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リアクション
第8章
「フューチャーX!!」
ビルの屋上で、フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった)は叫んだ。
その傍らには、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の姿がある。
ビルの屋上には未来からの使者 フューチャーXがいた。その横には、アニーが入った生命維持カプセルが置かれている。
それなりに乱暴な扱いを受けただろうそのカプセルは、しかし問題なく機能しているように見受けられた。
「おお、これはお嬢様――ご機嫌麗しゅう」
禿げ上がった頭を叩いて、おどけて見せるフューチャーX。フレデリカはその様子に少しだけ苛立ったように詰め寄った。
「言っている場合じゃないわ。こんな騒ぎを起こしてどういうつもり!?」
ここはパーティ会場ではないし、相手も幸輝ではない。つい口調が素に戻ってしまう。
「どうもこうもない。儂の目的はひとつ……『アニーの救出』だ。その為には手段は選ばんよ」
さらっと答えるフューチャーX。だが、フレデリカもそれで引き下がるわけにはいかない。
「ここまで派手にやっていいなんて言ってないでしょ!!
こっちにも立場ってものがあるの、しっかりとした証拠もなしにこんな騒ぎを起こして!」
確かに、フューチャーXの提言によりフレデリカが彼を雇うことにしたものの、それはあくまで地下施設に人を送り込む口実を含んでのことだ。
だが、結果だけ見ればフレデリカが雇い入れた人物が起こした結果の責任の一端は、雇い主である彼女が背負わなければならない。
「ああ……説明が遅れてすまなかった。証拠ならおそらく問題ない……そっちの嬢ちゃんに聞いてみたらどうかな?」
「……ルイ姉?」
「……ええ、どうもそのようですよ、フリッカ……」
ルイーザが携帯電話を閉じながら、フレデリカに答える。
フレデリカの情報網を利用して、四葉 幸輝の行動のウラを取ろうとしていたルイーザであった。表情からすると、どうやらその目処がついたらしい。
「恋歌さんが依頼したコントラクターの誰かが、今回の騒動で得た四葉 幸輝と恋歌さん、そしてアニーさんに関する情報を、ネットにアップし始めたようですね。
いくら四葉 幸輝が事実を隠蔽しようとしても、この情報の全てを否定することはできないでしょう。もちろん、現段階では噂レベルではありますけど……
こちらからも手を回して、これらのウラを取っておきましょう。少なくともハッピークローバー社の社長としての隠蔽は、不可能なレベルの筈です」
もちろん、幸輝自身の立ち回りによっては、あくまでネット上の噂話として片付けられる可能性も高いだろうが、現段階ではそれなりの効果も期待できる。
「そう、良かった。
それにしても、フューチャーX。私があなたを雇ったのは事実で、これは正式な依頼よ。
私が私個人と私が属する家――ヴィルフリーゼ家の名においてあなたを雇った以上、あなたの行動の真意を知る必要があるわ」
フレデリカはフューチャーXのサングラス越しに視線を合わせた。
その、燃えるような赤い瞳が、相手の心までを射抜くように。
「教えて、あなたの目的と――あなたの正義を」
☆
一方、こちらはパーティ会場。
「く……っ!!」
琳 鳳明のパートナー、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は四葉 幸輝を庇い、シェイド・ヴェルダが放った矢をどうにか防いだ。
「セラフィーナさんっ!」
鳳明が叫ぶ。
「シェイド……しっかりしてください……」
神楽坂 紫翠は豹変したシェイドに戸惑いつつも、周囲の亡霊への対処に追われている。
「ちっ……」
シェイドはまた幸輝を狙って周囲を移動し始めた。
セラフィーナは更なる攻撃に対処するため、フォースフィールドを展開する。
しかし、もう一人のパートナーである藤谷 天樹は亡霊に憑依されてしまい、何とか天樹の精神力で幸輝を殺そうと動く身体を抑えている最中である。
「このままじゃ……防ぎきれない……!!」
