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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第2章


 その頃、地下の研究施設の更に奥では柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が研究機器を調べていた。
「……恋歌のことは確かに気になるが……」
 幸輝の研究施設に侵入し、最も情報を得やすい立場にいるのは、幸輝に雇われた警備と戦いながら施設の最奥へとたどり着いた真司だった。
「……厄介な状況に変わりはない。この状況を打破するために有効な情報が得られるかもしれないからな」
 まだ生きている機器を操作して、次々に情報を検索する。
 専門外なため、理解できない事柄も多いが、それでもデータを集めることは有意義だった。
「集めた情報を共有すれば、恋歌を救い出す手段を見出すことができるかもしれない……探っている間は任せたぞ、リーラ」


                    ☆


「エリュプシオン! アルミュール!!」

 真司のパートナー、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は真司が情報を調べている間、襲ってくる亡霊を追い払う役目を引き受けていた。
 リーラの呼びかけに呼応した2体の竜型機晶生命体が無数の火の玉を吐き出して亡霊を牽制する。
「真司が情報を探っている間は、一歩たりとも部屋に入れさせないわよ〜!」
 次々に襲ってくる亡霊たちだが、それ自体は問題がない。エリュプシオンとアルミュールの攻撃で充分に撃退できるだろう。

「……でも、あれは問題ね〜」

 真剣な眼差しで、リーラは眼前に現れた新たな敵を睨みつける。

「……」

 そこにいたのは、八神 誠一(やがみ・せいいち)だった。
 誠一は幸輝に雇われて警備をしていたが、ビルの崩壊に巻き込まれていた。
 そのドサクサで亡霊のうちの一体に憑依されてしまっていたのだ。

「よっ! はっ!!」

 無言で襲ってくる誠一の攻撃を、リーラはしかし紙一重でかわし続けていた。しかし。

「……速い!!」

 誠一はもとより真正面から相手に当たるような戦闘スタイルではない。罠を仕掛けたり虚を突いたりする戦法を得意としているのだが、それはあくまで好みの問題で、まともに戦えないわけではない。
 リーラの攻撃を行動予測で少しだけ先回りし、こちらも紙一重で火の玉の攻撃を避けていく。
「ええいっ、ちょこまかとっ!!」
 数の多い亡霊にまぎれて誠一は超スピードで飛び回り続けた。壁や天井を駆け巡り、リーラの周囲を駆け巡っていく。

「……とはいえ、決定的な攻撃を仕掛けてくる気配がないわね〜。
 何か企んでいるのか、それとも……?」
「……」
 憑依された誠一の表情からは何かを感じ取ることはできない。しかしリーラは何かの違和感を覚え始めていた。
「……時間稼ぎ」

「……ご名答」
 リーラの結論に対して、初めて誠一が口を開いた。
「!?」
 その時リーラも気付く。自分がいつの間にか包囲されていることに。
「これはっ!?」
 それは誠一の武器『鋼糸刀・華霞改』であった。かつての愛刀をアーム・デバイスで改造したその武器は、使用者の思念で大刀から鋼糸へと変化させることができる。
 極限まで細く、長く伸ばされたその糸は通路を埋め尽くし、リーラを取り囲むように張り巡らされていた。

「……ふん、これを狙っていたわけね〜。でも、これ自体に攻撃力はないみたいね……しかもあなた……」
 まだ余裕を崩さないリーラは、誠一の出方を伺いながら問いかける。
「――憑依されていながら、意識があるみたいね」

「……その通りです」
 こともなげに誠一が答える。
 亡霊の憑依を感じた誠一はいち早くマインドシールドでそれを防御し、憑依そのそのものは免れなかったものの、精神の自由までは奪われなかったのだ。

「――封滅陣・無塵。
 極限まで伸ばした鋼糸からショックウェーブを発生させ、その内部に捉えた敵を文字通り塵ひとつ残らないように粉砕する……。
 決まればまさに必殺の一撃ですが……さて」
「?」
 リーラはまだ違和感を拭いきれない。その説明が確かなら今まさに肉体を支配された誠一が粉々にすべき敵とは自分のことだ。
 しかし。
「……あなた……」
 誠一の口端がニヤリと上がる。
「……いくら威力が高いとは言っても、こんな精神集中が必要な技を選ぶべきじゃなかったねぇ。ほら、どうします? 奥の部屋に行って情報を探るのを止めたいでしょ?」
『――ヒイイイイィ、ヤァアアァァァ』
 周囲に、誠一に憑依した亡霊の金切り声が響き渡る。

 そう、誠一はあえて自らに憑依した亡霊に一番の大技を教え、その技を使うであろう精神集中の瞬間を狙っていたのだ。
 自らの肉体の支配権を取り戻した誠一は、亡霊に取引を持ちかける。
『……』
「……ふん」
 僅かな逡巡のあと、誠一の身体がぴくりと動く。そして。

「あっ!」
 リーラの声と共に誠一の身体から亡霊が離れた。

『さぁ、条件を飲んだわよ――早くその技を――』
 亡霊の声が周囲に響き渡るのと、誠一が張り巡らせた鋼糸を操作するのは同時だった。
「――かかりましたね」
『!?』
 操作された糸が一瞬で宙の亡霊を捉える。次の瞬間には、その鋼糸から轟雷閃が放たれた。

「……封滅陣・雷吼」

『アアアァァァアアアァァァ!!』
 鋼糸で絡め取った相手に強力な雷撃を喰らわせる誠一の一撃が、亡霊に大きなダメージを与えた。
『だ、騙したなっ!!』
 それでも消滅を免れた亡霊は、天井の隙間から逃げていく。誠一の追撃はあと一歩で追いつかなかった。
「……ちっ、やはり伸ばしきった状態から刀に戻すには一瞬のタイムラグがありますね。今後の課題といったところでしょうか」
 それを眺める誠一に、リーラが話しかける。
「ねぇ、あなた……何をしたの?」
「いえ、大したことはしていませんよ。ちょっと取引をしただけです。
 『封滅陣を発動させたかったら、あのレンカという亡霊の正体を教え、僕の身体から出て行け』とね」
 涼しい顔で答える誠一に、リーラは呆れ顔だ。
「なんとまぁ。それで発動させた技で取引相手を攻撃したっていうわけ? まるで詐欺ね」
「いえいえ、封滅陣はひとつじゃありませんし……僕は誰に使うかなどとは言っていませんから。
 勘違いしたのは向こうです。誰も騙してはいませんよ」
「……ま、ものは言いようね〜。で、その情報とやらは引き出せたわけ?」

「ええ……あの亡霊が知っている範囲ですから、全てではないでしょうが……。
 この奥で探っている情報と照合すれば、もう少し今回の真相ってヤツに迫れるんじゃないですか?」

 とりあえず周囲に亡霊の気配は感じない。誠一とリーラは情報を探っている真司の元へと急いだ。