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リアクション
第48章
茅野瀬 朱里に支えられて、衿栖もまた恋歌に顔を見せる。
「いろいろあったけど……これからもよろしくね」
その眼差しは恋歌を見ているようで、その遥か遠くを見つめているようにも見えた。
「うん……衿栖さんも、ありがと。本当に助かったよ。私も……みんなも」
恋歌にもそれは分かっていた。衿栖が見ているのは、恋歌の中の15人の『恋歌』達なのだ、と。
「それにしても、恋歌お嬢様は……本当にラッキーですね」
と、衿栖のパートナー、蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)は言った。
「え……そうかな?」
恋歌は微妙な顔で微笑んだ。
「ええ、そうですよ、そう思います……見てください」
朝日の中、たくさんの人間が集まってきていた。
その全てに、恋歌は見覚えがある。
みな、恋歌やアニーを助けるため、集まった者達だった。
「こんなに皆に愛されている恋歌お嬢様は……本当にラッキーです。
ラッキーガールなお嬢様には、笑顔が一番お似合いですよ」
さらに、遠野 歌菜と月崎 羽純も声を掛けた。
「そうだよ――暗い気持ちでいたって始まらないしね。笑顔が一番だよっ。
お父さんのことは……残念だったけど」
気を使う歌菜に、恋歌は首を振った。
「ううん……父は……幸輝はあれで良かった……しかたなかったんだと思います。
生きて償う道も……あったかもしれない……でも……」
様々な想いが交錯する。けれど、恋歌はその答えをすぐには出ずにいた。
そんな恋歌の頭にポン、と手を置いて、羽純は少しだけ微笑んだ。
「……少なくとも『恋歌』達は、救われた……俺はそう思っている。今のところはそれで良し、としようじゃないか」
その言葉に、恋歌もまた笑顔で応えた。
そこに、ゆるりと現れたのは日下部 社だ。
「せやな、恋歌ちゃんには今を、これからを生きる責任がある……恋歌ちゃんの中の娘たちの分も精一杯やらなアカン事もな♪」
その言葉に、黙って頷く恋歌。社は続けた。
「それにしても衿栖くんも鳳明くんも頑張ってくれたで、とはいえまだまだ、アイドル業としてやることはやらなアカンことがいっぱいやなぁ〜。
あ、せや……恋歌ちゃんも社長令嬢やなくなったことやし、どやろ、ここらでひとつアイドル業に転身してみては……」
にじりよる社に、恋歌は微笑んだ。
「そうですね、考えておきます……とはいえ、それが今回のお仕事の『報酬』であれば、断ることはできませんけど……?」
その微笑に、社はニヤリと笑った。
「はっはっは、アイドルなんてのはイヤイヤやっても務まらんのや。もし恋歌ちゃんが『やってみたい』と思ったら連絡してや〜。
もう、ひとりになっとる暇なんかあらへんで〜♪」
背中を向けて、社は手をひらひらさせて去っていく。
その背中に、恋歌は深く頭を下げるのだった。
「ともあれ、恋歌さんが無事で良かったです」
クロス・クロノスは素直に祝福の意を表した。
「うん……ホント、みんなには迷惑かけて……」
恋歌もまた素直に謝罪の言葉を述べる。
そこに、大岡 永谷もまた率直に意見を述べた。
「まぁ、とりあえずは落ち着いたがな。本番はこれからさ」
一瞬、考えるような仕草の恋歌。永谷は、そんな恋歌の手を取って軽く握手をした。
「ま、今を乗り切ったんだから、次の一歩を踏み出せよ」
今回の強さを忘れるなよ、と心の中で呟いて永谷は去った。
いくつもの言葉をかけることはできるだろう。これから大変だから頑張れよ、何かあったら力になるぞ。そういう優しさもあるだろう。
だが永谷は、無責任に励ましの言葉をかけることはしない。
その一歩を踏み出すのは、あくまで恋歌自身の意志でなければならないのだ。
