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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第45章


 アニーの入ったカプセルがエヴァルトの銃口に狙われ、恋歌が今にも目覚めようとしていたその時。
 四葉 幸輝とコントラクター達による戦いが行われている、その少し端の方。
 天井が崩れた瓦礫の中に、彼らはいた。

「……とりあえずは大丈夫ですね……怪我は、ありませんか?」
 そこにいたのは、キリカ・キリルク。天井から落ちてきたひときわ大きな瓦礫の下で、自らの槍を立てかけて支えていた。

「うん……みんな大丈夫みたい……ありがとう、一人じゃ支えられなかったかも」
 キリカと共に同じ様に自らの槍、『六合大槍』を支えにしているのが、琳 鳳明である。

 咄嗟の判断であったが、二人は天井の崩落から自分達のパートナーを最低限守るため、自らの武器を支柱にして空間を作ったのだ。

「こちらも大丈夫です……亡霊の憑依が解けて、体力を消耗しているだけ……とりあえず、落ち着くのを待っても問題ありません」
 その空間の中、床に倒れた藤谷 天樹の様子を見ているのが、セラフィーナ・メルファ。
 『恋歌』の亡霊に憑依され自らの動きを封じた天樹であったが、響 未来たちの歌声に魅かれて亡霊達が去った後、未だに体力が戻らずにいた。
「良かった……とりあえず命に別状はないのね。
 動けないのも無理ないよ、きっと『恋歌』さんの亡霊も必死になって天樹を支配しようとしていたんだろうし……」
 鳳明は、セラフィーナに見守られる天樹の頭をそっと撫でた。
「……」
 天樹はその鳳明の手を振り払うでもなく、相変わらず無表情に瓦礫の山を見つめていた。

 それはひょっとしたら、自らに憑依していた『恋歌』を見送っていたのかもしれない。

「……そうですか……皆に憑依していた『恋歌』達はみな、ひとつになったのですね……」
 キリカが呟き、セラフィーナが応える。
「ええ――テレパシーで外のコントラクターの方に連絡を取ってみました。
 どうも過去の『恋歌』さんの亡霊達は皆、ひとつに集められて新しく恋歌さんの『魂』へと受け継がれるのだとか……」

「――だ、そうですよ――ヴァル。不思議なこともあるものですね」
 と、キリカはパートナーのヴァル・ゴライオンを見つめた。
 そのヴァルはというと、キリカや鳳明が作った瓦礫の空間に片膝をついたままの姿勢を取っている。

 す、と右手の平を顔の近くで開くと、その中に小さな光……ひとつの意志が感じられた。

 その光に、ヴァルは語りかける。


「――ならば何故、お前はまだここにいるんだ――『恋歌』?」


「え?」
 鳳明が耳を疑う。
 確かに16人の恋歌は未来やノーン・クリスタリア、それに遠野 歌菜や五十嵐 理沙達の歌声に集い、憑依したコントラクター達との魂の交流によって浄化されたのではなかったか。
 そして、スプリング・スプリングの持つ『破邪の花びら』によってひとつの魂となり、新しい『恋歌』として生まれ変わったのではなかったか。

「どうして……行かなかったんだ?」
 ヴァルは優しく語りかけた。ヴァルに憑依した『恋歌』はひと時ヴァルを完全に支配しかかり、ヴァルもまた必死にそれに耐えていた。
 耐えなければより的確に、確信を持って幸輝を殺しに向かっていただろう、それほどの強い殺意を感じたというのに、今はその『恋歌』からはそうした悪意は感じられなかった。
「どうして……他のみんなと一緒に行かなかったんですか?」
 キリカもまた穏やかに訊ねた。ヴァルが既に落ち着いていることから、『恋歌』に悪意がないことを感じ取ったのだろう。

「そこに、いるの……? せっかく、みんなと一緒に、生まれ変われる……チャンスだったのに」
 鳳明もまた率直な疑問を口にする。もちろん、新しい『恋歌』として生まれ変わることが必ずしもベストの選択かといえば分からないが、亡霊として彷徨うよりはよほど希望の持てる選択だろう。

 しかし、ヴァルの掌の中で、その光は小さく震えた。

「……あのさ……」

 やがて、その光から声が漏れる。その光は少しずつ姿を変え、少女の姿をとった。
 アニーや恋歌と同じ年頃の、すらりと元気そうな少女の姿。ヴァルの右手から降りると等身大の大きさとなり、目線を合わせる。
 年の頃、14、5歳といったところだろうか。
「あたしはさ……他のみんなとはちょっとだけ……違うんだよね……」
 少しだけ口ごもるように、『恋歌』は言った。

 セレスティアーナは、その言葉を受けて質問した。
「違う……? アナタは、四葉 幸輝によって『恋歌』の名を与えられ、そして能力の犠牲になって死んだ『恋歌』ではない、ということですか?」
 だが、少女はその質問には首を横に振って返した。
「――ううん。私は紛れもない『四葉 恋歌』。四葉 幸輝――お父さんに『買われて』、そしてまぁ結果的に騙されて、命を奪われた『四葉 恋歌』だよ。それは間違いないんだ」

「……お父さん……?」
 ヴァルは一度少女の言葉を反芻し、最も気になる部分を聞き直した。
 他の『恋歌』の亡霊は幸輝に対してあまり『お父さん』という表現を使っていなかったような気がする。また、この少女の口から漏れるその単語の中には、少しだけ暖かみが感じられるような、そんなニュアンスだった。

