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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【非リア充の怨念】

 異様な熱気と、鼓膜を打ち破かんとする程の大歓声が渦巻く地下闘技場
 大半が薄暗い闇に覆われる中、四角いリングだけは真っ白なライトに照らされ、不自然な程に周囲の闇から浮いており、だがその場の主であるかのように、当然の如く、そこに鎮座している。
 あまりに激しい戦いが繰り広げられる為、リングサイドは試合形式によっては通常の三倍近い広さの空間が確保されることもあるという。
 今宵、2023年2月13日の夜は、特に熾烈な戦いが観客達を魅了することになるだろう。
 聖ヴァンダレイことヴァンダレイ・シルバ率いるリア充撲滅の為の刺客軍団に対し、ヴァレンタイン・デイのイベントが開催されると騙されて送り込まれてきた幾組のカップル達が、地上への脱出権を賭けて絶望的な戦いを挑もうとしている。

 試合開始前、カップル側。
「全く、折角のバレンタインだっていうのに台無しだよ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が不満を露わにしていた。その直後、「初めてのバレンタインデートがぁ……」と嘆く。
「本当、なんでこうなるかなぁ……」
 落胆したかのようにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が呟くが、その視線は照明やカメラなどに行っている。どうやらいざという時の脱出計画を練っているようであった。
「まぁ、面倒事にはなりましたが……」
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は拳を作り、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ココのところイコンの任務ばかりで身体を動かす実戦任務が無くて困ってたトコなので良い実験台になってもらいますか。それくらいの見返りはあってもいいでしょう」
「そうよねー、素敵すぎる『熱い夜』企画してくれんだから、こっちもメラメラ燃える熱い殺意で応える必要もあるわよねー?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が笑うが、全く目が笑っていない。
「ええ、ま、こっちは正々堂々とやらせてもらうだけですよぉ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はそう言って笑った。

 一方、非リア充。こちらでは様々な思惑が揺らめいている。
「……どいつもこいつもでかい乳揺らして……! 何よ、嫌味なの!? 男もでかいってだけで」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、参加者のカップルたちを見て吼える。別に皆巨乳というわけでないのだが、理沙の目には巨乳しか映っていないようである。
「……リア充共めが……調子にのって……!」
 何処か虚ろな目をしてそう呟くのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。何やら怪しげな薬剤を山ほど用意している。どう見ても体にいいとは思えない代物だ。
「ふふふ……まさかデビューしたバラーハウスでまた戦える日が来るとは……!」
「この面子……中々面白くなりそうだね」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)鳴神 裁(なるかみ・さい)が腕を組み、不敵に笑う。こちらの場合はリア充どうこうよりも、口実に戦えることが嬉しいらしい。
「……さて、と」
 そんな中ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が誰にも知られない内に思惑を抱え、聖ヴァンダレイ軍から離れる。向かう先は地下駐車場であった。

 そしてこの物語の舞台はリングだけではない。
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)は、仲間たちと一緒に選手達から離れ、独自に動いていた。
 裏に潜む非リア充エターナル解放同盟の存在を感じ取った彼女たちは、ここで叩き潰そうと行動を開始していたのである。
 そして観客席。
「……ここね」
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が会場を見回して呟く。
 バラーハウスが復活した、ということを聞きつけた彼女は、その真相を探るべくまずは観客として潜入したのであった。
(てか復活したなんて私聞いてないんですけど!? どういう事よ!?)
 セレブ枠ゲスト風のドレスを身に纏い、手に持ったマイクをそっと隠しつつリナリエッタはリング近くの席を取る。機会を探る為に。


 果たして、彼・彼女達に勝利の女神は微笑むのか否か――。


     * * *


 聖ヴァンダレイ軍のひとりとしてチーム典ノジを率いるローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、地下闘技場に隣接する駐車場から、地上のバラーハウスに料理を供する為の地階大厨房へと足を運んでいた。
 そしてチーム典ノジを結成するメンバー、典韋 オ來(てんい・おらい)レイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)はというと、何故かふたり揃って厨師(中華シェフ)の装いに身を包み、大量の中華料理の調理に勤しんでいた。
 勿論これには理由があるのだが、他の厨房スタッフには何も知らされておらず、ただただ典韋とレイラの両名が必死に中華料理を作っている姿を、遠巻きに眺めるだけである。
 ローザマリアは、そんなふたりの様子を簡単に確認してから、大歓声に包まれる観覧スタンドへと向かう。
 チーム典ノジの出番は、もう少し後の方である為、今は聖ヴァンダレイ軍の他の面々の試合を見ておこうと考えたのだ。
(……もう始まってるのね)
 ローザマリアが二階席最前列の観覧シートに腰を下ろした少し前に、純白のリング上ではストリートファイト式タッグマッチの第一試合開始を告げるゴングが打ち鳴らされていた。
 対戦カードは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のカップル組に対し、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の聖ヴァンダレイ軍先鋒チームである。
 リング上で対戦する両チームはいずれも教導団員達ばかりであったが、観戦しているローザマリアもまた、教導団員である。
 これは一体何の巡りあわせだろうかと頭の中で首を捻ったローザマリアだが、試合の方は彼女のそんな疑問などお構いなしに、序盤から激しいテンポでヒートアップしつつあった。