セラフィーナが悲鳴を上げる。天樹はその様子を見て、セラフィーナにアイコンタクトを取った。
「……」
天樹の視線は鳳明を指している。自分に構わず、鳳明のサポートをしろというのだ。
「ですが、キミを放っておくわけにも……!!」
鳳明は攻撃を避け、あるいは防ぎながらも幸輝と何とか接触しようとしている。確かに、セラフィーナのサポートがあれば接触もより可能なものになるであろうが、天樹を放置するわけにもいかない。
しかし、天樹はあくまで首を横に振る。
「……心配、ない」
無口な天樹にしては珍しく口を開いたかと思うと、次の瞬間には天樹と亡霊の決着はついていた。
「あっ!」
セラフィーナが声を上げる間もなく、天樹は粘体のフラワシを呼び出し、自らの身体を拘束した。
そして、覚醒型結界を展開し、外からも中からも手を出せないようにしてしまったのである。
本来ならば、より複数の亡霊を憑依させてからと天樹は考えていたのだが、思ったよりも亡霊の支配力が強く、時間がかかりすぎるよりはと作戦を決行したのだ。
「……鳳明!!」
天樹の行動に驚いたセラフィーナではあったが、その行動に込められた想いを悟った彼女は、急いで鳳明の元へ走った。
「天樹くんが!!」
鳳明はセラフィーナの言いたいことを察知し、頷いた。
「分かってる……天樹も頑張ってくれた。
亡霊達の無念……それを無かったことにはできないよ。けど、そのまま幸輝さんを殺したって何にもならない……」
一歩、前へ足を踏み出す鳳明。
「おやお嬢さん、パートナーの少年は亡霊ごと自分を封印したようですね?
……理解に苦しみますよ。あなた方の実力からすれば、この亡霊どもを排除することはそれほど難しくはないはず。
それを、あえて傷つけないようにするとはね」
その鳳明に、幸輝は冷淡な笑みを浮かべながら炎を放つ。
しかし。
「――フッ!!」
鳳明はそれから逃げることをせず、あえて左手で払うようにしてその炎を防いだ。
それでも無傷でいられるわけではない。ステージ用に用意していたアイドルの衣装は焦げ、ボロリと袖が落ちた。
「――だよ」
短く、鳳明は呟いた。
「?」
「ダメだよ……幸輝さん」
鳳明は天樹との精神感応によって、憑依していた『恋歌』の亡霊の怨嗟の声を聞いていた。
過去において、『恋歌』達がたどってきた死の運命――幸輝が幸運をもたらす『能力』を使えば使うほど、その反動を受けるための存在である『恋歌』達に危険が迫り、やがて確実な死に至る。
そして、最初に死んだという『レンカ』の存在。
「その『能力』――力を使っちゃダメだよ。
それは、幸輝さんと近しい人たちを狂わせる力だ。
これ以上その力に頼っては、さらなる狂気を振りまくだけだよ……」
鳳明の真摯な瞳に対し、幸輝はさらなる嘲笑で返した。
「ふ……異なことを。
私はこの能力で様々な幸運を得、ここまで来たのです。
もう少しなのです……この能力は単なる幸運を与える能力に留まらず……人間の運命までを変える能力に進化できる……」
しかし、鳳明は大きく首を横に振った。
「違う、違うよ幸輝さん!!
きっと違う……その能力は幸輝さんと近しい人を狂わせるだけ……!!
その力がもたらすのはきっと幸運なんかじゃない、その能力があるせいで人の道を踏み外してしまったんじゃないの!?」
だが、幸輝には鳳明の心からの叫びも届かない。
「……」
右手に宿した炎を見つめ、幸輝は言い放つ。
「今更そのような仮説を聞くつもりはありませんね。
私はこの能力とそれによってもたらされる幸運を制御できています。
この世の幸運の量が一定であるならば、何らかの犠牲を払わなければ幸運を得ることはできない……これはそういう能力なのですよ。
そして人間が幸運を与える側と、奪い取る側に分かれるならば……」
冷淡な笑みを浮かべたまま、鳳明を見つめる幸輝。
「幸輝さん……あなたは……」
その全く笑っていない瞳を、鳳明は睨み返した。
「私は奪い取る側に回っていた。その幸運を、その幸福を。――産まれた時からね」
そして、幸輝の手から巨大な炎の塊が放たれた。
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