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リアクション
第33章
少し時間を戻そう。
風森 巽はコントラクターである。
人々の自由と平和を守るため、今日も『仮面ツァンダー』に変身して戦うのだ。
そんな彼も今は『恋歌』の亡霊に憑依され、身体の自由を支配され、四葉 恋歌を探して彷徨っていた。
「なぁ……四葉 恋歌を消して……その後は、どうするんだ?」
巽は自らに憑依した『恋歌』の亡霊に尋ねる。
比較的容易に亡霊と意志の疎通ができたのは、巽がさしたる抵抗もせずに身体を操らせていることと、ほぼ同時期に響 未来による歌が周囲に響き始めたことが要因として挙げられる。
そのふたつにより、『恋歌』の亡霊は言葉による意思疎通ができるほどに落ち着いた存在になっていたのである。
『……そんなことは考えていない……ただ、今は恋歌を殺す……それだけだよ』
だが、『落ち着いた』ことと『悪意がある』こととは別な問題だ。巽の問いに、ぶっきらぼうに答えた。
「そうか……じゃあ質問を変えようか……『恋歌』になる前は……どうだった?」
倒壊を免れたビルの廊下を歩いている。
亡霊に憑依された巽にも分かる。この先に多くの味方が集まっている。
味方とは、他の亡霊たちのことだ。そこに『レンカ』がいるなら、レンカに憑依されている現在の四葉 恋歌もいるだろう。
『え?』
『恋歌』の亡霊は戸惑っていた。記憶が曖昧なのか、『恋歌』になる前のことに言及されるとは思ってなかったのか。
いずれにせよ、憑依されて体を操られているというのに、抵抗もせずに身体を操らせるこの男が不思議でならなかった。
『どうして、抵抗しない?』
「我は、貴公の味方だ」
『今の四葉 恋歌の、でしょ?』
「ああ。しかし、貴公の味方でもある」
『矛盾してる』
「してない」
『してる』
「してない……もし助けを呼ぶ声がしたのなら、伸ばした手があるのなら……。
我はそれを掴む。たとえ世界を敵に回しても。その誰かを傷つけたとしても、護り助ける……。
それが『誰かの味方』になるって意味だ」
『よく、わからない』
「わからなくてもいい」
『四葉 恋歌を殺すよ』
「いいさ、本人も死にたがっているんだろう、なら――」
巽の目の前には、ふらふらと歩く四葉 恋歌がいる。
白いロングドレスは炎で焦がされ、破けてボロボロだ。結わえていたセミロングの髪はボサボサにほどけ、頬に張り付いていた。手は力なくぶら下がり、血まみれの裸足が辛うじて彼女を歩かせていた。
彼女は言った。
「しんじゃいたい。しんじゃいたい。しんじゃいたい」
風森 巽は応える。
「我が、この世から消してやるよ。四葉 恋歌……」
巽の腕に装着されたデバイスが作動した。
「チェンジ……轟雷ハンド……青心蒼空拳……青天……霹靂掌……!!」
ぴり、と。
「……あ」
小さな胸に軽く痛みが走った。
ただ、それだけ。
ただそれだけで、恋歌の心臓が停止し――
「タツミ、しっかりして!!」
突如、ティア・ユースティの叫び声が響き渡る。
それと同時に浄化の札が巽に向かって投げつけられた。メールによってビルへと呼ばれていたティアは、亡霊に憑依されている巽を発見し、現在の状態をすぐに理解したのだ。
『あうっ!!』
風森 巽に憑依していた恋歌の亡霊が叫び声を上げ、強制的に憑依を解かれる。
「タツミ!!」
ティアは亡霊と巽の間に割り込んだ。後ろには恋歌が倒れている。
『やった、私が恋歌を殺したんだ!! これで幸輝は能力を使えなくなる!!』
巽は応えない。
その時、倒れた恋歌からも、何かが離れたのを感じた。
レンカだ。
『……ようやく……死んだ……これで……幸輝さんは、私のもの……』
突然、レンカから青白い火花が散り、『恋歌』の亡霊を攻撃した。
『何をするの!!』
亡霊の抗議を無視して、レンカは攻撃を繰り返す。
『ご苦労さま……これで幸輝さんの心を縛るものはなくなったわ……長くこの娘に憑依していたおかげで、私の能力もだいぶ向上した。
これなら、この娘の身体がなくとも幸輝さんを支えられるわ……』