 ちなみに、この試合が始まる直前。
 聖ヴァンダレイ軍の吹雪は突然何を思ったか、タッグパートナーのイングラハムが手渡した瓶から大量の錠剤を取り出し、口いっぱいに詰め込んでバリバリと食い散らかしたかと思うと、更には別の医療スタッフらしき人物から注射器を受け取って、自ら謎の液体を注入し始めたりする始末であった。
「日々充実したリア充共がッ!!」
 吹雪が喉の奥から、呪詛の叫びを殷々と絞り出す。
 その形相は、まさに悪魔そのものであった。
「様々な物を捨て去ってここに立つ我ら非リア充の怨念に!!」
 ここでいう『様々な物』とは、簡単にいえば人間としての尊厳とか、隣近所の評判などを指すらしい。
「勝てるなどと本気で思っているのかッ!!」
 吹雪の全身から放たれる真っ黒なオーラは、そのまま非リア充達の全ての怒りと悲哀を背負っているようでもあった。
 流石にここまでトチ狂ってしまうとイングラハムですらドン引きになってしまうのだが、当の吹雪は周りからどう見られていようが、まるでお構いなしである。
 そんな吹雪の暴走を受けて、対戦相手のセレンフィリティとセレアナは、露骨に呆れた表情を浮かべた。
「ちょっと何よあれ……何かひとりで勝手に盛り上がっちゃってさ、白けさせてくれるじゃない」
「セレン……それもかなり、違うと思うんだけど……」
 当初はヴァレンタイン前夜の熱い夜をふたりで情熱的に過ごそうという計画だったのだが、セレンフィリティの何でも受け入れてしまう性格が災いしたのか功を奏したのか、聖ヴァンダレイの放つ刺客との対戦も、これはこれでありかも知れないという変な方向へ気分が傾きつつあったところへ、吹雪のこの狂人じみたパフォーマンスである。
 セレアナとしては、セレンフィリティがその気なら――ということで、それなりに気持ちを切り替えてリングに上がったのだが、対するセレンフィリティはというと、この際だから徹底的に吹雪を叩きのめしてやろうと、変なところで闘志がめらめらと燃え上がっている様子だった。
「お互い教導団同士……軍隊格闘術でがっぷり四つってとこかしら。受けて立つわよ」
 セレンフィリティのそんな思惑が、果たしてどこまで通用するものか。
 実のところ吹雪には、まともなファイトスタイルを駆使しようという意図は、露ほどもなかったのだ。

 第一ラウンドからいきなりラフファイト全開の吹雪に対し、セレンフィリティとセレアナは思った以上に手を焼いた。
「リア充許すまじ!」
「リア充許すマジ!」
「りあじゅうゆるすまじ!」
 ひたすら、そのワンフレーズだけを繰り返し叫びながら、パートナーのイングラハムをも武器代わりにぶんぶん振り回しながら襲いかかってくる吹雪に、セレンフィリティもセレアナも、軍隊格闘術の実戦的なスタイルがすっかり崩されてしまっていた。
 吹雪が同じ教導団員で、軍隊格闘術の対抗策を知っている――とかいうような話ではなく、吹雪の攻撃手段がほとんど急所狙いのダーティーな戦術であることに加え、イングラハムの触手を利用した、多彩且つ若干いかがわしい戦法が、セレンフィリティ達の戦闘常識を大幅に逸脱していたのが、原因の大半を占めている。
 打撃系の技を多用するセレンフィリティとセレアナだが、吹雪とイングラハムは打・投・極のそれぞれについて急所攻撃を中心に駆使してくる。
「だぁ〜、もぅ……あっちこっち噛み跡だらけになっちゃったわよ!」
 第一ラウンドから第二ラウンドへと繋がるインターバルタイムで、セレンフィリティが腹立たしげに吐き捨てた。
 対するセレアナは、イングラハムの吐き出した墨で端正な面のみならず、全身の至るところが黒く染まってしまっている。
「あのポータラカ人も厄介ね。軟体な上に触手で攻めてくるから、凄くやりづらいわ……」
「触手といえば、セレアナ」
 セレンフィリティが妙な目つきで、セレアナの墨で汚れた顔をじっと睨みつけてきた。
「あいつの触手プレイに、気持ち良さそうにしてなかった?」
 この爆弾発言に、セレアナは文字通り、目を白黒させた。
「ばばばば馬鹿いわないで頂戴!」
「え〜、だってあんなプレイされたら、私だったら即昇天しちゃうかも知れないのにぃ」
 何故か熱っぽい視線でセレアナの均整の取れた肢体を凝視するセレンフィリティに対し、セレアナは呆れたように小さく溜息を漏らした。
「あのねセレン……今は、この勝負に集中しなきゃいけないのよ。変な妄想は、試合が終わってからにしてくれる?」
「良いじゃん別に。しっかりこの目に焼き付けて、今夜のオカズにするだけなんだから」
 駄目だこりゃ――セレアナは本気で、頭が痛くなってきた。
 そうこうするうちに、第二ラウンド開始。
 このラウンドのスターターは、セレアナとイングラハムであった。

