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リアクション
9
イルミンスールにあるその喫茶店は、ピーク前のせいもあってか心地よい静けさを纏っていた。
(おかしい)
テラス席でディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)と向かい合った伊礼 悠(いらい・ゆう)は、彼を窺いながら考える。
どうしてこんなに、胸が苦しくなるのだろう。
どきどきして、息も言葉も詰まって、喋ることはおろか飲み物を飲むことさえ辛いなんて。
(どうして?)
こうしてふたりきりになることが、特別珍しいわけではない。現に今までだって、食事くらいなら数え切れないくらい共にした。
なのに。
「…………」
手持ち無沙汰にティーカップを両手で握り、ディートハルトを見たり景色を見たりと視線を彷徨わせる。
今まで、彼といるときはどうしていただろうか。
どこを見て、何を話していたのだっけ。
(思い出せない)
それまで自然にできていたはずのことなのに、今は。
そわそわとして落ち着かない気持ちを制御することもできず、悠は思考に身を任せる。
(あの日からだ)
結果たどり着くのは、いつも決まった一日で。
倉庫に出向き、息がかかるほどの至近距離で見詰め合ったあの。
「〜〜っ」
思い出しただけなのに気恥ずかしくなって、紅茶を口に含む。熱かった。口元を押さえて悶えていると、ディートハルトが笑った。
落ち着かない様子の悠を見ているのは、彼女には悪いが微笑ましく思った。
「大丈夫か」
声をかけると、こちらを向いた悠と視線がぶつかった。色付く彼女の頬を見て、愛しいという気持ちが膨れ上がる。
赤くなったことに本人も気が付いたのか、恥ずかしそうに視線をディートハルトから外した。
「い、いい天気ですね」
「ああ。そうだな」
唐突な天気の話に相槌を打ちながら、ディートハルトは悠を見、考える。
どうかしている、と。
正直に言えば、ずっと以前からディートハルトは悠のことを意識していた。
彼女が笑えば嬉しいと感じ、彼女が辛いときは傍で支えたいと。
パートナーに対する情としては行き過ぎていて、けれど恋愛感情なのだと考えるには年が離れすぎていた。
親子ほども年の離れた彼女に望んだことは、結ばれたいという若い願いではなくて、ただ傍で見守っていられれば、というもの。
だから、こうして共に生活し、危機に直面すれば守れる。この現状が維持できれば、それでよかった。
それでよかったのに。
彼女のあの、恋を意識した少女の態度を見るたび、欲が、願いが、膨らむのだ。
見守るだけじゃ嫌だ。共に、同じ未来を歩んでいきたい、と。
(どうかしている)
今までは考えもしなかった、自分には過ぎた願い。
それが今は、悠を見るたびじわりと心に滲み出す。
傍に居たい。
一番近くに、ずっと。
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