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リアクション
第23章
「恋歌は……どこっ!?」
樹月 刀真(きづき・とうま)のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ) は叫んだ。崩落を続けるビルの中、パーティ会場まで上がってきたはいいが、恋歌の位置も何も見えない。
「大丈夫……恋歌の話だと、幸輝自身にとっても恋歌の存在は必要だということ……ならば、幸輝の能力が生きているうちは、恋歌の命に別状はない……筈」
それが気休めにすぎないということは、刀真自身にも分かっていた。しかし、そう信じて動くしかないこともまた事実であった。
「これは……ひどいな」
ツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)も会場の惨状に声を上げた。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は周囲の様子を見ながら、怒りを露にした。
「どうして……どうしてこんなことになったの!?」
恋歌が放送によって語った幸輝と恋歌の関係や、恋歌の亡霊の話を聞いて、美羽は幸輝に対しての激しい怒りを感じていた。
また、どうしたらこの一連の事件を止めることができるのか、わからない自分にも。
「――っ!!」
湧き上がる怒りと苛立ちの感情に、思わず素手で瓦礫を殴ってしまう。
「……美羽」
カメリアは、そっと美羽の手に触れた。
「落ち着くのじゃ……焦ってもいい事はない……」
その後ろから、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)もそっと手を添える。
「そうだよ美羽……恋歌さん達を探そう。僕達にできることを、するしかないよ」
その手の暖かさに、美羽は落ち着きを取り戻し、深く頷いた。
「うん……ごめん、取り乱しちゃって」
そこに、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が駆けつけた。
「うわー、何これ……どうなってるの……?」
歌菜を見たカメリアが、声をかける。
「おお歌菜、お主らも来てくれたのか」
その問いに、羽純が答えた。
「ああ、歌菜の友達のピンチに黙っているわけにもいかないからな……それで、恋歌はどうしたんだ」
「それが……」
カメリアが口ごもった時、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が叫んだ。
「皆さん、あれを!!」
パーティ会場に崩れ落ちた瓦礫のいくつかが動き、中から人影が立ち上がるのが見えた。
『……お父さん……どこ……?』
『……コロス……四葉 恋歌……こロす……』
『レンカ……裏切った……みんナ……コロす……』
「!!」
それは、恋歌の亡霊が憑依したコントラクター達だった。肉体の痛みを感じない亡霊であるからこそ、瓦礫によるダメージを度外視して立ち上がることができたのだろう。
身体のあちこちから血を流して獲物を探し彷徨う姿はどこか、かえって滑稽なようで、美羽や歌菜には正視できなかった。
「ねぇ……ねぇ!! もう――もうやめようよ!!」
気付いたときには、美羽が叫んでいた。
その言葉に反応し、恋歌の亡霊が振り返る。
『……ヤメない……四葉 幸輝……お父さん……コロス……』
『死ぬことは痛い……苦しい……恨めしい……』
『一人だけ生きている恋歌……許さナい……』
憑依された身体から涙を流して、亡霊達は訴えた。
「恋歌ちゃんたちがあの幸輝さんに騙されて、犠牲になったって聞いたよ!
だから、その怒りや悲しみはわかる……分かるつもりだよ!!
だけど!! その怒りや憎しみに任せて今の恋歌ちゃんまで殺してしまったら――」
美羽の瞳にも大粒の涙が溢れた。
亡霊達の境遇は充分理解できるものだ。
その経緯を聞けば、幸輝のことは恨んで当然だろう。美羽自身、幸輝に対する激しい怒りを感じている。事実、今もし幸輝を目の前にしたら、美羽とて何をするか分からないほどだ。
だが、しかし。
「そんなの、幸輝さんが恋歌ちゃん達にしてきたことと同じじゃない!!」
『――』
美羽の隣に立ち、歌菜もまた呼びかけた。
「そうだよ、こうして貴女達と向き合っているだけで、その苦しみ……痛いほど伝わってきます。
憎いよね……寂しいよね……けれど……それで今の恋歌ちゃんまで不幸に……殺そうとするのは――間違ってます!!」
羽純もまた歌菜を支えるように立ち、言葉を紡いだ。
「そうとも……四葉 幸輝にはきっと、生きて償いをさせよう。
それは死ぬよりも辛いことかもしれない。一生、自分を責めながら生きることになるんだ。
だから、君達の手は、どうか汚さないでくれ。復讐はただ……悲しくて、やり切れない……だけだ」
『……』
『……』
亡霊が憑依したコントラクターのうち、何人かの動きが止まる。歌菜や美羽の説得に、心が動いているのだろうか。
そっと美羽の肩に、コハクが手を添えた。
その暖かさを感じながら、美羽はなおも続ける。
「ねぇ……本当はもう、分かってるんでしょ?
