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リアクション
第6章
「……無茶言わないで。本当にもう、色々」
パーティ会場の隅っこ。
燃え盛る炎から身を隠した酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)は、ひとり呟いた。
そもそも自分はパーティに雇われてバーテンダーとしてカクテル作っていただけであって。
そもそも四葉 恋歌と面識とかないし。
「そりゃあね、色々事情は聞きました。聞きましたけどね」
ふぅ、とため息をひとつついて。
「こちとらただの一般コントラクターだっつーの! 何でもかんでもホイホイ解決できると思うなよーー!!」
「……誰に言ってるんだ」
そんな真衣兎にパートナーの楪 什士郎(ゆずりは・じゅうしろう)は声を掛けた。
「私はしがないバーテンダーですよーだれかを救うなんてできませんよーすくえるのはせいぜい金魚くらいですよー」
ぶつぶつ言い続ける真衣兎を守りつつ、少しでも被害の少なそうな非常階段の方へと移動を促す。
ビルの最上階であるパーティ会場、まだ崩落などは始まっていないが、それでも時間の問題だろう。
「真衣兎、とにかくここは危険だ。俺達がいつまでもこんなところにいる理由はない。脱出するぞ」
191cmの長身で真衣兎の後ろに立つ。機晶姫である彼の背中に細かい火の粉が散った。
「――ん。分かった」
真衣兎も什士郎の言葉に頷く。
「……ん?」
だがその時、什士郎の精悍な顔にかげりが差した。
「どうしたの?」
首だけで振り返った真衣兎。表情を悟られぬようにくるりと後方を振り返るふりをした什士郎の首の後ろに、鈍い輝きを放つプレートがあった。
「……」
無意識にそのプレートに触れる什士郎の指はゴツゴツと荒々しく、幾つもの過去を感じさせる男の指だった。
「……ちっ……」
什士郎は軽く舌打ちをした。
「さあ、早く逃げましょう。長居は無用よ」
真衣兎も我を取り戻して、非常階段の方向へと足を運んだ。
ビルの外側の非常階段はまだ炎の影響が薄く、ここからなら充分に避難できそうだった。
「いいみたいね……」
真衣兎が下方を確認する。その様子を見て、什士郎が告げた。
「ああ。ここからなら一人でも脱出できるな?」
「……え、どういうこと?」
真衣兎がいぶかしげに聞き返す。それはそうだ。先ほどまで脱出を促していたのは什士郎の方でないか。
「……ここにいる理由がでた……ちょっとした野暮用だ。
いいから先に行け、ここで死ぬつもりか」
非常階段に真衣兎を残して、什士郎がパーティ会場内に顔を向ける。
「は? ちょっと何言ってるの!? 先に一人で脱出って、そんなことできるわけが……ちょっと、什士郎!!」
真衣兎の言葉を無視して、什士郎は会場内に戻ろうとする。
什士郎の手を、真衣兎の手が握る。
「……」
足を止める什士郎。真衣兎の細く長い指が、大きな手を握る。
「……そんなの、納得いくわけ……ないでしょ」
背中越しでも感じる強い意志。観念したように、ぽつりと什士郎は話始めた。
「……コイツが……疼くんだよ」
また、指が後ろ首のププレートに触れた。そこには何らかの文字が刻み込まれていた痕がある。
「……什士郎に関係あることなの……? あなたが、行かなくちゃいけないの……?」
手に力を入れて、真衣兎は什士郎を振り向かせる。
クールでマイペースを崩さず、いつも一歩引いたところから物事を見ている什士郎。
「……そんな顔も、できたんだね」
ぽつりと呟いた真衣兎。ばつが悪そうに、什士郎は毒づいた。
「……うるさい。
確かに『今の』俺には関係ないかもしれない……だが、行かなくてはいけない気がする……。
これが運命ってヤツなら……結局俺は逃げられないのかも、知れないな……」
「……私も行くよ」
「バカか……俺の事情でお前を危険な目に合わせるわけにもいかないだろ」
「はぁ!? バカはあんたよ。そんな顔して、先に行けだなんて!!」
どん、と。什士郎の厚い胸板を叩いた。はらりと、うつむいた真衣兎の顔に結ばれた綺麗な髪がかかる。
