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リアクション
第9章
「私はあなたを知っている……そして、あなたも私を……」
奇妙なことが起きていた。
恋歌とアニーを救出するため地下施設に侵入していた相田 なぶら(あいだ・なぶら)のパートナー、相田 美空(あいだ・みく)が、施設の警備をしていたメアリー・ノイジー(めありー・のいじー)と出会った途端、何かを語りだしたのだ。
メアリーと美空はどちらも機晶姫であるが、互いに面識はなかった筈である。メアリーはニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)のパートナーであるが、ニケはここには来ていない。
そもそも、今のメアリーはメアリーではないのだ。
それは昔、むかしのこと。
とあるひとりの悪魔の思いつき。使者の魂を加工して機晶姫の素体に宿す。
そうして製作された何体かの機晶姫。
それは機械では対応できない局面への対処を目的とした効率の良い兵器の開発だったのかも知れない。
もしくは機晶姫という存在に人間の魂を加えることで何かの目的を叶えたかったのかも知れない。
今となっては分からない。その目的も、その手段も。
すでに百年以上も前のこと。
悪魔の研究には、破滅がつきもの。
そのうちの一体が暴走して、製作者も研究所も大きな傷を負った。
すでに研究は過去のもの。成果は闇の中。
数少ない『兄弟』と呼べる機晶姫たちは、パラミタのそこかしこへと散っていった。
もう、互いが会うはずもなかったのに。
「……2号」
震える声で、美空は告げた。
「……何のことですか? 僕はあなたとは会ったこともないし、ここは僕の仕事場でしてね。今の僕の仕事はあなた方侵入者を排除することですよ」
平静を装いながら、しかしメアリーは後ずさった。
今、メアリーの身体を動かしているのは、正確にはメアリーではない。
いつの頃からか、何者かに呼び覚まされた別人格『グレゴリー』、それが今のメアリーを動かしているものの正体であった。
それはひょっとしたらメアリーに加工された人間の魂が生きているのかもしれないし、全く後から植えつけられたものかもしれない。
けれど、今の問題はそこではなく。
メアリー――グレゴリーにとっての問題は、目の前の相田 美空は、その百年前にひねり殺したはずの『姉』だということだ。
「いいえ……雰囲気を変えても分かります……。
見紛うはずもありませんわ……だって……大切な……」
美空の瞳はまっすぐにメアリーを見つめている。
その視線に耐えられないかのように、グレゴリーは叫んだ。
「やめろ! この身体は俺のもんだ、俺は自由なんだよ!
今更しゃしゃり出てきて邪魔すんじゃねぇ!! 死に損ねたんならこの場で始末してやるっ!!」
剣を抜いたグレゴリーは美空に向けて剣を振り下ろした。
だが。
「――ま、正直事情を飲み込めてはいないんだけどね」
その攻撃は、グレゴリーと美空の間に割り込んだなぶらによって防がれていた。
「――ちっ!」
舌打ちひとつして、距離をとるグレゴリー。
背後の美空に視線を送りつつ、なぶらは語りかけた。
「……美空、思い出したんだね、自分のこと」
「……はい」
美空ははっきりと答えた。
そもそも美空はなぶらがある日、ガラクタ置き場から拾ってきた機晶姫の頭部部品に過ぎなかった。
幸運なことに簡単な修理と新しい身体を用意することで起動することができたものの、記憶は戻らないままだった。
そこに『美空』の名を与え、自らの家族として迎え入れたのがなぶらだったのだ。
「……彼女は間違いなく私の妹ですわ。
男装しているから当時の面影はありません……けれど、あの風貌……。
そして、あのヘッドパーツ。あれは私達共通シリーズの証……」
見ると、確かに美空のオリジナルパーツである頭部には耳あてのようなヘッドパーツがつけられている。
「……ヘッドパーツ」
なぶらが見ると、確かにある。メアリーの頭部にも、そのヘッドパーツが。
「……う、うるせぇ……!!」
じりじりと、グレゴリーが後退する。息が荒い。隠せるはずもないのに、そのヘッドパーツを隠そうとして。
「それに、私からは失われてしまった刻印がある筈ですわ……。首の後ろ……」
美空はすでに全てを思い出していた。自分には失われたパーツに刻まれていた刻印、その名、そのナンバリング。
「そこにはこう刻まれている筈……AnneA」
「やめろおおおぉぉぉ!!!」
突然、グレゴリーが叫んだ。手にしていた剣を美空に投げつける。
「!!」
それを辛うじてたたき落としたなぶら。美空を下からねめつけるようなグレゴリーの視線。
光の宿らない、瞑い瞳だった。
「その名を口にするな!