「うん……だって、ひと時のこととはいえ、あの人は私の養父だった……なら、お父さんでもおかしくないでしょ?
 それに『レンカ』さん……彼女がいなかったら、私達は『恋歌』になってなかったから、あっちはお母さん……かな」
 拍子抜けするほどあっさりと、少女は答えた。ヴァルもまた、その通りだと納得する。
「ああ――そうだな。それは、正しい――」

「じゃあ……どこが、みんなと違うの……天樹に憑依していた『恋歌』さんとあなたは、どう違うの……?」
 鳳明が問いかける。少女は少しだけ悩んだような間を作って、そして答えた。どうやら、多分に感覚的なもので、言葉にするのが彼女にとっては難しいようだ。


「んー……なんて言うかな……あたしはさ、お父さんのこと、そこまで――他のみんなほどには恨んでないんだよね」


 その一言に、一同は驚きを隠せなかった。あれほど、『恋歌』の亡霊達は幸輝が憎い、恨めしいと叫んでいたではないか。
 一同の驚きの顔を見て、少女はすぐに言葉を足す。

「あ、そりゃあね。憎いところもあるよ……結局のところ、あたし達を騙して殺した。それは事実だよね、うん。
 悪人は悪人さ、それはもう間違いないと思うの。
 けどさ……あたしもさっきまではみんなの『悪意』みたいなものに飲み込まれて、お父さんを殺したいって思ってたけど、今はそうでもないんだよね」
 その言葉を、注意深く聞くべきだ、とヴァルは思った。
「……自分を、騙して殺した男、なのに……か?」
「うーん……他のみんなはそうだよね。でも、あたしはちょっと違うんだ。
 あたしさ、このままじゃ間違いなく近いうちに死ぬ、っていう環境からお父さんに買われてきたもんだから……ある意味、助けられたところもあるんだよね」
 あっけらかんと話す少女。
 結局は殺された男を完全に憎むまでにいかないほど、恩義に感じるほど、その環境は劣悪なものだったということだ。
 その環境はあくまで想像するしかない、しかし、恐らく自分たちに実感としてそれを想像することはできないだろうと、鳳明は思った。
「……助けられた……?」
 鳳明の声に、少女は大きく頷いた。

「うん、なんつーか……お父さんはね……あたしに、夢……みたいなものを見せてくれたんだ。
 ほんのひと時。それでも、いい夢だったよ。ほんの一年くらいだったけどね。
 あのままだったら間違いなく病気や犯罪に巻き込まれて死んでいただろうあたしに、まともな生活を体験させてくれた」
 言葉を継ぐことができない一同を前に、少女は続ける。
「あの頃はね。あたしは今日死ぬんだ、明日死ぬんだって、毎日そんなことばかり考えてたよ。
 もちろん死にたくはなかったよ。でもさ、毎日毎日、そんなことばっかり考えてた。考えなくちゃ生きていけなかった。
 奇跡的に15年くらい生きたよ。でも、その次の日に死ぬかもしれなかった。
 明日生きることは考えられなかった。今日、今日を生きることだけで、本当に精一杯だったから。
 いつ訪れるか分からない恐怖に、ずっと怯えてた」

 セレスティアーナは息を呑む。それは一体、どれほどの恐怖、絶望であっただろうか。

「でもね、お父さんはあたしにまともな生活ってのをさせてくれた。
 あたしは本当に……夢にもそんな生活ができるなんて思ってなかったから、とても嬉しかった。
 そりゃ、心のどこかでこの幸せが長くは続かないって、何となく分かってたよ。
 でもさ、こんな人生もあったのかなっていう、可能性みたいなものを知ることができた。
 それだけでも、感謝に値すると思ってるんだ」

「ですが……最後はその……能力の犠牲になって命を奪われた、のでしょう……?」
 キリカの問いに、少女はまたも頷く。
「うん、そうだよ。でもね――それは突然で、正直あたしはしばらく自分が死んだことに気付かなかった。
 痛みも、苦しみも、恐怖も、感じなかった。
 あのままだったら、あたしはもっと早く、痛みながら、苦しみながら、恐れながら、そして一人で死んでいたと思うんだ。
 それを、ひと時とはいえ普通の生活ができて、苦しむことなく死ねた……やっぱり、あたしはそこまでお父さんを恨む気にはなれない。
 だから、みんなと一緒には行かなかった。あたしは、自分の人生に……これでも、わりと満足してたから」

「……そうか……なら、お前は何が心残りで、亡霊になっているんだ……?」
 ヴァルが問う。少女は答えた。
「……分かってるでしょ、さっきまで取り憑いてたんだから。ね、帝王さん?」
 ちょっとだけからかうような少女の言葉に、ヴァルも頷いて見せた。
「……幸輝のことか」
 少女もまた頷いた。
「そ。あたしはお父さんのこと、嫌いじゃない……だからこそ……あの人は、このままじゃいけないと思う。
 お父さんは……あのまま死んじゃいけない。あの能力に取り憑かれたまま、不幸なまま死んじゃ駄目」
 その言葉に、鳳明は力強く賛同した。
「そうだよ!! あの能力のせいで幸輝さんはきっと人の道を踏み外してしまったんだ。
 『幸運』なんて表面上のことで……その実、誰も幸運に……幸せになんてなってない」

 少女は少し黙った後、再び口を開いた。


「だからさ、あたしに何ができるか分からないけど、伝えるべきことだけは、伝えたいと思うんだ……あの二人に」