|
|
リアクション
第18章
その少女達は皆、身寄りのない孤児だった。
捨てられた者。幼くして両親を亡くした者。そもそも生い立ちがはっきりしない者。
その不幸な出生のせいで、産まれてきたことすら呪いながら生きているような者がほとんどだった。
貧困、病気、飢え、犯罪。いつ死んでもおかしくないような状況の中で、しかし彼女らの人生は一変する。
四葉 幸輝が、地球上の様々なところから『買い漁った』少女達。
彼女らはその時から、『ハッピークローバー』社の社長の娘として今までからは考えられないような生活を手に入れた。
着るものがあり、食べるものがあり、寝るところがある。
彼女達にとっては夢のような生活。
願っても願っても――いや、そもそもそれを願うことにすら至らない生活から、突如手に入れた幸福にある者は感謝し、ある者は涙を流した。
だが、ある時。
彼女達は直感的に理解した。
彼女達の人生は何ひとつ変わってはいなかったのだと。
彼女達の人生は、不幸なままだったのだと。
その、突然の死と絶望の直前に。
☆
パーティ会場の氷の壁の内側、平賀 源内の憑依した恋歌の亡霊は語った。
その外では、シュリュズベリィ著 セラエノ断章に憑依した亡霊も、同様に過去を語る。
「つまりそう、お前さんが幸運を得るために……養子とはいえ……自分の娘たちを犠牲にしていた、ってことさね」
氷の壁を作った張本人、ノア・レイユェイは結論づけた。
「そう……最初からそのために養子にした……という方が正解でしょうか?」
当の四葉 幸輝はというと、それをなんとも思っていないかのように、平然と答えた。
ノアの反応を待つ前に、続ける。
「そもそも私の『幸運能力』は無意識から始まっています。
『こうだったらいいな』と無意識、あるいは意識的に考えること……それは誰しもが思うことですよね。
私の場合、それが勝手に叶ってしまう。状況にもよりますが、おおむね自分の考えたように、都合のいい方へと運が流れていくのです」
「……ほぅ」
聞いているのかいないのか、ノアはそっけない返事を漏らした。
「ですが、この力にはムラがあるということが分かってきました。
いくつかの幸運のあと、必ずそれに見合うような大きな不運が来る。
享受した幸運が大きければ大きいほど、その不運も大きい。
まぁ、そういうものだと思っていました。幸運があれば不運もある――まぁ、当然ですよね」
「まぁ、そうだろうさ。それが人生ってもんさね」
くっ、と幸輝は喉の奥で笑った。
「そう、そもそも当時は私の幸運が能力によるものだと知りませんでしたから……。
しかしある時、私は理解したのです。私は自分の能力、自分の意志で幸運を起こすことができる、と。
そしてその代償が必要なことも。
大きい幸運には大きい不運……その代償は大きな――エネルギー」
「……」
「つきつめれば……命ですよ」
☆
「思ったよりも……シンプルだったって、ワケだ」
柊 真司は呟いた。研究施設での情報の探索はほぼ終了していた。幸輝の能力や、亡霊となった『恋歌』達の情報を集め、まとめてネットに流す作業もほぼ終盤。
この情報により、この事件に関わるほぼ全ての人間が事情を知ることができるだろう。
「シンプル……まぁそうですねぇ。
四葉 幸輝はその能力において幸運を欲しいままにし……その代償として何らかの命をエネルギーとして使う。
その代償として使われる者……特に条件とか、そういうのはなかったんですかぃ?」
八神 誠一の疑問に、手元の端末を叩きながら、真司が答える。
「ない……強いて言えば、代償とされる命は、幸輝自身が『大切に思っている者』から奪い取られていくようだ……。
だから幸輝は、孤児をどこからか『買って』来ては……ある種の催眠術を自分にかけていたようだ」
「……催眠術」
「自己暗示、とでも言おうか……。
『この子供は自分の娘だ』という無意識下での自己暗示、だろうな。
それにより、幸輝は自分の能力の犠牲となる対象をその娘に限定することができた」
「……なんだかややこしい話ですねぇ。
するってぇと、四葉 幸輝は意識的にはその娘は単なる生贄と分かっていながら、無意識的には大切な娘と思い込んでいたっていうことですか……」
誠一のため息に、真司も頷く。
「そう……大きな自己矛盾を抱えながら、しかし幸輝はこの能力を手放せなかったんだろうな……」
青白いモニターが、無機質な光を照らす中、情報だけが流れていく。
四葉 幸輝が自らの能力に目覚め、数々の『恋歌』を生み、そして殺して来た17年間が。
☆
「なぁんだ。随分とつまらない話だねぇ」
と、ノアは肩をすくめた。
伊礼 權兵衛もノアと同意見のようで、その視線はもはや幸輝に興味をなくしたようにも見える。
「おや、つまらないですか?」
幸輝は少し意外そうにノアを見る。そもそも、彼の能力に興味を持って接触してきたのはノアの方なのだ。
「ああ、つまらないねぇ。
自分の古い知人が言っていたよ。
『人生に於いて、一番価値のある宝は……縁である』とね」
そいの言葉に、幸輝の片眉が少しだけ上がる。
「えにし……ですか」
「そうとも。お前さんを見ていると、あながちそれも間違いじゃないって実感するねぇ」
「おや……」
「だってそうだろう?
お前さんはそのちっぽけな幸運とやらを手に入れるために何を犠牲にしてきたんだい?
数々の娘も、そのための金も、時間も、得た権力も、そして今また新たな娘もパートナーも――その全てを犠牲にしてまで、その幸運とやらは手に入れる価値があったのかねぇ?
真に幸運な奴はね、代償なんかなくたって幸運になれるものなのさ。
お前さんが全てを犠牲にして手に入れた幸運……その先には、一体何があるっていうんだい?」
「……私の……幸運……その先……?」
一瞬だけ、幸輝の瞳の色が変わった気がした。その光が宿らない瞳の奥には、一体何があるのか。
それは。
「……何度だって言ってやるさね。
今、自分の前にいるのは気味の悪い薄ら笑いしかできない、幸薄そうな中年男だけさ。
――お前さんは果たして――」
ひょっとしたら、幸輝自身にも見えなくなっていたのかもしれない。
「――お前さんは果たして、本当に幸福なのかい?」