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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第46章


 アニーがエヴァルトに託した光は、四葉 幸輝の数cm横を掠めてヴァルや鳳明が隠れている瓦礫へと飛んできた。
 その光が届くことが分かっていたかのように、少女は告げる。


「――そろそろ、行くね」


 アニーにも分かっていたのだろう、そこに最後の『恋歌』がいることが。

 銃弾は瓦礫の一部を破壊し、その役割を終える。残されたのは、アニーが託した『光』そのものだった。

「これがあれば……お父さんに、あげられると思うんだ」
「……」


「――人間としての、おわりを」


 ヴァルと鳳明は口を開いた。
 何となく分かっていた。しかし、それでも認めてしまうわけにはいかないと、心のどこかで叫んでいる自分がいる。
「……他の選択肢はないのか……ほかの『恋歌』があれほどの『憎しみ』を叫ぶなか、お前はあの二人にたった一つの『好き』を与えられるんだ……それが、幸輝とレンカへの赦しになるのかも、しれないのに……」
「そうだよ、命を終わらせることは償いにならない……幸輝さんには、人として生きて、人として贖罪をするべきなんだよ……」

 けれど、少女はゆっくり首を振る。アニーの放った光が少女を射抜き、大きな光になった。

「うん、二人の言ってること、わかるよ。
 『正しい』ことを言えば、お父さんはそうするべきなんだ。……けどさ」
 少女は顔を上げて、ヴァルと鳳明を交互に見た。


「けどさ……お父さんもお母さんも……疲れてると思うんだよね……だから……」


 その瞳を見たとき、二人は何も言えなくて。


「……だから、ちょっと休ませてあげて……?」


 何と言えばいいのか。次に発すべき言葉が見つからない。
 止めるべきなのに。
 止めなければいけないのに。


「……な……名前を……お前の……」
 自分でも驚くほど、掠れた声しか出なかった。

 それでも彼女は、笑って。
 その守るべき、愛しむべきものの名を告げた。


「カレン……可憐だよ」


「可憐……」
「じゃあね……お人よしの帝王さん」
「……」


「さよなら」


                    ☆


 エヴァルトが放った銃弾が瓦礫の中に消えたかと思うと、次の瞬間、幸輝の背後で強い光が発した。

「――何!?」
 幸輝は振り向いた。外れたはずの銃弾が強い光を発したかと思うと、反転してこちらに向かってきている。

「――!!」
 一瞬の逡巡。迎え撃つべきか、回避すべきか。
 今、幸輝の手の内には強大な力がある。
 5年にわたってもたらされた『幸運』の反動として恋歌の中に蓄積された『不幸』。その全てはやがて幸輝を食い殺すだろう。しかし、この力でこの場にいる全員を地獄に道連れにすることも容易い、それほどの力だった。
 だが、その幸輝が判断を迷った。
 それは、理性を超えた本能的な警告だったのかもしれない。

『ふざけるな、こんなもの!!』
 幸輝と共に『幸運』の能力をほしいままにしているレンカは、幸輝の代わりに迎撃しようとした。
「待つんだ、レンカ――!!」
 背後で幸輝が叫んだ。
 しかしもう遅い。

『――え』

 少し間の抜けた声が聞こえたかと思うと、亡霊として見えるレンカの存在に大きな穴が開く。

「レンカ!!」

 幸輝の叫びもすでに遠い。
 それは、今の幸輝やレンカのように『負』の力に属する者は触れることすら許されない光だった。

 レンカを貫通した光は、レンカの残骸を引きずりながら、一直線に幸輝へと飛んでいく。
 まるでしなやかな矢のように、強靭な一本の槍のように。


 とん、と。


 正確に、幸輝の胸を貫いた。

「――あ」


 防御しようとした幸輝の『不幸』ごと彼を貫いたその光は、レンカと幸輝を抱き締めるようにひとりの少女の姿へと戻った。
「……」
『……』
 もし幸輝やレンカがこの場を逃れようするのであれば、抵抗など考えずに逃げるべきだったのである。
 それは、彼らがとても敵うものではなかった。

