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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第7章


「……それにしても、おかしいと思いませんか?」
 パーティ会場で事件に巻き込まれたアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)はパートナーであるヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)に語りかける。
 それに続くセシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)六連 すばる(むづら・すばる)。一行は、情報を得るために地下施設へと向かっていた。
「ゾディ、どういうこと?」
 レクイエムは聞き返す。
「……あのパーティ会場では四葉 幸輝は『恋歌を殺すな』と言っていました。
 それなのに……」
 崩壊しかかっているビルにセキュリティも何もあったものではない。地下施設は目前だ。
 アルテッツァの言葉を受けて、セシリアが頷く。デティクトエビルで精神を集中する。
「ええ、パパーイ。今この場からは、周囲の悪意が感じ取れる……。
 その意思は、『恋歌を殺せ』よ」
「……ふん、本当だとしたら矛盾してるわよね、ゾディ。
 矛盾……というより、情報が交錯しすぎているわ。誰が何のために動いているのか……」
 考え込むレクイエム。
「そうです、そのために情報を探りに来たのですが……先客のようですね」

 地下施設のシステムルームに入り込むと、そこにはすでに柊 真司とリーラ・タイルヒュン。そして八神 誠一がいる。
 さらに、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックも。

 彼らはすでに情報の大部分を引き出しているところだった。

「……こちらは大体終わったところですよ」
 アルテッツァたちを見て誠一が口を開いた。
「ああ。情報を引き出して、大まかにまとめたところだ」
 真司も続いて補足する。
 それに対し、アルテッツァが提案した。
「ええ、恐らく先んじて情報を引き出している人がいると思っていました……。
 我々はパーティ会場から来ました……現状としては四葉 恋歌は行方不明、四葉 幸輝は交戦中のようです。
 そして、この周囲の亡霊たち。これらの情報を合わせて、事件の真相を知りたい。
 それをネットにアップして、誰でも見られるようにしましょう。パーティ会場やビル内にいるメンバーがそれを見れば、対処の仕方もあるでしょうから」
 それを受けて、ルカルカも頷いた。
「……そうだね。そうすることでハッピークローバー社の情報や、四葉 幸輝がしてきたことを隠蔽できなくなるだろうし……」
 パートナーのダリルは会話をしながらも、手元の動きが止まることはない。一行の意思を確認しながらも、作業を続ける。
「よし、俺はこのまま集めた情報をアップする作業に入る。まだこのビル内には亡霊がはびこっている……そちらは任せるぞ」

「そっちの作業はあたしが手伝うわ……警戒はゾディたちにお願いね」
 レクイエムもまた端末に向かう。
「ええ、任せてください……どうしました、スバル? 顔色が……」
 アルテッツァは返事をしながらも、傍らのすばるの様子がおかしいことに気付いた。
「え、ええ……大丈夫……です……マスター」
 寒いのだろうか、身体が小刻みに震えているように見える。
 両手で肩を抱くようにして、きゅっと、眼をつむるすばるの額には、汗が浮かんでいる。
「……すばるさん……?」
 セシリアがすばるの顔を覗きこんだ。

 過去において強化人間としてのトラウマを持っているすばる。この研究施設は彼女のトラウマを思い起こさせるのに充分だった。
 そして、周囲に充満する亡霊たちの怨嗟と死の香り。

「イヤ……マスター、怖い……ワタクシ……イヤ、出荷……されたく……ない……」

 誰にも聞こえないような、小さな呟き。
 しかし、一人だけには聞こえていた。
 すばるの内面に宿った、ある一人の存在にだけは。


 ――怖いの? なら、わたくしが身代わりになって差し上げますわ――


「……すばるさん?」
 セシリアの呼びかけに、すばるが返した。さきほどまでのような細い声ではない、はっきりとした声で。
「ええ、大丈夫ですわセシリア。さぁ、警戒を続けましょう、怪我をしている人には手当てをして差し上げませんと」
 突然はっきりとした口調で話し始めたすばるに戸惑うセシリアだが、それでも言っていることに間違いはない。
「……え、ええ。……そうね」
 セシリアは周囲の警戒をして、亡霊たちを追い払おうとする。


 心の奥底に芽生えた、わずかな違和感を押し殺して。


                    ☆


「早く逃げましょう、ここは危険です……怜奈?」
 月摘 怜奈(るとう・れな)のパートナー、杉田 玄白(すぎた・げんぱく)は燃え盛る炎の中、パーティ会場の片隅で怜奈に声をかけた。
 しかし、怜奈はもう一人のパートナー、躑躅森 那言(つつじもり・なこと)と共にその場を動こうとしない。

「……そうね、逃げたほうがいいんでしょうね」
 炎のみならず、周囲に漂う亡霊の死臭。倒壊するかもしれないビル。収まらない火事。良い条件はひとつもない。

 那言もまた、怜奈に脱出を促している。
「怜奈……」
「那言……あなたも逃げた方がいいって思う?」
「……ここは、怖い。
 ……ここは、悲しい。
 ここにいちゃいけないって、思う。
 でも、怜奈が……あの娘を救いたいのなら……」
 那言の言葉をかみ締めるように、怜奈は瞳を閉じた。
「そうね……救いたい……。
 いいえ、違うわね」

 ぎり、と。

 右腕を抱える左手に、力がこもった。
「救わなければいけない。
 ……目の前で救えなかった。そんな想いはもうたくさんだから」
 怜奈の視線が玄白を射抜く。
「……まったく。仕方ありませんね。そんな顔されたら逃げようなんて言えません。
 ……僕も、手伝いますよ。あの娘……四葉 恋歌とアニーを救出しましょう」
 呆れたような笑顔を返す玄白。

 怜奈が地球では警察に努めていたことは玄白も知っている。そしてまた、どうしてそこを退職することになったかも。
 現在の状況が、その時のことを思い起こさせるのではないかと思い、玄白はこの事件から怜奈を遠ざけたかったのだ。

 だが、怜奈の出した結論は違った。
 同じようなことの繰り返し。
 既に関わってしまったのならば、突き抜けなければ光明を見出すことはできないのだと。

「ここで逃げたら……またひとつ、一生後悔する出来事が増えるだけよ……ありがとう、玄白、那言」

 礼を言う怜奈に、玄白は手を振って返す。
「礼など不要ですよ。どうせ止めたって無駄でしょうしね」
 那言もまた、怜奈に向かい合う。
「行こう……怜奈が決めたのなら、私も……お手伝い、したい」
 魔鎧形態になり、那言は怜奈に装着された。
 積極的に戦闘を行う気はないが、この現場においては何が起こるかは分からない。用心はしておかなくては。

「行きましょう……私達が接触すべきは、あの老人……フューチャーX」
 怜奈はパーティ会場の天井に大きく開いた穴から、屋上を見上げた。
「そうですね……現時点で、最も多くの情報を持っているのはあの老人……。
 しかし、恋歌さんとフューチャーXとでは、話している内容に齟齬が生じています。その原因は一体……」
 玄白の言葉に怜奈も頷きつつ、移動を開始した。
「ええ、いくつかの疑問があるわね。
 けれど、本当に彼が未来から来たのであれば……つじつまが合うようにも説明できる」
 怜奈の身体能力を支えつつ、那言も疑問を口にした。
「そうだね……でも、アニーはどうして出してもらえないの……?」
「それも考えたけれど……まだ仮説にすぎないわ……。
 まずは、聞き取り調査から始めないとね」

 炎の中、怜奈たちはビルの屋上を目指す。


 そこに事件の真相――全ての答えを求めて。