四葉 恋歌はこんな理不尽に命を奪われていいよぷな存在じゃない……今の恋歌ちゃんも、そしてあなたたちも……。
だからこそ、あなた達に今の恋歌ちゃんの命を奪うようなことはしないで欲しいの!!」
必死に懇願を続ける美羽と歌菜。
だが、そこに無慈悲な冷笑を浴びせる者があった。
「……無駄、ですよ……」
「!!」
誰あろう、四葉 幸輝であった。
屋上の崩落でノア・レイユェイの作った氷の壁は崩れ、しかしそのおかげで直接瓦礫に埋もれることを避けた幸輝は、ほぼ無傷であった。
「いやあ、おかげさまで怪我ひとつなく済みました。まったく『幸運』でしたよ」
幸輝は崩れた氷の中に立つ女性――ノアに向かって微笑みかける。
パートナーの伊礼 權兵衛と平賀 源内と共に立つノアは、その微笑に応えることもせず、無表情で幸輝を見下ろした。
源内に憑依していた恋歌の亡霊は、屋上が崩落したショックで離れたようだ。気を失って、權兵衛に抱えられている。
「……ふ……いやあ、本当につまらなくなったモンさね。
『運命に介入』するっていうから、どんなご大層なことを考えているのかと思えば……結局、昔のオンナとよりを戻したいってだけじゃないかね」
その言葉に、幸輝は珍しく眉根にしわを寄せた。
「……そのような言われ方は心外ですね。……死したる人間を蘇らせることができるかもしれない……これは充分に壮大な研究テーマだと思いますが?」
だが、ノアは相変わらずどこ吹く風だ。
「はん……物は言いよう語りよう……どんなに言い訳したって、お前さんが求めているものがその程度である以上、答えはひとつさ。
しかも……今はその相手から殺されかけてるかも知れないっていうんだから、随分と滑稽な話じゃないか。
それに、お前さんを殺しに来た娘達がこぞってやって来ている……その全てを再び殺しつくすのか、または結局、運命とやらに抗えずに自業自得の渦に飲み込まれるのか……。
ま、いずれにせよ自分の興はだいぶ削がれたよ。ここからは高みの見物といくことにするさ。
……せいぜいがんばんな、じゃあな」
一方的に言い放つと、ノアは權兵衛や源内と共に高く飛んだ。
「二クラス!!」
ノアの呼び声に、もう一人のパートナー、二クラス・エアデマトカが瓦礫の中から姿を現した。
「……御意」
瓦礫を押しのけると、何も構わずにノアを追う二クラス。
パートナーの伊礼 權兵衛もまた、憑依を解かれて気を失っている平賀 源内を担いで姿を消した。
その場には、四葉 幸輝が一人残される。
『……コロ……す!!』
恋歌の亡霊が憑依したコントラクターの一人が、幸輝に飛びかかった。
「ダメーっ!!」
その動きに、歌菜が叫んだ。幸輝を殺すことは、恋歌の亡霊達にとって何にもならない。
「……ふん」
だが、幸輝はその攻撃を難なく避け、右手に発生させた炎でその恋歌の亡霊を弾き飛ばした。
『アうっ!!』
軽い叫び声を上げ、瓦礫の上を転がる恋歌の亡霊。
「無駄ですよ……亡霊達も、そしてあなた方も」
ゆらりと瓦礫の上に立った幸輝は、並み居るコントラクター達と美羽や歌菜に語りかけた。
「……何が……無駄だっていうのよ!!」
美羽は怒りの感情を隠しもせず、大声を上げた。
しかし、その声は幸輝に響くことなく、空しく埃に吸い込まれていく。
「全てがですよ……亡霊が憑依したコントラクターが何人襲ってこようとも、私を殺すことはできない。
私に『幸運能力』がある限りね。だからあなた方も亡霊達を説得しようなんて、無駄なことはおよしなさい。
亡霊は亡霊らしく、除霊され、消滅させられるのが筋というものでしょう。手伝う気がないのでしたら……下がっていてください。」
幸輝の瞳が怪しい光を放つ。
その両手には炎と冷気を漂わせ、隠しようのない狂気を表していた。
だが、そこに声を掛ける者があった。
「おぉっと、そこまでだ。
――そこまで聞かされて黙って引き下がるような奴が、ここにいると思ってるのか?」
その声は――瓦礫の中から聞こえた。