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リアクション
26
家の手伝いを終えたミミ・マリー(みみ・まりー)が自室に戻ろうとすると、瀬島 壮太(せじま・そうた)の部屋のドアが僅かに開いているのが見えた。
朝はきちんと閉まっていたのに。風か何かで開いてしまったのだろうか?
きちんと閉じておこうとドアに近付いたとき、向こう側からドアが開かれた。
「わっ」
ドアを開いたのは、今この時間学校に行って授業を受けているはずの部屋の主で、そして彼はミミの驚きを意に介さず「丁度良かった」と言って白い封筒を渡してきた。
「出しといて」
そして、返答も待たずに階段を降りて行く。
「ちょっと、壮太」
慌ててミミが声をかけても、壮太からの返事はなかった。ため息を吐いて、渡されたものを見る。素っ気無い封筒には、癖の強い字で人形工房の住所とリンスの名前が書かれていた。わざわざ手紙にするほど大事なんだから、自分で出していけばいいのに、と思う。
まあいいか。切り替えて、ミミは小さな鞄を手に取った。鞄の中に手紙を入れて、家を出る。
五分ほど歩いたところにあるポストに投函して、ミミはそのまま街へと向かった。ロシュカへ手紙を書こうと思ったのだ。雑貨屋を目指して、歩く。
ラックに置かれた様々なレターセットを見て、次はどんなものにしようかと考える。
ふと、雑貨屋の窓から見えた空は、とても鮮やかで。
ああ、こんな空色の便箋もいいな、と思った。
*...***...*
震えた携帯を取り出すと、新着メール一件、とあった。お知らせから直接メールボックスに飛んで、紺侍は差出人を確認する。壮太からだ。なんだろ、と開くと、件名もないメールには端的に一行、『何してる?』とだけ。
『散歩してます』と打って、送信。
返信。『学校は? サボり?』
『こんな天気なのに授業出られます?』送信。
返信。『下手こいてダブんなよ』
『大丈夫、計算してますし。たぶん。壮太さんこそ何してんすか』送信。
返信。『オレ今ヴァイシャリーにいる。おまえ暇なら一緒にソレイユ行こうぜ』
『サボってんじゃないすか。人のこと言えねえ』
返信。『オレのはサボりって言わねえんだよ自主早退だよ。じゃあ後でな』
物は言いようだと苦笑して、紺侍は携帯を仕舞った。ここからだと、ヴァイシャリーまで一時間かそこらか。少し待たせるだろうけど、それくらいは許して欲しい。
(ってかオレ、行くって言ってねェし)
いつも唐突で強引なんだよなァ、と再び苦笑。別に、いやじゃないけど。そう思ってから、ああこれ惚気だと気付く。言わないようにしよう、と心の奥に片付けてから、一路ヴァイシャリーへ。
壮太は、ここに来るとき大抵手土産を持っている。
「お子様が気ぃ遣わなくていいのよ」
マリアンが言うと、壮太は「オレもう成人してんだけど」と口を尖らせた。そう言ってしまうところがお子様なんだと笑う。
「サンキュな。助かる」
「最初っからそう言ってくれりゃいいのに」
「お前見るとからかいたくなるんだよね」
軽口を叩きながら、頂いたお菓子を開ける。焼き菓子やチョコなどの詰め合わせだ。色とりどりのそれは、きっと子供受けもいいだろう。そんなところまで考えてるなら出来た子だ、と思いながらお茶を淹れる。子供たちの分と、自分たちの分。
「手伝う?」
壮太の申し出に、よろしく、と頷きかけた時にチャイムの音がした。
「こっちいいや、あっち出てくんね?」
「たぶん紡界だと思う」
「あ? そうなの」
「うん。行ってくる」
壮太が台所を出て行って、さほどかからずにまた戻ってきた。言った通り、紺侍を連れて。
最後にこのふたりが一緒だったとき、えらく気まずい空気だった。しかも解決しないまま出て行ってしまうし、その後どうなったかもわからないしで心配だったが、
「示し合わせて来るなんて仲良しっすねー」
なんて言えるくらい、雰囲気は軟化していた。いや、軟化というよりも、これは。
喋りつつ、淹れるお茶の数をひとつ追加していると。
「前んとき、へんな空気のまんま帰ってごめん」
壮太のすまなそうな声に「まったくだ」と振り返る。壮太が紺侍の手を取った。指を絡めて繋いで、こちらに見せる。
「色々あって、こーいうことになったから」
壮太の行動に紺侍が驚いている現状を見るに、主導権は壮太が握っているのだろうなと暢気に考えながら、マリアンは笑った。
「良かったな」
うん、と笑う壮太は幸せそうで、紺侍も恥ずかしそうにしているけれどしっかり手は繋いだままで。
(あまずっぺー)
なんだかこう、こっちまでにやけそうになるから勘弁していただきたい。マリアンは犬か何かを払うように、しっしっと手を動かす。
「リア充め。こんなとこにいねーでデートでもしてこいバーカ」
「そうする」
「素直で何より」
その代わり単品で現れたらこき使ってやるからな。
壮太が紺侍への気持ちを自覚したのはマリアンの言葉があったからで、そのことに関しての礼もしたかったのに彼はまるで追い出すように壮太たちをふたりきりにさせるから。
「言いそびれた」
「何を?」
「マリアン先輩にちょっと」
「ふゥん?……マルさんって言えば、壮太さんなんでオレがマルさんのこと好きだって思ってたんスか」
「はあ?」
思わず、声が大きくなった。なんでって。だって、それは、おまえが。
「覚えてねえの?」
思い当たる節すらないらしく、きょとんとした顔をしている紺侍をじとりと睨む。すると、慌てたように視線を宙に巡らせた。思い出そうとしているらしい。が、先ほどの反応を見るに、もう忘れ去っているのだろう。ため息を吐いてから、「オレが前に」切り出す。
「施設に気になる男でもいんの? って聞いたことあったろ」
「あ……りましたね」
「そん時おまえ、はぐらかすように答えたじゃん」
何気ない会話の延長線上のひとことに、紺侍は飄々とそんなとこっスね、と言った。そしてその直後、ソレイユにてマリアンを見た時にああこの人が紡界の、と思ったのだ。
確かにあの時、気になる男、の存在を肯定されたわけではない。だけど、あんなはぐらかすような答えをされたら誤解したって仕方もないと壮太は思う。
「やー。あれはね」
「あれはね、じゃねえよ。誤解だったっつー事実だって恥ずかしいんだぞ」
「いやいや」
「まだ言うか」
「さーせん」
「いいけどさ」
もしかしたら、勘違いをしたまま諦めてしまっていたかもしれないけれど。
告白の時、変なことを口走ってややこしくさせていた可能性もあるけれど。
どちらにもならずに、今はこうしていられているのだから、別に。
「過去は過去だし」
「なンか。すんません」
俯きがちで、かつすまなそうに言われると段々と蒸し返しているこちらが悪いように思えてくる。
いいよ、と声をかける代わりに手を握った。紺侍の目が壮太を見る。こいつの目ってこんなに茶色いんだ、と思った。それとも、明るい空の下で見ているから余計そう感じるだけなのだろうか。
「このあとどっか遊びに行く?」
「いい天気ですし?」
「うん。せっかくだし」
もちろん、ふたりきりで。
手を繋いだまま言うと、きゅ、と握り返された。嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで、笑う。すると紺侍も笑った。幸せそうに。
こいつにこんな顔をさせてるのはオレなんだ、と思うと、妙にどきりとした。