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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第26章


「……」


 瓦礫の中、日下部 社は目を覚ました。

 パーティ会場にいた彼だが、幸輝との攻撃を受け、かつ亡霊に憑依されたパートナーの響 未来を守っているうち、屋上の崩落に巻き込まれたのだ。

「未来……それにアイドルのみんなは……」

 周囲を見渡すと、意識と共に視界が回復していく。

「ぬ〜〜り〜〜か〜〜べ〜〜」

 そこにいたのは、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)のパートナー、ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)だった。
「……ああ、そっか……瓦礫が崩れて……助けて、くれたんや……あんがとな」
「ぬ〜〜り〜〜か〜〜べ〜〜」
 当然のことをしたまでですよ、とお父さんは首を振った。

 どこまでが首なのかは分からなかったが。

 周囲を見渡すと、お父さんがその巨体を活かして作ったわずかな空洞に、何人かの人間が避難しているのが分かった。
 どうやら気を失っている間に、アキラ達が少し空間を作ってくれていたのだろう。
「未来……良かった」
 社はすぐに自分のパートナーが横たわっているのを見つけた。
 見ると、意識を失っているのか、一人の女性に膝枕をしてもらっている。社が目を覚ますまで、介抱してくれたのだろうか。

 その女性は、霧島 春美(きりしま・はるみ)だった。傍らには、春を担当する光の精霊スプリング・スプリングの姿もある。

「大丈夫……気を失っているだけよ。でも、何だか苦しそう……」

 春美は会場に残っていた水を浸したハンカチを未来の額に乗せ、様子を見ていた。
 確かに未来は気を失っていながらも、苦しそうに呻き声をあげ、額に脂汗を浮かべている。

 スプリングが、未来の顔を覗きこむ。
「……亡霊に憑依されているのでピョン」

「……まだ戦ってるんや、未来は。……看病してくれてあんがとな」
 春美とスプリングに礼を言う社。対する春美は軽くウインクしてそれに応えた。
「困った時はお互いさまって言うでしょ?
 それに……憑依されているのは彼女だけじゃないし……」

 その言葉に振り返ると、確かにこの空間に亡霊に憑依されている人間が何人かいるようだった。

 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)もその一人だ。

「ノーン、ノーン大丈夫でスノー!?」
 汗を流して亡霊の支配に抵抗するノーンの横で心配そうにしているのは、冬を担当する雪の精霊ウィンター・ウィンターだ。
 親友同士の二人は、このパーティに参加していて今回の事件に巻き込まれたのだが、ウィンターに未だに事情がよく飲み込めないでいた。
「うん……大丈夫……」
 言葉とは裏腹に、眉間の皺が深い。

 超人的精神、マインドシールドなどを総動員して、何とか身体と精神の支配に抵抗できている。

「……でも……」
 今のところ、『それ以上』ができない状態に、ノーンは歯噛みした。
 何とかこの状態から亡霊の精神に接触して、説得できないものかとノーンは考えていたのだが――。

「ウィンターちゃん……」
「……ど、どうしたのでスノー? 何かできることは……」
 ウィンターの問いに、ノーンは首を振った。
「だめ……何とかお話し、してみようと思ってたんだけど……」
「で……できないのでスノー?」
 ウィンターが特化しているのは雪や天候の扱いだけで、霊的な知識や技術はからっきし、この場においてウィンターができることはそう多くはない。今もノーンの様子を見ておたおたすることしかできていない。


「無理……かも……この子……赤ちゃんみたい、だから……」


「赤ん坊……でスノー?」
 ウィンターは戸惑った。ただでさえ対処できない亡霊の、しかも言葉すら通じないのでは、どうすることもできないではないか。
「うん……なんとなく感情みたいなものは……感じ取れるん……だけど……まずは落ち着いてもらわないと……」
 ノーンの表情が徐々に曇っていく。おそらく、自分の意識を保つことが難しくなってきているのだ。
 何とかいますぐ暴れだすことは防いでいるものの、それもノーンが意識を保っていられる間だけのこと。

「ど、どうすればいいのでスノー!? 赤ん坊の相手なんて――」
 さらに戸惑いを見せたその時、ウィンターとノーンの脳裏に同時に浮かんだ情景があった。


「ねぇ、ウィンターちゃん……歌って……」
「む、無理でスノー!! 言ったでスノー!? 私はそんなの――知らないのでスノー!!」


 二人が同時に声を上げた。
 かつてウィンターが冬の精霊としての資格を問われ、その仕事と共に存在までもがかかった人助けを敢行した際、ノーンとウィンターは共に赤ん坊をあやしたことがあった。
 ノーンは楽器の演奏と共に、ウィンターに子守歌を歌ってもらうつもりだった。
 しかし、親というものがない、造られた精霊であるウィンターには子守唄の記憶がなく、その時は何もできずじまいだったのだ。

 もう一度、ノーンはウィンターを見た。
「……うたって、ウィンターちゃん……この子のために……子守唄……を」
 ウィンターの目にもノーンは辛そうだ。恐らく、本当に限界が近いのだろう。
 もちろん、その後もウィンターが子守唄というものを知る機会はなかった。

 そもそも子守唄に限らず、ほとんど歌なんて歌ったことがない。
 それでも今、目の前で苦しむ親友を救う――いや、少しでも手伝うことが自分にもできるなら――。

「うた……」

 ウィンターは歌った。あの時ノーンが演奏した楽器の音色を思い出して。歌詞なんかない、鼻歌みたいな子守唄。
 きっと何でもない時に歌ったなら、きっと笑われてしまうような、下手くそな子守唄。

「ウィンター……ちゃん……」

 それでも、ウィンターは歌った。懸命に歌った。


 その歌声が、ほんのかすかな奇跡のきっかけにでもなれば、と。


「――ねぇ!」
 その傍らで、春美が社へと声をかけた。
 気を失っている筈の未来の口元が、何事かを呟いている。
「おい、未来!! 分かるか――?」
 よく見ると、未来の口元は規則的にある形を取り、何らかの言葉を発しようとしていた。
 社は声をかけるのをやめて、未来の口元へと耳を寄せる。
 未来はその心の中で、肉体と精神を支配しようとする『恋歌』の亡霊と戦い続けていた。
 その中で、一筋の光明を、社へと伝えようとしているのだ。


「……うた……ひか……り……を」


 ところでその後ろでは、もう一人亡霊に憑依されている者がいた。

 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)である。アキラのパートナーであり、またアリス型ゆる族としての彼女は、人形に魂を込められた存在として、抜群の感度で亡霊に憑依され――

「キャハハハ!! ワタシとこの娘で幸輝のおっさんをブチ殺してゲフゥッ!?」

 ノリノリで暴れ出した瞬間に、アキラの右拳一撃で沈められた。
 縛られてその辺に転がされているアリスは、亡霊ともども意識を失いかけながら、


「な、何か他のパートナーに比べて扱いがぞんざいな気がするワ……」


 と、恨みがましく呟いたのだった。