「さぁさぁさぁ! この触手であ〜んなことや、こ〜んなことをしてくれようぞ〜!」
 セレアナとの再度のマッチアップで随分とやる気が出ているイングラハムだが、実はこの試合が始まる直前の控室では、吹雪の全身から噴き出る真っ黒なオーラにビビりまくっていたという事実は、公然の内緒ということになっている。
 それはともかく、イングラハムは予告通り、自慢の触手攻撃でセレアナの肢体を絡め取ろうといやらしく迫ってくるのだが、しかしセレアナとて、そう何度も同じ手を食うお人好しではない。
 既に第一ラウンドで、ワンピースの水着を触手攻撃で布面積を半分以下にまで減らされるという観客サービスに付き合ってしまった彼女だが、この第二ラウンドではイングラハムの動きを大体見切っており、効果的な蹴りを次々と叩き込んでゆく。
「どぅわぁ! 交代、交代!」
 情けない程に腰が引けた状態でコーナーへと駆け戻ってきたイングラハムを、凄まじく蔑んだような目つきで一瞥してから、吹雪は颯爽とリングインした。
 これでしばらく、安全な時間を満喫出来る――などとイングラハムが思ったのも束の間、吹雪はコーナーの向こう側へ去ろうとしているイングラハムの触手をむんずと掴み、そのまま一気呵成のハンマースルーで、セレアナ目がけてぶん投げた。
「この展開は何も聞いておらんのだがー!?」
 間延びした声を残してイングラハムの軟体が宙を舞い、セレアナ目がけて突っ込んでくる。
 セレアナはすかさずセレンフィリティを呼び込み、ツープラトンのトラースキックでこれを迎撃した。
 哀れイングラハム、試合権の無いまま、あえなくKO。
 残ったのは、黒い狂気と化した吹雪ただひとりである。
「変な蛸もどきも居なくなったことだし……これで熱い夜を演出出来そうだわね」
 何故か嬉々として吹雪との対戦に臨むセレンフィリティに、コーナーへ下がったセレアナはやれやれと小さくかぶりを振るばかりであった。

 第二ラウンド終盤、セレンフィリティの連続蹴りが吹雪の耐久力をがりがりと削ってゆく。
 最後は矢張り、無理なドーピングが祟ったのか、吹雪の動きが目に見えて鈍くなってきていた。
「さぁこれで勝負ありよ!」
 セレンフィリティはセレアナをコーナーから呼び込み、とどめのクロスハイキックをお見舞いした。
 流石にもう、吹雪はダウンするだろう――誰もがそう思った直後、グロッキー状態で立っているのもやっとの吹雪が、鮮血と胃液と謎のドーピング剤とを一緒にして盛大にぶちまけたのだが、正面に居たセレアナが大吐血ゲロをまともに浴びる格好となってしまった。
「きゃあ!」
 セレアナは両目を押さえて、その場に昏倒した。
 吹雪は一体、ドーピング剤として何を服用していたのかと誰もが疑問に思う程の強烈な酸性ゲロが、セレアナの視界を完全に奪ってしまった。
「……って、この、よくも私のセレアナにゲロをぶっかけてくれたわね!」
 セレンフィリティは更にもう一発、吹雪の顔面にストレートをお見舞いしてやろうとしたが、しかし、出来なかった。
 吹雪は、両目が異様な程に落ち窪み、頬がげっそりと削げ落ちた亡者の如き形相で、その場に立ったまま、失神していたのである。
 生ける屍のような状態でその場に屹立する吹雪の凄惨な姿に、セレンフィリティは思わず、ごくりと喉を鳴らした。
 セレンフィリティとセレアナのカップル組は、試合に勝つには勝った。
 しかし、酸性ゲロを浴びて視界を奪われたセレアナはしばらく安静状態が必要となり、セレンフィリティも吹雪の凄まじい形相をまともに直視した為、その日の夜は悪夢にうなされる破目となったのである。
 リア充のふたりを酷い目に遭わせる、という意味では、吹雪の目的は達せられたといって良かった。
 勿論、敗者にはヴァンダレイキックの洗礼が待っている。
 それは、聖ヴァンダレイの刺客として参戦している吹雪とイングラハムとて、例外ではない。いや、寧ろ刺客として自らリングに上った以上は、この制裁は甘んじて受けなければならない性格のものであった。
 尤も、ふたり揃って憤死状態の吹雪とイングラハムに、ヴァンダレイキックが如何ほどの効果を上げたのかは甚だ疑問ではあったのだが。