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リアクション
第30章
「……再会を果たすには、まだ早いと言わざるを得ないねぇ」
佐々木 弥十郎は呟いた。傍らには兄、佐々木 八雲の姿。
二人はパーティ会場から一般客を避難させ、恋歌を元へと急ごうとしていたところだった。
そこで、弥十郎は出会ってしまう。幸輝との戦いからアニーを救うため、またそのために恋歌を探すフューチャーXに。
「……よぉ、誰かと思えばスシボーイじゃないか。さっきは旨いスシをありがとよ」
特に意に介した様子もなく、フューチャーXは軽く手を上げる。
しかし、弥十郎は素直にその言葉を受け止めることができなかった。
「いや……僕の寿司ではアナタを満足させることは出来なかった……。
料理の腕では誰にも引けを取らないと、己惚れていたのかも知れない……。僕の完敗だよ」
自嘲気味に床を見つめる弥十郎。
そこに、フューチャーXと共にいたブレイズ・ブラスが呟いた。
「――寿司?」
ブレイズは無視して会話が続けられた。
「そんなことはない……たまたま儂の事情に合わなかっただけさ、そんなこともある」
まだ若い弥十郎の肩に手を置くフューチャーX。
「慰めはよしてくれ……一度板場に立った以上、全てのお客様を満足させるものを作りたい、作らなければならない……。
料理を志す者にとって、これは当然の心理なんだ。そして僕は……それに失敗した」
視線を合わせない弥十郎。フューチャーXは、静かに続けた。
「そうか……まだ若い貴様が、そう思うのも無理はない。
だが考えてみることだ……貴様は……何のために寿司を握っているのか、ということを」
その言葉に、弥十郎の肩が微かに震えた。
「……何の……ために……」
そうだ。自分が料理を作り、誰かがそれを食べる……そのひと時のために。
その誰かの笑顔のために、料理を作ってきたのではなかったか。
「そうとも……誰かが料理を食べ……『旨い』と言うその一瞬のため……違うか?」
「……違わない……だけど……僕の寿司は……」
弥十郎の目の前で、フューチャーXはちっちっと指を振って見せた。
「貴様の寿司は充分に旨かった……しかしあまりのレベルの高さ故に、少しだけ欲が出てしまったのさ……。
だが、貴様であれば儂の要求をさらに超えられる寿司を握ってくれると、信じているぞ」
その一言に、弥十郎は初めて顔を上げた。満足そうな年配の男の顔が、そこにはある。深い年輪を感じさせる皺が、ニヤリと笑みを作っていた。
「……待っていてくれ。必ず、いつか満足できるような寿司を握って見せるからね」
「ああ。楽しみにしているぞ……だから今は、この言葉を贈ろう」
フューチャーXは、す、と右手を差し出した。今度は弥十郎も、素直にその手を握り返す。
「ご馳走様でした!!」
「お粗末様でした!!」
熱い握手を交わす二人。
ブレイズの隣に立った八雲は、一人呟いた。
「なぁ、このくだり必要か? なあ?」
☆
「……よく分からない状態で盛り上がってるトコ、悪いんだけど」
と、そこに天貴 彩羽が声をかけた。
「……誰だ?」
八雲がいち早く反応する。
「……ま、誰でもいいんだけどさ……強いて言えば四葉 幸輝に雇われていた技術屋、てとこかしら?」
その言葉に八雲とブレイズは反応する。現在の四葉 恋歌を救おうとしている彼らにとって、幸輝に雇われたコントラクターといえば、敵以外の何者でもない。
だが、彩羽はひらひらと手を振ってその警戒を解いた。
「待ってよ、『雇われていた』って言ったでしょ。もう契約は破棄よ。
むしろ、どうにかして幸輝をひねり殺してやりたいわね」
その様子を見て、八雲は言う。
「まぁ、こちらも綺麗な女性とは戦いたくない……好都合ではあるな」
一応の警戒を怠らずに、八雲は続けた。
「だが、契約関係からひねり殺すまでの転落とは、また激しいな。
――よければ理由を聞かせてくれないか?」
八雲の問いに、彩羽はその瞳を見返し、答える。
「……あなた、強化人間ね」
特に隠すつもりもないが、と八雲もまた応えた。
「ああ」
「なら、少しは分かるんじゃない?