『この、ウラギったのね――!!』
巽は動かない。亡霊に憑依されていた影響でまだ意識が朦朧としているのだろうか。
それとも、憑依されていたとはいえ、四葉 恋歌を殺害してしまったショックを受けているのだろうか。
だが、亡霊達の様子を注意深く見ていたティアが、動いた。
「タツミ! W28!! SPD48!!!」
『!?』
ティアが剣の結界を張った。恋歌の死体の付近で展開したため、亡霊たちは近寄ることはできない。
「ああ、分かっている!!」
巽もまた行動を開始した。
彼らは最初から狙っていたのだ。四葉 恋歌が死に、レンカが憑依を解くこの瞬間を。
『おのれぇ!!』
レンカが怒りを露にして、空気を震わせる。恋歌の亡霊はその場を去り、吸い込まれるようにパーティ会場へと漂っていった。
散る火花を結界で守ったティア。恋歌とレンカの繋がりはもう切れている。
「スキルサポートデバイス、セット! 轟雷ハンド――AEDモード!!」
巽の手から絶妙に調整された轟雷掌が恋歌の胸に触れる。
ビクン、と恋歌の身体が反応した。
とくん、と心臓が脈打ち、一瞬咳き込んだかと思うと、思いのほか穏やかに呼吸を続ける。
『そんな、バカな――!!』
レンカの叫びが響いた。
「恋歌さん!!」
騒ぎを聞きつけた他のコントラクターが駆けつけ始める。
佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)だ。後ろには、榊 朝斗(さかき・あさと)やルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)も続いた。
「この……恋歌さんから離れるですぅ!!」
大まかに状況を察知したルーシェリアが、両手に持った剣からアルティマ・トゥーレを放つ。
『……!!』
ルーシェリアの攻撃は油断していたレンカにヒットし、ひるませるのに充分な威力を持っていた。
「これ以上……恋歌さんを利用したりはさせないのです……!!」
レンカを睨みつけるルーシェリア。しかしレンカも退きはしない。
『……いいえ、その娘は四葉 恋歌。四葉 幸輝に利用され、死ぬために存在するのよ。
そして、今は私のために力を分け与えてくれた……今さら生き返ったところで、その娘一人では幸輝さんの能力に対抗はできない……。
もう、その娘を守る価値はこれっぽっちもないのよ……』
ルーシェリアは叫んだ。レンカの自分勝手な主張をかき消すように。
「――だから何なのですか!!
確かに今までは幸輝さんの能力を打ち消す、恋歌さん独自の能力があったのでしょう。
幸輝さんもあなたもそれを利用してきた……でも、そんなのもう関係ないです!!」
『それがどうしたというの……そんな抜け殻を守ろうなんて、ご苦労なことね……』
レンカから青白い炎が放たれ、ルーシェリアを襲う。
「……!!」
やはり剣では襲い掛かる炎を防ぐことは難しい。眼前に迫る炎に、ルーシェリアは戦慄する。
しかし。
「……正直、恋歌さんにそんな経緯があったことに、驚いています。
でも、だからと言って……私たちの行動の価値を勝手に決めて欲しくはないですね」
ルシェン・グライシスが放つ天の炎がレンカの炎を相殺する。
アイビス・エメラルドもまた『ホイール・オブ・フェイト』を展開して次の攻撃に備えた。
「そうね……死ななきゃいけないなんて……そんなこと、いつまでも言わせたくないものね」
『ちっ……!!』
「ここは私達に任せて!!」
アイビスの叫びに、ルーシェリアは後退する。
確かに、レンカの相手は魔法攻撃が得意な二人に任せておいた方が得策だろう。
「恋歌さん!!」
ルーシェリアは倒れた恋歌に駆け寄る。榊 朝斗もまたその後ろから恋歌の様子を見た。
「ティア、皆を頼む」
巽はそう言い残すと、ひとり跳躍し、空中のレンカに踊りかかった。
『おのれ、騙したな!! 恋歌を殺したと思わせておいて!!』
恨みがましいレンカの声が響いた。巽は応える。
「死んだだろ、『四葉 恋歌』は……ここにいるのはもう誰でもない……名前を失くした……ただの女の子だ」