|
|
リアクション
28
凝った夕飯を作ろうと思ったのは、明日が休日だから。
学校帰り、スーパーまでの道を歩きながら神凪 深月(かんなぎ・みづき)は献立を考えていた。しかし、作りたい、という目的の方が強すぎて『何を』作りたいのかがいまひとつぼやけてしまっている。
「のう、みな。何が食べたい? 好きなものを申してみよ」
なので、助言を求めることにした。
「ハンバーグ」
頭の上に乗っていた儚希 鏡(はかなき・きょう)が、無表情に淡々と言う。
「……オムライス……」
繋いだ手の先で、リタリエイター・アルヴァス(りたりえいたー・あるばす)がぽそりと答えた。
深月の足にしがみつくようにして歩いていたアリア・ディスフェイト(ありあ・でぃすふぇいと)は、何も言わなかった。自らの希望を口にするのは恐れ多いとでも思っているように。
「アリアは?」
しかし、促してやると十数秒の逡巡の後、「エビフライ……」と消え入りそうな声で希望を口にする。
ハンバーグにオムライス、エビフライ。三人の希望は、子供が喜びそうなメニューばかりだった。そのことが微笑ましくて、深月は笑う。
(みな実年齢は四桁のはずなんじゃがのー)
「ミヅキ。笑う、何故」
「……おかしい……?」
「へ、へんですの? やっぱり、わし……うぅ」
「ああいや。他意はないのじゃ、すまなんだ。ほら、材料を買うぞ」
買い物カゴをカートに乗せて、カラカラと押して歩く。
たまねぎ、にんじん、ひき肉、海老……と材料をカゴに入れ、さて次は、と歩いていると。
「わし、おせんべい取ってくる」
アリアが、お菓子売り場を指差して言った。
「ふむ? 家人に頼まれたか」
「ん」
こくりと、アリアが頷いた。そして、いざ行かんとするのだが、その歩みは遅い。どうやらひとりでは怖いようだ。
「アリア」
呼び止めると、アリアはすぐに深月の傍に戻ってきた。深月は、鏡とリタに目配せする。ふたりは意図を察したのか、すっとアリアの両脇に陣取った。
「三人でおつかいしておいで。お駄賃として、好きなお菓子をひとつずつ買ってあげるから」
指定されたおせんべいは見つかった。
あとは、自分たちがどのお菓子を食べたいか選ぶだけ。
(それが一番難しい、ですの)
うんうんと唸り、お菓子を選ぶアリアに。
「きみ、お、お菓子、欲しいの?」
知らない声が、馴れ馴れしくも絡みついた。
顔を上げると、やはり知らない顔。帽子で影になっていて、表情が見えない。怖くなって、アリアはリタの背に隠れた。
「アリア……?」
リタが不思議そうにアリアを見る。アリアは、震える指で男を指差した。リタが、全て理解したように頷く。
「ねえ、お菓子、買ってあげるから……ぼ、ぼくと一緒に来てよ」
吃音交じりの聞き取りづらい声で、男はアリアとリタを誘った。お菓子を買ってくれるという誘惑に、少しだけ警戒心が薄れる。けれど次の瞬間、無遠慮に延びてきた手に恐怖が勝った。
逃げようとした時、魔導式憑代人形が浮かび上がった。スヴィアが憑いているらしい。盾で、男の手を払いのける、手を払われて身体を開いた男の鳩尾に、スヴィアは容赦なく石突を叩き込む。ぐえ、と、蛙が鳴くような声が漏れた。それでも許さず、ぼこぼこと殴り続ける。
しばらくすると、スヴィアは去ったのか人形はとさりと床に落ちた。拾い上げ、抱きしめ、アリアは恐る恐る男の方を見る。気絶しているらしく、動かなかった。
「わしが怖がったせいで……親切な人、ごめんなさいですの」
きっと聞こえてはいないだろうけれど、申し訳なくて謝る。やはりというか、反応はなかった。
全ての材料をカゴに入れ、レジの近くで待つこと数分。
それでも戻ってこない三人を心配してお菓子売り場に戻ってみると、全身に打撲痕のある男が倒れていた。男の傍に、棒を持った鏡。ぼーっと周りを見ているリタ。リタの後ろで震えているアリア。
「……何があった?」
わけを聞いて、頭痛がした。スーパーという公共の場で、まさかそんな犯罪まがいのことが堂々と行われるとは。
よほど怖かったらしく、アリアが深月の足にしがみついてきた。アリアの頭を撫でながら、深月は鞄からノートを取り出して白いページを一枚破く。次にペンを取り出して、破った紙に『私はロリコン誘拐魔です』と書いた。男の顔に貼り付ける。
「これでよし」
「よし? もう平気ですの?」
「うむ。面倒にならぬうちに帰るぞ。買いたいお菓子は決まっているか?」
てきぱきと訊くと、鏡が「ん」とお菓子をカゴに入れた。次いでリタも入れ、アリアはまだ少し悩んでいたようで、けれどもすぐに選んでカゴの中に入れる。
何事もなかったかのようにレジに並び会計を済ませ、スーパーを出た。
空には夕暮れの橙が混ざりはじめ、綺麗なグラデーションを作っていた。この時間にしか見れない、刹那の景色。
「今日はいい天気じゃったのぅ」
だからこそ、こんなに綺麗な夕焼けが見れるのだ。
「明日もいい天気じゃとよいのぅ」
「……オムライス」
「リタはそればかりか。ふふ、よほど好きなのじゃな。待ってろ、腕によりをかけて作ってやるからの」
「ん」
他愛のない話をしながら、家路についた。