子供を利用して己の欲望を叶えようとする権力者が……キライだからよ」
彩羽の表情から、それなりの事情を読み取った八雲は、特に追求することもしない。
「――そうか」
ぶっきらぼうに呟くと、八雲は歩き始めた。弥十郎やフューチャーX、ブレイズも続く。
「それで……ええと」
「ああ、天貴 彩羽よ」
「佐々木 八雲だ。幸輝のやり口が気に入らないのはこちらも同じだ。それに、あの亡霊達のやり方も気に入らない」
その口調からは、静かな怒りを感じる。八雲自身、幾多の救えなかった命の過去を抱えて生きているのだ。
彩羽もまたそれを感じ取ったのか、静かに応えた。
「そうね……いずれにしても、鍵の握っているのは現在の四葉 恋歌よ。
彼女をどうにかしなければ、幸輝の『幸運能力』を無効化することはできないわ」
彩羽は自分が調べに調べたことを八雲たちに話した。
四葉 幸輝の能力は、幸運を得るたびに犠牲が必要なこと。
その犠牲として、次々に『四葉 恋歌』という少女を作ってきたこと。
現在の四葉 恋歌で『恋歌』は17人目。彼女が『恋歌』になってから5年が経過していること。
「それだ……それがわからねぇんだよな。どうして今の恋歌は5年間も生きてこられたんだ?」
ブレイズが口を挟んだ。
「当然の疑問よね……それについては、調べがついてるわ」
彩羽は説明を続けた。
「そもそも『レンカ』が最初に死んだ……レンカは四葉 幸輝の最初の共同研究者であり……同じような『幸運能力』を持っていたの。
幸輝が使う『能力』の反動を同じ『能力』で中和させ、結果としての『幸運』を取り出す。
……その研究が数年続いたようね。けれどある時、実験の失敗で幸輝の能力が暴走、その反動でレンカは死んでしまう。
その後、幸輝は反動として死ぬ者は『自分にとって大切な者』であることをつきとめ……少女を『恋歌』という自分の娘であるという暗示をかけ、その反動を逃し続けてきた。つまり、『恋歌』となる少女に特に条件はないのよ。
そして現在の恋歌が現れて5年。その間、幸輝の能力の反動を抑えていたのは……恋歌独自の能力」
一息つく彩羽。その隙間を、八雲が縫った。
「つまり……」
「ええ、現在の四葉 恋歌は四葉 幸輝が生まれつき持っていた『幸運能力』を持っている。
しかも、レンカのそれとは比べ物にならないほど大きな……幸輝の能力と、ほぼ同等の能力をね」
「なるほど……幸輝の能力と恋歌の能力が全く同等で、均衡が取れているから、恋歌は幸輝の能力の反動で死ぬことはなかった……。
それで、幸輝の能力を使わせない……無効にするには、どうするんだ?」
八雲が当然の疑問を口にした。
「そうね……ここからはまだ仮説にすぎないのだけれど……」
弥十郎も、彩羽の次の言葉を待つ。
「四葉 恋歌が『幸輝の娘』でなくなる、ということがまず考えられるわ。でも、恋歌を『娘』と認識しているのは幸輝側だから、恋歌に何らかの働きかけをすることは無意味かもしれないわね」
ふんふん、と弥十郎は頷く。
「まぁ、それでもやってみる価値はあるだろうねぇ」
「そうね……または恋歌本人が独自で『幸運能力』を使えるようになること。
今の恋歌では、積極的に能力を使えていない……幸輝の能力の反動を抑えることに利用されているだけね。
もし自分の意志で幸運能力をコントロールできるなら……幸輝の能力の反動を抑えることができなくなる……」
その仮説に、八雲も納得した。
「だが、今まで使えなかった能力を使えるようにとなると……相当の訓練やショックが必要では?」
彩羽もまた頷いた。
「そうね……この場では現実的ではないかもしれないわね。
でも幸輝が『アニーを殺してもいい』という指令を出すということは、おそらく恋歌が無意識の状態になっても反動を抑えることはできるのでしょうね。とすると、最後の手段としては……」
彩羽は口ごもる。
その続きを、八雲は促した。
「そこで止めるなよ」
「……」
「まだあるんだろう。幸輝の能力を無効化する方法が」
「あるわ……でも、この手は使えないわよ……特にあの娘を救おうとしている、あなたたちにとってはね」
「……」
「そう……最も簡単で効果的、そして最悪の選択肢……四葉 恋歌の死。
そしてそれは、恋歌自身が一番理解している筈……。だからこそ危険なのよ――今の状態は」