「……水臭いにも……程があるわよ……」
「……」
わずかな沈黙。
やがて、ゆっくりと什士郎の手が真衣兎の肩に置かれた。
「……すまない。なら付き合ってくれ、俺の過去に……ケリをつけるのに、な」
☆
「はぁ……っ、はぁ……っ!! こっちかっ!?」
狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は肩で息をしながら、グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)に確認する。
恋歌からのメールを受け取って会場に来たはいいが、パーティ会場で恋歌を見失っていた乱世、気付いた時には騒動はもう起こっていた。
「待て……サイコメトリで読み取れるのはあくまで過去の出来事だけ。どうしても後追いになるのは分かっているんだ、焦っても意味はない」
さきほどの放送で大まかな事情は乱世たちにも飲み込めていた。
恋歌のパートナー、アニーは謎の老人フューチャーXが確保している。
そして今、過去の『恋歌』亡霊が現れたことでまた事態は急変した。
「んなこたわかってるよっ!! ……くそっ……!! どこにいるんだ、恋歌!!」
苛立ちを隠さない乱世。放送はすでに途切れている、恋歌の身に何かがあったことは明らかなのだ。
四葉 幸輝を憎み、現在の恋歌をも死に導こうとしている亡霊たち。一刻の猶予も許されないことは明らか。
「きゃあっ!!」
と、パートナーのアン・ブーリン(あん・ぶーりん)が叫び声を上げた。
「アン!?」
乱世が振り向く。突然アンの近くの壁が爆発したのだ。
「けほっ………、一体……?」
爆煙に咳き込むアン。ふと見ると、そこに人影が見える。この爆発を起こした人物であることは明らか。
「……」
そこにいたのは、四葉 恋歌だった。
爆煙をものともせず佇んだ恋歌は、パーティで着ていたドレス姿のままだ。白いドレスは埃と煙に汚れ、ところどころ裂けている。長いスカートには、点々と赤いものが見える。
「恋歌っ!!」
乱世は叫んだ。
しかし恋歌はそれには反応せず、傍らで咳き込むアンに視線を落とし、ゆっくりと微笑んだ。
まるで、凍るような冷たい視線で。
『あなた……いいわね』
「え?」
『力を貸して頂戴……いいでしょう?』
「アンっ!! 離れろ!!」
乱世の叫びも遅く、恋歌の手がアンに触れた。
「あああぁぁぁっ!!!」
その瞬間、アンの身体が大きく跳ね上がる。周囲にはいつの間にか『恋歌』の亡霊が漂い始め、そのうちの一体が恋歌の手を通じてアンの中に入り込んでいく。
「アンっ、おい恋歌、一体何を――!!」
「待て、様子がおかしい」
駆け寄ろうとする乱世をグレアムが押し留めた。
『殺すのよ……あのひと、四葉 幸輝を……』
恋歌の手から放出された青い稲妻が天井をまた砕き、乱世とグレアムの頭上に瓦礫を降らせた。
「ちっ!!」
「危ない!!」
瓦礫自体のダメージはないが、二人の視界が一瞬途切れた。
そして、次の瞬間には恋歌とアンの姿は消えていた。
「……どうなってやがる……くそっ!!」
毒づく乱世。周囲を警戒するグレアムは、あくまで冷静に分析する。
「乱世。分からないことが多いが、『この場に四葉 恋歌が来て、アンをさらって行った』ことだけが事実だ。
いくつかのデータは集まった。さっきの恋歌は明らかに正気ではない。それに恋歌にはあのような力はなかった筈だ。
今の恋歌は何者かに操られている。四葉 幸輝を殺すことが目的なのは先ほど恋歌自身の口から聞いた。
そして、アニーをその目的の為に利用する……ならば」
グレアムの言葉に乱世は大きく頷いた。
「ああ、そうだな……。
こんなふざけた奴らのために恋歌やアンを犠牲にさせてたまるかってんだよ……胸糞悪い!!」
乱世とグレアムは、急ぎパーティ会場へと向かう。
恋歌の目的が四葉 幸輝であるからには、幸輝への接触が第一だと判断したのだ。
「待ってろよ、恋歌……こんなヤツらの思い通りになんて、絶対させない……!!」
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