だから永谷は、そっと心の中で拍手を打ち、恋歌を祝福する。
これから歩むであろう、輝ける未来に。
「それでは……」
クロスもまた、恋歌の元を去ろうとする。
「うん、また会あおうね」
恋歌の挨拶に振り向くクロス。
その瞳の中に、まだ混ざりきっていない色が、微かに見えた。
クロスは黙って頭を下げて、背中を向けた。
「どうか……生まれ変わって……幸せになってください。
……そのままの貴女たちを、助けてあげられなくて……ごめんなさい……」
決して聞こえないクロスの呟きは、しかし恋歌の中の彼女たちには、きっと届いただろう。
「そうだな。次の一歩を踏み出すのは恋歌だ」
と、樹月 刀真も告げた。
「刀真さん……」
「今まで、君はひとりで歩いてきたけれど、これからは一緒に歩いていける……皆が一緒に、な」
恋歌の瞳が潤む、黙ったままこくりと頷いた。
「そうそう。恋歌が望めば、願えばいい……そうして行動すれば、きっと望みが見つかるよ、必ず見つかる」
パートナーの漆髪 月夜もまた、恋歌の先行きを祝った。
「だってもう、恋歌はひとりじゃないんだから」
「ぬ〜〜り〜〜か〜〜べ〜〜」
ぬりかべ お父さんの言っていることは相変わらず分からなかったが、とりあえず喜んでいるらしいことは分かった。
「まぁ、全てが思い通りにはいかなかったけど、おおむねオッケーってとこかしラ?」
アリズ・ドロワーズもまた笑顔で恋歌を祝福した。
そこに、アキラ・セイルーンが口を挟む。
「つーかさ、報酬はどうなったのよ、ほーしゅー。まだ貰ってないんですけどー」
駄々っ子のような口調で喋るアキラに、恋歌はかえって吹き出してしまった。
「またアキラは……雰囲気台無しでピョン」
スプリング・スプリングは苦笑を挟んだ。暗い雰囲気にならぬようにという気遣いと分かってはいても、やはり頬がひきつるのを止められない。
「あ、はい……なんでも……」
恋歌は答えた。アキラはわざとらしく腕組みをして、深く考え込むフリをした。
「そうだなぁ〜〜何してもらおうかなぁ〜〜何しろ何でもするって言ったんだから、イヤとは言えないワケだしなぁ〜〜」
少しだけうつむく恋歌。確かに、仕事の報酬に何でもすると言ったのは恋歌自身、拒否する権利はない。
だが、ふ、とアキラは笑って背中を向けた。そのままひらひらと手を振る。
「な〜んちゃって、な」
そこには、きょとんとした顔の恋歌が残される。
「あ、あの……?」
「幸せになれよ。……イヤとは言わせねぇぞ」
振り向きもせずに、そのまま歩いていくアキラ。
その後ろを、スプリングが追った。少し遠くで待っていた霧島 春美を呼ぶ。
「何を格好つけてるでピョン。ほら、みんなでラーメン食べにいくでピョン!!
春美も来るといいでピョン。あ、カメリアも一緒に来るといいでピョン!!」
そこにヒラニィと話していたカメリアも合流する。
「おうアキラ、姿を見んと思ったらスプリングのとこにおったか。
……今回も、いろいろとやらかしたようじゃな」
澄ました顔で呟くカメリア。ちらりと、アキラの顔を見上げた。
「……さあな」
アキラもまたとぼけた顔で返す。
スプリングが口を挟んだ。
「そのへんはゆっくり聞くといいでピョン……ラーメンでも食べながら。
何しろ今日はアキラのおごりでピョン!!」
「ほう、おごりか、それは悪いのう」
全く遠慮するそぶりもなく、カメリアは笑った。
「あの、私もいいんでしょうか……?」
春美は少しだけ困ったような顔で。
「ほうほう、おごりと聞いては黙ってはいられないな!!」
ヒラニィはよだれをたらした。
「……つか、何で全員におごる話になってんだよ。俺のおサイフ大ピンチだよ。
ていうか最後の誰? いたっけ?」
と、アキラは呟くのだった。
彼のおサイフの中身については、また後日。