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リアクション
第14章
「何をしているのです、シシィ!?」
アルテッツァ・ゾディアックは驚きの声を上げた。
ここは研究施設の最奥。おそらく最も多くの情報が集まっている場所だ。ここで集めた情報をネット上にアップする作業を行っていたアルテッツァだったが、パートナーのセシリア・ノーバディの様子がおかしいことに気がついた。
「……」
セシリアはもう一人のパートナー六連 すばると共に周囲の亡霊を追い払い、アルテッツァやヴェルディー作曲 レクイエムたちが情報をまとめるまでの時間稼ぎをしているはずだった。
それがどうして今、セシリアがすばると向かい合っているのか。そして、セシリアの両手はすばるに向けられている。魔法攻撃の構えだ。
「……どういうつもりですか、セシリア?」
それに対するすばるの態度もどこかおかしい。落ち着き払ってセシリアを問いただそうとするその様子は、普段のすばるとはかけ離れているものだった。
「やっぱり……貴方……『プレアデス』ね」
どことなく感じていた違和感を確信へと変えたセシリアは、すばるに対して改めて戦闘態勢を取っていた。
「ふうん……ずいぶんと洒落た名前で呼ぶのね」
「シシィ、どういうことですか!?」
とりあえず作業をひと段落させたアルテッツァが叫ぶ。
「パパーイ、下がって……危険だわ。この人は六連 すばるさんじゃない……すばるさんはわたしのことを『さん』付けで呼ぶ。
その呼び方をするのは、すばるさんの中に巣食う『プレアデス』よ」
セシリアの言葉に、すばるは機関銃の銃口を向けることで応えた。
「ずいぶん詳しいのね……でも、どうしてわたくしの事を知っているのかしら?」
その銃口をじっと睨みつけながら、セシリアも答える。
「簡単なことよ……わたしは未来から来た……未来から来たパパーイの娘。
そして母親は……未来の貴方。だから、貴方も知らないわたしの呼び方を知っているのは、わたしだけなのよ」
セシリアは『自分はアルテッツァの娘である』と主張してきたが、母親についてはアルテッツァ以外には言及したことがなかった。
「『プレアデス』……それがスバルの別人格だというのですか……?
しかしシシィ、それが何故!?」
アルテッツァはセシリアの背中に問いかける。それが何故、セシリアが『プレアデス』と敵対することになるのかと。
その合間を縫って、『プレアデス』は笑った。
「ふふふ……そうです、わたくしが何をしたというのですの?
わたくしは六連すばる……彼女が精神的圧迫から暴走するのをこうして押しとどめているのですよ?
彼女は今、恨みや悲しみが蔓延するこの場の空気にあてられて精神に変調を来たそうとしているのですわ……まぁ、それは一時的な発作のようなものですけれど、放っておけば暴走してしまう……」
だが、プレアデスの言葉は遮られた。突然セシリアの両手から放たれた炎によって。
「……御託はもうたくさん。パパーイ、彼女はすばるさんの別人格……つまり、『プレアデス』に意識を渡してしまった六連すばるなの。
このまま彼女が居るとパパーイが死ぬわ、だからプレアデス、貴方は消えて!!」
セシリアの手から放たれた炎をいなして、プレアデスは嘲笑う。
「あら、まだファイアストームで脅しをかけるの?
