|
|
リアクション
第40章
「いったい……何百通あるんだ……」
パーティ会場で状況を探っていたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)は呟いた。
最初は七刀 切の放送に面食らっていたコントラクター達も、いつまでも耳を傾けてはいられない。
四葉 幸輝はすでにアニー奪還にむけて戦闘を開始していたし、それを迎え撃つコントラクター達は尚更だ。
パートナーである茅野瀬 衿栖は『恋歌』の亡霊に憑依されていたが、広く状況を知る必要があると感じた彼はあえて幸輝の追跡に回っていた。
イザという時には、この事件を収束させる鍵を握るのはやはり幸輝の存在だと考えたからだ。
もちろん衿栖のことは心配だったが、特に問題はないはずだ。
何しろ、彼女のパートナーは彼ひとりではないのだから。
☆
「……そうか……それはそうですよね……恋歌のことを『知っている』人なら……それだけでいいなら、相当な数がいる筈……
それが、このメールなんですね……恋歌のことを心配する声が……こんなに……」
茅野瀬 衿栖はもうひとりのパートナー、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)に支えられながら立ち上がった。
「……そっか、そうよね。……恋歌はどこの街にもいたし……深い仲にはならないまでも、たくさんの友達はいたわけだから……」
衿栖に憑依していた『恋歌』の亡霊はもういないものの、長い間抵抗していた衿栖たちの疲労は濃い。
そのため、他の憑依されていたコントラクター達と同様、瓦礫の中を避難する必要があった。
「でも……なんとか、上手くいって良かった……」
衿栖同様、パートナーの日下部 社に肩を抱かれて歩く響 未来も呟く。
特に彼女は多数のコントラクターと亡霊たちの意識を繋ぎ合わせる、いわばホスト役を務めただけに、消耗が激しいのだ。
「せやな……未来も、衿栖くんも頑張ってくれたで……」
社は感慨深く呟いた。幸輝自身を説得できなかったことは残念だが、とりあえず今は避難を優先させた。
幸輝自身の行く末にも興味はあったが、いつビル全体が崩れ始めるかわからない上に、まだ火災も治まってはいない。
自らのプロダクションに所属するアイドルやお客さんを置いて、個人的興味や事情でこの現場を離れることはできなかった。
これもまた、人を束ねる者の責任感というものであろう。
ところで、と社は呟く。
「この放送――いつまで続くんや?」
☆
そう、切が次々に読み上げるメールは軽く百通を超え、何百通というメールが届いていた。
ビルに火災が発生した比較的早い段階から、準備を始めていたきりだった。
研究施設の機器を利用して、自動的にあらゆるメールアドレスに『恋歌への声』を求めるメールを発信したのだ。
手法としては、いわゆる迷惑メールに近い。
もちろん、人によってはメールが届かなかった者もいただろう。
メールに書いてある通り、見ることを拒否した者もいただろう。
読んだとしても、返信までした者は果たして何分の一だろうか。
それでも、切の元へは何百通というメールが届いた。
恋歌はこれまで、一体どれほどの人数と『知り合って』きたというのか。
切はそれを次々に読み続けた。いつ倒壊するか分からないビルの中で。いつ炎に巻かれるか分からない状況で。
そもそもこの放送は恋歌に届いているのか。
こんなことが本当に恋歌の力になるのか。
確信はなかった。
けれど、切は読み続ける。
この一通のメールは、恋歌のことを知っている人から届いたメール。
この一通のメールは、恋歌のことを心配している人から届いたメールだ。
一通。一通。また一通。
それらは、届いていた。
切の読み上げるメールは深い眠りに落ちようとしていた恋歌の心に届いていた。
その一通が恋歌の心に届くたび。
また一通、恋歌の心を埋めていく。
数十通。数百通。もしかしたら数千通の、想いの乗ったメールが届くたび。
恋歌の心が真っ白に埋まっていく。
それはいつしか、パラミタに渡ってからの恋歌の3年間を埋めるように、ひとつの形を作っていった。
この3年間でパラミタ中を渡り歩いた、誰よりも友達の多い、ひとりの少女。
それが、四葉 恋歌だった。
このメールは、3年間の間に恋歌が歩いた足跡だった。
まるで真っ白い雪の上を歩き続けるように、四葉 恋歌という人間の姿を浮かび上がらせる。
それだけが、この3年間彼女がしてきたことだった。
それが今、彼女に語りかけている。
その彼女自身の足跡のひとつひとつが、はっきりと言っていた。
生きろ、と。
全てのトモダチに、仲間に、想い人に、恋歌を助けに来た全ての人に、自分を殺そうとしていたはずの亡霊にすら背中を押されて。
いくつもの努力と奇跡の結果、恋歌はまだ生きていた。
何度も生きる希望を失って、何度も死のうと思って、何度も死にかかって。
それでも、恋歌は生きていた。
「……生きる……」
そして、四葉 恋歌は目を覚ました。