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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第15章


「たん、とん、とんっ」


 少女の足が、軽やかにステップを踏む。

「うわっ!!」
 意外にも鋭い踏み込みに、一瀬 瑞樹は戸惑いを隠せない。
 瑞樹よりもさらに小柄な機晶姫から放たれた剣の一突きが、辛うじてわき腹を掠めていく。
「どうしたんですか、攻撃を止めるんです!!」
 声を上げたのは、本名 渉。雪風 悠乃のパートナーである。
 その悠乃は今、仲間である渉や瑞樹へと、剣を向けていた。


「たん、とん、とんっ」


 小さく、可愛らしい唇がリズムを刻んだ。
「い、いったい、どうなってるんですかっ!?」
 瑞樹はブレイドガードで悠乃の攻撃を捌く。
 もとより、悠乃と瑞樹との間には埋めようのない戦闘力の差がある筈だった。
 しかし、今ここは狭いコントロールルームの中。瑞樹の愛剣である『魔導剣ブルー・ストラグラー』は両手剣であり、狭い室内で振り回すのには向いていない。
「くっ……本気を出せば渉さんにも……!!」
 周囲にはいくつもの機器があり、破壊すれば爆発を引き起こす可能性もある。機晶姫である自分や悠乃はともかく、生身の渉に危険が及ぶことは明らかだった。
 だが、地の不利を差し引いても、瑞樹と悠乃の間には覆しがたい実力差がある筈だった。決して自惚れではなく、冷静に考えても瑞樹が戦闘経験のない悠乃を取り押さえることは、容易なはずなのだ。


「とん、とんっ」


 だが、悠乃は瑞樹を翻弄するように軽やかにステップを踏む。手にした片手剣は小刻みに攻撃を繰り返し、徐々に瑞樹を傷つけていった。
 戸惑う瑞樹が満足に防御できていないのは事実だが、かといって悠乃の攻撃能力が上がっていることの説明にはならない。
 渉や瑞樹が知る限り、悠乃はこのような白兵戦の経験には乏しい筈なのだ。
「やめるんです、悠乃!!」
 渉は叫んだが、悠乃の動きが止まることはない。その代わりに悠乃の無表情な瞳から、静かに涙がこぼれた。

「……悠乃……?」
「……兄様……悲しいです……」
 素早い連撃を繰り出すその行動とはそぐわないか細い声で、悠乃は呟いた。

「いま、私のなかにひとりの女の子がいます……」
「女の子……」
 瑞樹と渉はすぐに状況を察した。特に渉はビルの放送機器を使って恋歌の事情を他のコントラクターに聞かせたことから、理解は早かった。

「恋歌さん……四葉 幸輝氏に利用されて、死んでいったという……過去の、四葉 恋歌さん……」

 こくりと、悠乃は頷いて。

「わっと!!」

 それでも、悠乃の身体は勝手に斬撃を繰り返していく。

「……はい……。この子は、とても小さな女の子。
 親もなく、保護してくれる人もなく、愛してくれる人もなく。
 何らかの施設でただ生きていたところを、四葉 幸輝……さん、に買われたようです。
 だから、幸輝さんは、この子の初めての……親なんです」
「……親……金で自分を買ったという幸輝さんを……それでも親と呼ぶのですか……」
「……だって。
 だって、この子は、それしか知らないんです。
 やっと、やっと手に入れたかもしれない、家族という存在を。
 でも、すぐにこの子は死んでしまいます。幸輝さんの能力の代償として。
 その時、初めて知ったのです。自分が裏切られたと。親子という関係が偽りだったことを」

 話しながらも、悠乃の瞳からは涙が止まらない。
 もとより心優しい悠乃のことだ、恋歌の亡霊の過去、その境遇に同情し、同調してしまったことは容易に想像がついた。

「目を覚まして、悠乃ちゃん! その亡霊は悠乃ちゃんを利用しているだけなんです!!」
「そうです悠乃。悠乃がその子に力を貸して幸輝さんを殺したところで、その子が生き返るわけでもありません!!」

「――うん、そうですね。
 ……でも、それじゃこの子はどうなるんですか……。
 誰からも愛されず、お金で買われて、そして――騙されて殺された。
 ……私も、同じです。
 私も、兄様に修理されて……拾われなかったら、誰からも愛されず……瑞樹さんのようなお友達もできず……。
 だから、私はこの子を見捨てられません……」
「……悠乃?」
 渉は奇妙な違和感を覚えた。
 悠乃の言葉が正しいならば、悠乃に憑依している恋歌の亡霊は、悠乃よりも幼い少女のようだ。
 ならば今、悠乃の身体を操って瑞樹を翻弄している戦闘技術は悠乃独自のものだということになる。
 修復前の記憶をほとんど持たない悠乃だが、彼女が機晶姫であることを考えると、彼女の無意識の領域に戦闘用のプログラムが眠っていることは充分に考えられた。
「つまり……悠乃が潜在的に持っている戦闘技術を、恋歌の亡霊が利用している……!!」