 何故ならば、それは。
 彼らがずっと欲して欲して、そして手に入らなかったものだから。

 少女――可憐はささやいた。


『ありがとう……お父さん、お母さん……』


 ――すなわち、それは大きな愛による、赦しである。


『大好き、だよ……』


                    ☆


 これほどの事件の決着としては、あっけない幕引きと言えるだろう。
 幸輝とレンカは、アニーの力を託されたエヴァルト、そしてヴァルや鳳明と心を通じ合わせた『恋歌』――『可憐』の手によって、その『幸運能力』を滅せられた。

 しかし、それにより幸輝とレンカが共同で作り出していた巨大な炎は、そのコントロールを失い、元はパーティ会場であったビルの最上階を直撃した。

「――危ない!!」
 霧島 春美が叫ぶ。
 もちろん言うまでもない、数人のコントラクターはその炎を食い止めるために魔法を繰り出し、そうでないものは怪我人を庇った。

 巨大な炎の塊が直撃した影響もあったろう、フューチャーXによる数々の爆発も無視できない、さらに各地で繰り広げられた激戦もあった。
 ともかく様々な要因が重なり、このビルの耐久性能もとっくに限界に達していた。

「――ああ、崩れるな、これは」
 紫月 唯斗が呟いた。
 その言葉通り、ハッピークローバー社のビルが崩れ始める。

 地下施設にいた者たちは既に脱出していた。現在の四葉 恋歌が回復し、アニーを救出できた時点でもう用はない。
 ビルの各階にいた者も同様だ。ほとんどが一般客の逃げ残りがいないことを確認しつつ、燃え盛り、崩れ行くビルから脱出する。

 天神山 葛葉はビルの最上階で、崩れ行くビルと共に運命を共にする四葉 幸輝を眺めていた。
「……なんとも、つまらない結果になったものですね」
 その幸輝の傍らには、レンカと『恋歌』の姿もある。
 3人はまるで家族のように寄り添いながら、崩れ落ちていった。
「あれでは、幸輝さんは『不幸』とは呼べない……実験は、失敗ですか……。
 まぁ――得るものも、多かったですが」
 葛葉はふい、と幸輝に背を向けた。
 そこには、『幸運能力』を持った男はもういない。
 ただひとり、全てを失って、それと引きかえに、小さな満足を手に入れた男がいただけだった。
「……やれやれ。本当に、つまらない」

 崩れ落ちる幸輝たちを見つめる者が他にもいた。
 ヴァル・ゴライオンと琳 鳳明である。

「これで、良かったのかな……」
 鳳明は呟く――自然と涙が溢れた。満足とも後悔ともつかない気持ちが、心中を支配していた。
 ヴァルは応えた。
「良かった、とは言えない……結果として幸輝を見殺しにしてしまった……。
 きっと……人間として生きる道も、あったはずなのに……」
 後悔の念に苛まれているのは、ヴァルとて同じだ。
 その肩にぽん、と手が置かれる。パートナーのキリカ・キリルク。
「――脱出しましょう。いつまでもここにいては危険です」
 全てを飲み込むように、大きく頷いてみせる。
「――さ、帰りましょう」
 セラフィーナ・メルファも鳳明を促した。今は、パートナーたちの優しさが痛く、しかしそれだけが救いだった。
「――行こう」
「――うん」
 二人は崩落するビルから脱出を始める。

「……でも……笑ってた……」
 脱出するさ中、鳳明は思い出したように呟いた。
「……そうだな……」
 ヴァルもその光景は見ていた。
 可憐にレンカと共に貫かれ、光に包まれたその刹那の幸輝の表情を。


「あんな張り付いたような笑みじゃない……幸輝さん、子供みたいに笑ってたんだよ……」