でもいいのかしら? このままわたくしが消えれば彼女――六連すばるは暴走を始めますわよ?」
セシリアの両手には、まだ炎がくすぶっている。強い意志を感じさせる茶色の瞳で、プレアデスを睨み返した。
「構わないわ……だってわたしの目的は、まずプレアデス、貴方を消すことだもの」
「……そう……残念ね……そう思い通りにいけばいいのだけれど……?」
嘲るような瞳の色を残したまま、プレアデスは瞳を閉じた。
その途端、かくんと膝から崩れ落ちるすばる。
「スバル!!」
アルテッツァの叫びの前に、セシリアがその身体を抱きとめていた。
「……すばるさん……」
安堵のため息を漏らすセシリアに、細々とした呟きが聞こえる。
「……イヤ……ワタクシ……出荷……」
「え?」
「イヤァァァ!!!」
それは、六連すばるの叫びだった。今までプレアデスによって押さえられていたトラウマが一気に押し戻され、不安定なすばるの精神のバランスを大きく崩したのだ。
「すばるさんっ!!」
セシリアの叫び声も届かず、すばるは無意識に『ラブアンドヘイト』を発動させた。
そのまますばるは意識を失いかけて、その場にへたり込んでしまった。
その表情は呆然としていて、一時的に自我を失っていることが分かる。
「スバルっ!!」
アルテッツァはすばるの方へ駆け寄ろうとするが、ラブアンドヘイトによって呼び出されたヤドリギがそれを許さない。
「――!!」
呼び出されたヤドリギは、召喚者であるすばるの心を反映して敵味方を判断する。
今のすばるは正常な判断力を失っていたため、この場にいる者すべてを敵と判断してしまったのである。
「パパーイ!!」
一瞬、事態が飲み込めずに反応が遅れたアルテッツァを庇ったのは、セシリアだった。
「ぐっ!!」
ヤドリギの攻撃を受けようとするアルテッツァの前に飛び出したセシリアは、そのままアルテッツァの代わりに攻撃をうけてしまう。
「シシィ! 無茶なことを!!」
肩口から血を流すセシリア。アルテッツァは彼女を抱きかかえるようにしてヤドリギと対峙する。
「パパーイ、大丈夫……?」
アルテッツァの腕の中で、セシリアは呟く。
「ええ……ボクは大丈夫です……ですが、シシィ……」
「そう、良かった……わたしは大丈夫……わたしのもうひとつの目的は、パパーイを生かすこと……だから……」
「……?」
まだ当惑しているアルテッツァをよそに、よろよろと立ち上がるセシリア。
「わたしはパパーイの娘。そして母親はあのプレアデス……。プレアデスがこのまま存在していては、いずれパパーイは死んでしまう。
だから、わたしはそれを食い止めるために未来から来た」
「……」
「わかるでしょ? わたしはプレアデスがすばるさんを支配し、いずれパパーイが死ぬ未来の娘なの。
だから、わたしはその間違った未来を食い止める。そのためにはわたしが死んでもかまわない。
わたしは生まれちゃいけなかったの。だから……」
「シシィ……」
さらなる攻撃を繰り出そうとするヤドリギ。だが、そこにヴェルディー作曲 レクイエムが割り込んできた。
「ちょっと、人がデータ転送に集中してる間になにしてるのよ!!」
天のいかづちでヤドリギを退け、セシリアの更に前に出る。
「何よアンタ、怪我してるじゃない!! ホラ下がって!!」
セシリアを命のうねりで回復させ、レクイエムはキッとアルテッツァを睨みつけた。
「ゾディ! 何ぼーっとしてんのよ!!
まったく、人間様っていうのはこういう時は役立たずねぇ……それともまだ――過去を見てるの」
「!!」
アルテッツァは我に返った。
過去において命を狙われた経験を持つアルテッツァ。生まれてきてはいけなかったと言うセシリアの境遇に、いつの間にか自分を重ねていたのだろう。
けれど、その言葉をそのまま叶えさせるわけにはいかない。
「ヴェル……すまない。ボクは……生きるためにこの大陸に来た。
ボクは、生きるためにスバルをパートナーにしたんだ。けれど、シシィが来た未来ではそれは間違いになって……」
だが、たとえ苦しい未来が待っていたとしても、セシリアは既にここに存在する命。
アルテッツァは、無意識のうちにセシリアの手を握っていた。
「パパーイ……」
「いや、生まれてはいけない命なんて、ある筈がない」
「?」
「……昔、命を狙われていたボクが思っていたことです、シシィ。だから、死ななければいけない命もありません」
立ち上がったアルテッツァ。レクイエムはどうにかヤドリギを追い払い、視線をアルテッツァとセシリアに戻した。
「――思い出した?」
「ええ。ありがとうヴェル。ボクはもう迷いません。
シシィが、教えてくれました。これからのことは、ボクたちが決めましょう」
「パパーイ……」
寄り添いながら、気を失ったすばるへと駆け寄るアルテッツァとセシリア。
彼らの未来は、まだまだ始まったばかりだ。
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