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リアクション
第22章
「なるほど。つまり貴女は亡霊達をも利用していた、というワケですね」
天神山 葛葉はニヤリと笑った。恋歌の身体に憑依したレンカははっきりと応える。
『ええ、その通りよ』
段々レンカとしての会話も明瞭にできるようになってきた。恋歌の意識がレンカにより強く支配されているということだろう。
『幸輝さんの研究は私の死というデータを以って完成しているのよ。
その後も次々と『恋歌』という犠牲者を出しながら幸輝さん自身は無事なことが、その証明。
けれど、現在の『四葉 恋歌』を手に入れてしまったことで、幸輝さんの運命が変わってしまった。
あの娘の能力は私よりも大きく……ちょうど幸輝さんと釣り合ってしまった。
幸輝さんにとってあの娘はただの生贄ではなく……幸運を得続けるためのパートナーになったのよ』
ぎり、とレンカは歯噛みした。
葛葉はその様子を観察する。
亡霊特有の感情の揺れ動きのせいか、レンカの話はなかなか前に進まない。
だが、少しずつ分かってきた。レンカの言うところの『幸輝を救う』とは――
「……それが許せない? 幸輝さんのパートナーとなるべきは自分である筈なのに?」
少し意地悪く、葛葉は冷笑を投げかけた。
『――そうよ。この娘が同じ能力を持っていたから幸輝さんは正式に娘として扱い始めた。
今までは戸籍上『存在する』というだけにして、決して表には出さなかったのに』
ちらりと、葛葉は屋上を見た。それが本当なら、恋歌は幸輝の能力との均衡を保っていればそのままで生活できた筈ではないのか。
「あのアニー、という娘は能力には関係ないのですか」
レンカは首を横に振った。恋歌の意識を奪ったレンカは恋歌の記憶をも共有しているのだろうか。
『関係ないわ。あの娘はこの娘をパラミタへと渡すために必要だっただけ。
幸輝さんは研究を続け、パラミタに渡れば自身の能力をさらに強化できると考えたのでしょうね。
けれど、それももう必要ないわ』
くすりと、レンカは笑い、視線を泳がせた。
「……どういうことです?」
『私がここにいるんですもの。
いずれ幸輝さんに恨みを持つ亡霊達が来るであろうことは分かっていたわ。
それらを処分した上で、私がこの娘――『四葉 恋歌』を完全に乗っ取り、アニーというパラミタのパートナーを得ることでこの娘の能力は果てしなく上昇することでしょう』
レンカの瞳に、徐々に怪しい光が宿っていることに、葛葉も気付いていた。
「……もし、それができなければ? 先ほども言いましたがこの場にはコントラクターが大勢集まっています。
彼らは四葉 恋歌を乗っ取る、という選択を許しはしませんよ?」
それでも、レンカは笑っていた。
『その時は、幸輝さんを解放するつもりよ。
この呪われた能力から……この娘ともども。
人間としての命の終焉を迎えることで、幸輝さんはようやく一人の人間として死ぬことができるわ。
でも、そのためにはこの娘もまた死ななければならない。だって、この娘が生きている限り幸輝さんはあの能力が使えるのだから。
この娘が死ねばそれもできなくなる……いずれにせよ、この娘は死ななければならないわ』
「なるほど……レンカさん、あなたは……」
葛葉は眉をひそめた。レンカの両手に魔力が集中し、青白い火花が散り始めているのが分かる。
『ええ。狂っているのよ。とうの昔にね。幸輝さんを手に入れるためには、私は何だってするし、誰を犠牲にしても構わないわ』
「ふざけんなぁっ!! そんなことの為に恋歌ちゃんを利用させてたまるかよっ!!」
そこに割って入った男がいた。七枷 陣だった。
地下施設で恋歌に憑依したレンカと分断されてしまった陣は、ようやくビルを昇りきり、パーティ会場までやってきたのだ。
レンカと葛葉の会話を断片的に聞いたのだろう。当然ではあるが、陣には受け入れられない話だ。
「あなたは……」
陣の様子を見て、葛葉はあえて口をつぐんだ。レンカの目的はおおまかに分かった、下手に口を出すのは得策ではない。
自分の実験で手を下せないのは残念ではあるが、おそらく傍観を決め込んでいても事態は悪くないほうに進むはずだ、と葛葉は読んだ。
それに――。
「おい、テメェら一体何を――」
陣が葛葉とレンカに詰め寄ろうとした時。
『!?』
「――来ましたね」
パーティ会場の床を破壊して、無数の人影が飛び出して来た。
大谷地 康之はその中にいた。『恋歌』の亡霊に憑依され、その身体を操られている。
『――!!』
レンカは両手に溜めた魔力を康之に放った。康之に憑依した恋歌の標的がレンカであることを悟ったのだろう。
『やめなさい、私を攻撃してもどうにもならないわよ』
恋歌の亡霊達もまた、レンカの様子がおかしいことに気付いていたのだろう。幸輝を葬る最も効果的な手段は現在の四葉 恋歌を殺害することだ。
ならば、憑依した瞬間にレンカは恋歌を殺せばいい。
それをしないということは、レンカには別な思惑があるということだ。恋歌の亡霊達とは違う目的が。
『ウラギリもの!! 自分だけお父さんト、生きようとしてル!! ズるい! ずルい!!』
康之に憑依した恋歌が叫んだ。レンカの放った稲妻をものともせず、襲い掛かろうとする。よく鍛えられた肉体を持つ康之は、恋歌に憑依された今であってもなお、その肉体のポテンシャルを最大限に発揮した。
「待てやぁ!!」
しかし、その接近を陣が許さない。
咄嗟に召喚獣の不死鳥、アグニを放ち康之を妨害する。だが、パーティ会場に現れた恋歌の亡霊に憑依されたコントラクターは康之一人ではない。
全体的な数は分からないが、どことなく見知った顔もいるような気がする。だとしたら、かなり厄介な相手には違いない。
「――恋歌ちゃん」
陣はレンカを振り返った。
『――ふん、いくら呼びかけても無駄なこと――』
「テメェは座ってろっつたろうが!!!」
そのまま陣は恋歌の両肩を掴んだ。
「恋歌ちゃん、逃げんなよ!!
周りの人たちから、優しかった人達から逃げんなよ!!
それに、頼ってくれたオレらからも!!」
恋歌は応えない。いや、そもそもこの言葉が届いているかどうかすらも分からない。
それでも、陣は続けた。
「何より……今まで生きてこれた自分から!!」
ぴくりと、恋歌の身体が反応したような気がした。
僅かに、唇が動く。
「じぶん……から……」
「そうや! ずっと自分から目を逸らして逃げててもどうにもならん!
君はもう四葉 恋歌じゃない……本当は憑依を解いてからやるべきなんけど……」
陣は懐から一枚のカードを取り出す。
「上手くいけば、次の瞬間には全て終わってるはずや……。
またな、『れんか』ちゃん」
「え……」
取り出したカードを、恋歌の頭上にかざした。
「……シールベント」
陣が持つカード、『封印(シール)のカード』は、生物を1体その中に封印することができる。
恋歌の身体が一瞬にしてカードの中に吸い込まれた。
そして、恋歌の亡霊達がその場に残った陣に襲い掛かる。
パーティ会場の天井がそれと同時に崩れた。竜造が怒りに任せてたたきつけた一撃が、屋上を破壊したせいだ。
恨みと怒りと悲しみの混じった喧騒のなか、パーティ会場は埃と瓦礫に飲み込まれていった。