兄の姿が映り込む。 三年前と全く変わらぬ兄の姿を見つめるや、ふと少女は気づいた。 三年前……? 天秤が怪しさへと傾くや、ふいに、地をかき上げるような風が巻き起こった。 「フリッカ、大丈夫ですか?」 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が目を開いたとき、視界を覆い隠していたのはルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の顔だった。セミロングの銀色の髪が両端から垂れ下がっている。その中で、普段は柔和に微笑を浮かべていることが多いルイーザの顔が、心配そうにフレデリカをのぞき込んでいた。 「私……?」 ようやく意識を取り戻して、フレデリカは上半身を持ち上げようとした。 と言うことは、それまで仰向けに倒れていたということだ。ルイーザは返事を返したフレデリカを見て安堵し、顔を引き離した。上半身を起こしたフレデリカは、自分が黄金都市の、戦場跡のような瓦礫の上に倒れていたことを知った。 「どうして、こんなところに……?」 「霧が出てきたんです」 ルイーザはフレデリカの疑問に、周囲に視線を配りながら答えた。 「そうしたら、突然フリッカがふらふらとどこかに行ってしまって。探したんですよ、ここまで」 「霧?」 フレデリカは言いながら、ルイーザ以上に辺りを見回した。 「今はもう消えてしまっていますけど――フリッカには清浄化の魔法をかけたんです。そうしたら、倒れ込んでしまって。しばらくして目を覚ましたというわけです」 「私は風が起こったように見えたけど……」 フレデリカは考えながら、足も立ち上がらせて全身で起き上がった。 座りながら目線を合わせていたルイーザも同じように立ち上がる。ルイーザが見守る中で、フレデリカは情報を整理した。 風が見えたのは自分の深層心理の中かもしれない。そこにはまだ霧の姿があった。そして見たのは、幻――兄の幻だ。 今でも思い出すと切なさがこみ上げてくるが、それはいまは無理やり思考の端に追いやった。 霧はもしかしたら魔法の媒体か何かかもしれない。相手の頭の中に入り込んだ霧はその力で幻を見せるのだ。清浄化の魔法で解けたということは、誰かに助けてもらわない限りは永久に幻を見続けるということか。 フレデリカは今のところ考えられるかぎりの事は考え、ルイーザに視線を戻した。 「とにかく、同じように霧で幻を見せられている人がいるかもしれないわ。町の人も見つけないといけないし……もう一度町を見回ってみましょう」 「そうですね」 ルイーザはうなずいて同意した。 二人は方向性を決めて歩み始める。ふいにそのとき、ルイーザが、 「ところで、フリッカ」 「ん?」 「どんな幻を見たんですか?」 興味も含んでいるのだろう。何気ない口調でルイーザは訊いた。 幻の兄のことを思いだし、フレデリカは答えるのに一瞬だけ詰まったが、何事もなかったかのように、 「大したものじゃなかったわよ」 ルイーザから目線を逸らしながら薄く笑った。 「……そうですか」 ルイーザはフレデリカが涙を隠すように笑ったのに気づいていたが、何も言わなかった。フレデリカが見た幻が何であるのかは想像の範疇でしかなかったが、何となくそれが何であるのかは分かっていた。 それでも、強くあろうと、ルイーザは思った。 ● |
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