そんなどうでもいい過去をほじくり返して何になるってんだ!
俺は自由、そう自由自由自由だ!!
コロスもウバウもダマスもウラギルも全て自由なんだよ!!」
別人格に支配され、叫び声を上げ続けるメアリー。
そんな妹を、美空は悲しい瞳で見つめた。
「……あなたに何が起こったのかは分かりません。
姉として出来ることは、もうほとんどないのかもしれません。
……けれど」
す、と美空は両手を前に差し出した。一歩、メアリーへと歩を進める。
「……」
グレゴリーは、その両手をおびえるように眺めていた。
「来るな、来るなぁっ!!」
散乱する瓦礫をサイコキネシスで美空に向かって飛ばすグレゴリー。しかし、その瓦礫もなぶらの光明剣クラウソナスによって弾き落とされてしまう。
「……なぶら」
美空の一歩前に立ち、なぶらは言った。
「正直、まだ良く分からないよ。美空たちの過去に何があったかなんて。
でも、いなくなった筈の美空の妹がそこにいて、どうしてだか分からないけど敵対しているらしいことは分かった。
けどこの先もずっと出会う度に剣を交えることになるなんて、見過ごせるわけないよな。
だから、俺でよければ……」
す、と剣を構える。攻撃のためではなく、大切なパートナーを守るために。
「盾の代わりくらいにはなってあげられるよ。これからどうするかは美空が決めることだから」
「来るなっつってんだろぉ!!」
次々に飛来する瓦礫、しかしパラミタに来てから修行を積み、幾多の修羅場をくぐってきたなぶらも成長していた。
動揺しているグレゴリーの攻撃を捌くことは充分に可能だった。
「メアリー……」
両手を差し出したまま、美空はメアリーへと近づいていく。
「違う、俺は!! オレ、は……!! 僕……は!!」
じりじりと追い詰められていくグレゴリー。足元の瓦礫に足を取られ、体勢を大きく崩した。
「!!」
「危ない!!」
倒れそうになったグレゴリーを、飛び出した美空が支えた。
「は……離せ!!」
暴れるグレゴリーを、美空はぎゅっと抱き締める。
「……離しません……やっと思い出しました……私はAnnneAnnne、零号……」
「アンネ・アンネ……」
美空の呟きを、なぶらは呟き返した。
美空に抱き締められながらも、グレゴリーはその腕から逃れようともがき続ける。
「やめろ……その名前じゃない……そんな名前じゃない……」
しかし、美空の腕から逃れることができない。特に攻撃の意志もない、いつでも振り払えるはずの両腕が解けない。
「僕は……あたしは……」
かくっ、と。グレゴリーの腕から力が抜けた。
「……?」
そして、一瞬の静寂の後。
「あたし……は。ここは……? 姉さん……? レニ、姉さん……?」
グレゴリーの口から、メアリーの言葉が紡ぎだされた。
レニ。それが美空の本来の名なのだろうか。それとも、彼女ら姉妹だけの呼び名なのだろうか。
「……メアリー!!」
美空の表情が輝いた。彼女の必死の呼びかけが、かりそめの人格であるグレゴリーを排して、メアリーの人格を呼び起こしたのだ。
「……ああ、どうしてここに……姉さん……」
「メアリー……」
両手を回して抱き締めあう姉妹の機晶姫。
その様子を眺めていたなぶらだが、次の瞬間には叫び声を上げていた。
「美空!! 離れろ!!」
「――え?」
美空がその声に気付いたときには遅かった。
いつの間にか美空の背中、至近距離に物質化された六連ミサイルポッドが出現していた。
もちろん、それを出したのは。
「――はッ!! 最後にいい夢見られたかよ!?」
嘲笑を浮かべる、グレゴリーだった。
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