リアクション
30
工房の営業を終えて、玄関に施錠して。
クロエは寝ると寝室に戻り、ここにはリィナとリンスのふたりきりになった。
リィナが頬杖をついて考え事をしていると、マグカップが置かれた。
「どうぞ」
顔を上げるとリンスが言った。いつもよりどこか、仏頂面に見える。
ああそっか、心配してくれてるんだ。直感のようにリィナは思う。今、自分はきっと憂鬱そうな顔をしていただろうから。
「大丈夫。マリッジブルーみたいなものだから」
放っておいても直ると思う。笑いかけると、リンスは息を吐いた。
「だからって放っておけるわけないでしょ」
「って言うと思ってた」
「あのさ」
「あはは。ごめんね。……なんか、落ち着かないなって。思って」
結婚というひとつのターニングポイントを迎えるに当たって、様々なことを考えた。
例えば、私ばかり幸せになっていいのだろうか、なんて。
幸せに、なりたいと思う。
ならなくちゃ、とも思う。
なのに心のどこかで、私だけ? という気持ちもあった。
「私ばっかり、いいのかなって」
「いいんじゃないの。姉さんは昔からずるい人だから」
「ちょっとお……」
「反論あるの? どうぞ?」
「……意地悪になったねえ……」
呟いて、リンスの淹れたコーヒーを飲んだ。ミルクたっぷりの、甘い甘いコーヒーを。
「いいんじゃないの」
正面に座っていたリンスが、静かに静かに呟く。
「今まで俺のために頑張ってくれてたことは知ってる。だから、俺は姉さんが幸せになることに異存ない」
「……そっか」
「うん」
「その論で行くなら、リンスもちゃんと幸せになってね」
「何それ」
「だってリンス、私に遠慮して一歩退いてたところあるでしょ。知ってるんだからね」
「…………」
黙り込んだところをみると、図星か。
「ねえリンス」
「……何」
「私、リンスがどんな選択をしたって、祝福するよ」
だから、恐れないでね。
前に進んでね。
含んだ言葉に、リンスは気付いてくれただろうか。
*...***...*
後日。
工房に届いた郵便物の中に、色気のない真っ白い封筒があった。
封筒と同じく、無地の白い便箋に綴られているのはただ一行だけ。
――『傷付かなかった』
他人が見ても、わからないひとこと。
だけど、リンスにはわかる。
「良かったね」
微笑と共に零れた呟きは、風に乗って消えた。
お久しぶりです、あるいは初めまして。
ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
参加してくださった皆様のおかげで、楽しいリアクションを書くことが出来ました。
感謝です。
短いですけれど、今回はこの辺で。
最後まで読んでくださり、有難う御座いました。