「渉さん、考えてる場合じゃ!!」
 瑞樹の叫びに、渉の思考が中断された。ちょうど悠乃の剣からツインスラッシュが放たれ、そのうちの一撃が渉を襲ったのだ。
「――くっ!!」
 その一撃をすんでのところで回避して、渉は部屋の床に転がった。
「渉さん、大丈夫ですかっ!?」
 瑞樹は肩越しに渉を振り返る。渉はその声に応えた。


「――大丈夫です――瑞樹さん、そのままでお願いします」


「……渉さん?」
 冷静な声だった。自分を兄と慕う家族のような機晶姫が亡霊に操られている、というのに。
 それでも渉は状況を冷静に分析できていた。軍人の家系に生まれた渉は、状況判断の能力に長けているのだ。

「――大丈夫。……悠乃……気持ちは分かりますが……やはりその子の望みを叶えてあげるわけには、いきません」
「……うん、そうですね。でも……」
 悠乃の意識とは無関係に、悠乃の足は軽やかなステップを踏んだ。

 たん、とん、とん。

 それに伴って、鋭い攻撃が瑞樹の身体をかすめていく。


「とん、と――」


「そこっ!!」

 悠乃が更なる攻撃を加えようとした瞬間、渉の拳銃が火を噴いた。
「きゃっ!!」
 弾丸は悠乃の足元の床を撃ち抜き、悠乃のステップを妨害する。
 悠乃の攻撃技術があくまで無意識下のプログラムによるものであれば、恐らく咄嗟の事態には反応できないであろうと読んだ渉は、悠乃の攻撃リズムに合わせて攻撃を仕掛けたのだ。

「悠乃ちゃんっ!!」
 バランスを崩して転倒しかかった悠乃を抱きとめたのは、今の今まで攻撃受けていた瑞樹だった。
 悠乃の剣が手を離れ、床に転がる。
「――瑞樹、さん――?」

 亡霊に操られ、自らの自由にはならない身体は、瑞樹の腕から逃れようとする。
 しかし、きつく抱き締められた瑞樹の腕は動かない。

「……返して」

 ぽつりと、瑞樹の呟きが悠乃の耳に届く。
 悠乃よりも少し背の高い瑞樹に抱き締められた悠乃は、瑞樹の表情をうかがい知ることは出来ない。
 だが、瑞樹の腕は、その声は震えていた。

「……悠乃ちゃんを……返してください、――『恋歌』さん。
 きっとあなたにも晴らせぬ想い、恨みがあることでしょう。
 でも、だからと言って何の関係もない悠乃ちゃんを、殺人に駆り立てるようなことはしないで下さい……。
 悠乃ちゃんは、心の優しい娘です。渉さんにとっても、私にとっても……家族のような、大切な友達なんです……!!」

「……瑞樹……さん……」
 悠乃は、瑞樹の言葉を聞きながら、渉のほうを見る。
 瑞樹に抱きすくめられる悠乃に、渉もまた手を差し伸べた。
 悠乃を抱き締める瑞樹ごと、その両手で大きく包み込んで。
「……そうですよ悠乃。僕にとっても瑞樹さんにとっても、悠乃は大切な家族です。
 だから、悠乃ひとりが全てを背負う必要なんてありません……。
 過去の恋歌さんたちと悠乃は違う……仲間が、家族がいますから……」


「……兄、様……瑞樹さん……」


 瑞樹の涙が、悠乃の頬に触れた。

『……あたたかい……』

「え?」
 悠乃の口から、悠乃のものではない声がこぼれて、身体の力が抜けた。
「悠乃ちゃん!?」
 かくんと、瑞樹の腕の中に倒れた悠乃は、完全に力が抜けた様子で瑞樹に抱きかかえられた。
 優しく、渉が語りかける。
「大丈夫ですか、悠乃―――?」
 自らの身体の調子を確かめながら、悠乃が応えた。
「はい。たぶん、慣れてない動きを急にしたから、身体がおかしくなってるんですね。
 自分でも、びっくりです……まさか、あんなことができるなんて。
 でも、あれなら……私でも、少しでも、兄様たちのお役に立てるのかな、って……」

 瑞樹の腕の中で、悠乃は渉に微笑みかけた。

「……悠乃。自分が役に立っているかなんて、考えなくてもいいんです。
 さっきも言いましたが、悠乃は僕たちの大切な家族です。家族は……ただ、そこにいるだけでいいんです」
「……兄様……」
 悠乃は、自分を抱きとめてくれている瑞樹と渉に身体を預け、きゅっと目を閉じた。
「……ありがとう……ございます……」

「……悠乃ちゃん……亡霊はもう大丈夫なの……?」
 その様子を見た瑞樹が悠乃に尋ねる。
「ええ……たぶん……離れてくれたみたい……です」
「でも、どうして……急に……?」


 悠乃は、ぼんやりと施設の天井を見上げた。
 さっき、何となく感じた亡霊の意識。

 きっと彼女は、今の恋歌と幸輝を、本当に殺したいわけでもなくて。


「きっと……ただ、誰かに抱き締めて欲しかったんですね……」